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第1章 二人の婚約
ウィンストン伯爵令嬢(Roseanna)
しおりを挟む時は少し遡り――
毎年恒例の社交シーズン開幕の合図となる王宮主催の舞踏会にて、今年こそ最高の伴侶を探すべく、キャロリーナ・ロザンナ・ウィンストン伯爵令嬢――ロザンナは新たな決意を胸に意気揚々と(傍目からは優雅で淑やかに見えるよう気を配りつつ)年頃の男性陣をさり気なく吟味するように物色していた。
言わずと知れた優良物件はもちろん、新顔のチェックも外せない。
高望みしているわけでは無いが、ロザンナは一般的的な淑女の規格からは少しばかり外れたところに自分がおり、男性に求める人物像も少数派な基準をもとに選んでいる自覚があるだけに、可も無く不可も無い人物を探すだけでも一苦労なのだった。
そんな彼女の現在の最有力候補といえば……二つばかり年下で、少し気が弱いのが難点だが、まずまずの家格の釣り合い。賭博や飲酒などといった男性的な嗜みや遊戯に興味の薄い人物で、女性に対する偏見が少ないところが高得点な人物。
ロザンナが〝女性とはこうあるべき〟という振る舞いから少しばかり逸脱してみせても、戸惑いつつも寛容に応対してくれる。見下したり嫌悪したりすることもなく、叱責してくることもない……そういうこともあるか、という感じで、突っかかることなく受け流してくれる人だった。
ただし、それに恋愛的な感情が絡むことは無く、あくまでも知り合い以上友人以下の会話のみで、ロザンナのことは〝戯れに相手をしてくれる美しい人〟くらいの認識しか無いようだった。
ゆえに、恋愛的なあれこれに発展させるのは、ロザンナの腕次第といったところ――ロザンナはそのように考えていた。
今現在、ロザンナの中では『婚約者候補になり得る恋人の候補』の先頭という立ち位置だ。もっと踏み込んだ会話を重ね、これから好きになれたら良いと思っている。
何人かの男性と踊ったあと、少し休憩をするためにホールの中央から外れる。
適当に食事を摘まみつつ喉を潤していると、斜め前方にあるやや年配の貴婦人方の会話が耳に聞こえてきた。
「ご覧になりまして? 先ほどの……」
「ええ、スタンレー伯爵家のウィリアム様でしょう? 娘から聞いていたのと印象が違って驚きましたわ」
「お相手はデビュタントみたいね。どちらのご令嬢かしら」
「私存じておりますわ。デュボワ子爵家後継のセリーナ嬢でしてよ」
「あら、確かデュボワ子爵のところは数年前に男児がお生まれになったとか」
「まぁ、そうでしたの。そういえばスタンレー伯爵家の領地とは隣り合わせでしたわね。きっと幼馴染みのご縁でエスコートしてらっしゃるのよ」
「それにしても随分と仲がよろしいようで、微笑ましいですわね。娘がきっと羨みますわ。うちの娘ときたら不器用で、未だにダンス一つまともに踊れませんの。これでは殿方とご縁を結ぶこともできないのではと心配で……」
「それでしたら――」
話題が変わっていくのを聞き流しながら、ロザンナは噂のスタンレー氏とデュボワ嬢を目線だけ動かして探してみた。
スタンレー伯爵家のウィリアム様といえば秀逸で、ストレートで上級文官試験に合格し、最年少で官吏養成学院に進学したことで、一時期かなり持て囃された人物である。今はもう正式に官吏になっているはずだ。
ロザンナも前に一度ワルツを踊ってもらったことがあるが、話してみると真面目で少し固い印象があるわりに微笑みや口調は柔らかで、女性に対する所作がとても丁寧だった。これは見かけによらず随分と女性慣れしている(陰で遊んでいるのでは)とロザンナは推測し、早々に候補から除外した。
そんな人物のいつもと違う様子とはどんなものだろうかと思ったところで、間奏曲に入ってしまい、舞踏会場の中心からゆるゆると人が捌けていく。それほど興味があったわけでは無いので「まぁ、いいか」と余所見をしようとしたところ、フロアに残って踊り続けるカップルが視界の隅に入って視線を戻す。
驚いたことにそれが今しがた探すのを諦めた人物たちで、遠目からも頗る上機嫌な表情を浮かべているのだ。
その表情を見るに、これまでに見たことのある笑顔は全て上辺だけのもので、これこそが彼の真の笑顔なのだとはっきりと言えるほどに眩しくて……蕩けた柔らかさだったのだ。人目もはばからず堂々と楽しげで、子供のような無邪気ささえ見え隠れしている。
ロザンナは思わず「誰だお前!」と突っ込みたくなった。
周囲も踊り続ける二人の存在に気がついて、口々に噂をし始める。
ついには踊りきってしまい、俄かに抗議の声が囁かれたところで、誰が指定したのか有りえない曲が演奏され始め……なんと二人は踊り始めてしまったのだ。
あの社交と言い難いほどに密着する上に激しすぎるダンスを――二人は踊りこなしていた。
(なんなのかしらっ、なんなのかしらッ! あの二人!)
ロザンナは興奮していた。
いかにもお堅く常識家を装っていた人物のぶっ飛んだ行動にも驚いたし、それを引き出した(あるいは共謀した)デビュタントにも驚いた。
悪行と言えないまでも、非常識だと詰られそうな突飛なことを、社交界に顔を出したばかりの若い娘が進んでするなんて有りえない……色んな意味で失うものが大きい。
年頃の娘として最も気にしているであろうお相手探しも、こんなことをしてしまっては難航どころの話ではない。下手したら噂が噂を呼んで一生お声がかからない(婚期を逃す)ことになるのかもしれないのだ。それなのに……
次第に会場の雰囲気が変わっていく。感嘆の声が囁かれ、異様な熱気に包まれる……
二人が踊るダンスは情熱的で激しくて、驚くほどに息が合っていた。批判する気もおきない程に、二人のダンスは上手かった。もはや神懸かっている。
(う、うますぎるわ……〝凄い〟なんてものじゃないわっ! 超人よ。ダンスの超人がここに!)
最終的には王太子殿下まで登場し、神懸かった踊り手のぶっ飛んだ行いは、殿下にも認められるほどの興行師と相成り、拍手喝采に包まれて二人は退場していった。
ロザンナは思った。「あんた達、一体ここに何しに来たの?」と。
社交界は若い男女にとってはお見合いの場所である。未来の伴侶を探して深交を深め、顔見知りを繋げて親交の輪を広げる。将来のために。
そんな気がまるで無いとでも言いたげな二人とは反対に、そのためだけに頑張って張り切って……思うようにいかなくても諦めず、自分で自分を鼓舞してここに立っているロザンナ。
なんだか対照的すぎて、本当なら嫌みの一つでも言いたいくらいだが、ぶっ飛んだことも躊躇わずに手を取ってやり遂げる二人の絆の深さには脱帽だ。非常識だが羨ましいと思わされるから不思議だった。
自分に合ったパートナーを見つけるヒントを得たいがために、デュボワ嬢に近づく決心をしたロザンナ。
*
実際に会って話してみると、心に決めたパートナーを持つゆえの余裕なのか何なのか……セリーナ嬢は何とも自然体で気負いのない人で。
繊細で可憐な見た目(ダンスの時とはまるで別人の雰囲気だった)に反して芯が強く、真面目に素直に恋人の惚気話をしてみせる、興味深い人物だと知れる。
おまけにロザンナの考え方や人生の目標にも反感を持つどころが賞賛するばかりで……結果的に素晴らしく気の合う友を得たのだった。
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