秘密の花園エッセンス 〜異能青年は花嫁と踊る〜

文月・F・アキオ

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序章 iv(Will, Lina, and Gilbert)

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〝愛している〟


 このところ頻繁には会えない日々が続いているせいか、以前よりもウィリアムがこうして直接的な言葉で愛を囁くことが増えていた。同じように愛していると返されて、その言葉を聞くたびに喜び安堵し、自分は幸せだと実感している……
 それがウィリアムの相手の愛を確かめたい気持ちの現れだと思うセリーナは、その行動に人知れず切なくなるのだった。

 毎日のように会っている時は、不安を抱く暇もなかった。軽いキス一つで互いの愛は確かめられたし、確かめずとも行動から感じていた。
 お互いにお互いしか見えていないことが、疑いようのない事実としてそこに在ったのだ。

 セリーナも口にする事は無かったが、華やかな王都で寮とはいえ一人暮らしをしているウィリアムの環境——特に女性関係について、不安に思わないわけじゃない。
 けれども自分は彼を信じているし、彼も自分を信じてくれているのだからと、あえて話題にしたことはなかった。つまり、考えないようにしていたのだ。



 自分たちは過渡期にきているのかもしれない。許された時間のギリギリまでをセリーナの側で過ごし、やがて王都に向かって飛び立っていったウィリアムの後ろ姿を見送りながら、セリーナは一人考えた。

 それは、今までとは違った愛の育み方を探し出し、それに慣れる時期……なのだろうか。
 未熟な自分たちが完全な大人になれるかどうか……長年で培った絆とともに、何かを試されている気がしてしまうセリーナだった。



 短かった秋が終わりを告げる頃——

 ウィリアムが十八歳、セリーナはもうじき十六歳になろうとしていた。





    *





 夜もだいぶ更けた頃、ようやく終着点となる丘に降り立ったウィリアムは、長距離飛行に付き合ってくれた相棒の怪鳥アベルを労った。奮発して、アベルの帰りを待っているだろうもう一羽アデレの分もしっかりとエサを持たせる。布に包まれたそれをアベルの首にくくりつけ、軽く叩いて促した。

「仲良く分けるんだぞ?」

 ぐるぐると満足そうに唸って飛び去っていった怪鳥アベルを見送り、自分も帰路についたのだった。




 麓の歓楽街を通り抜け、閑静な住宅街を通り抜け、王宮の敷地の末端にある官舎の中で、一際隔絶したところにある寮へと向かう。
 滅多にない貴重な休日の大半を移動時間エアルートに費やしたウィリアムだったが、それを後悔したことは一度もなかった。

 やがて六階建ての古い塔を利用した研修生用の男子寮が見えてくると、静まり返った空気の中にふいに自分のとは別の足音が響いて振り返る。そこには暗闇に溶けそうな程に真っ黒な猫が一匹、尻尾を振って歩いていた。そしてそのままウィリアムの後を追うようについてくる。
 呆れた表情で猫を見下ろすと、金色の瞳が不自然に細まり、まるでニヤリと笑ってみせたようであった。ウィリアムはため息混じりに苦言をこぼす。

「ギルバート……またなのか。なんのための門限なんだ?」
「にゃー」
「私は事前に申請して許可を得ている。お前と一緒にするな」
「にゃー、にゃー」
「余計な世話だ。お前こそいい加減にしろ。バレたら同室の私まで懲罰の対象になるんだぞ」
「にゃー」
「誰がするか」


 ウィリアムは裏口から入って管理人室前の警備をパスして階段を上がり、五階の片側に割り当てられている自室に向かう。認証鍵ロックを解除して室内に入ると、先ほどの黒猫が開け放たれていた窓から飛び込んで来たところだった。
 月明かりの差し込む部屋を眺めながら、開きっぱなしで出掛けるなど無用心だと猫に向かって抗議する。部屋の明かりを点けて暗めに調節してからベッドの脇に荷物を置き、息を吐いて腰掛ける。わずかに緊張を解いて衣服の襟を少し緩めたところで目の前に大きな人影が落とされた。

「おーおー、凄まじい疲れっぷりだな」
「うるさいな」
「お前も休日の度によくやるよなー。普段の色男が見る影も無いぜ? これを見たらお前を完璧だなんだと崇める女たちも幻滅するだろうな。ん? いやまてよ逆なのか? 高貴な身分の令嬢が考えることはよく分からんからな……」
「興味ない……」
「そうだよなー。お前が興味あるのは可愛い可愛いセリーナちゃんだけだもんなー?」
「……気安く名前を呼ぶなよ。馬鹿が移りそうで嫌だ」
「へーへー、左様ですか。ほらよっ」

 ギルバートは黄金こがね色の瞳を細めてにやにやと揶揄からかうように笑いながら、小さな取ってのついた青い小瓶を投げてよこした。

 ウィリアムは、自分の弱みをあげつらえては茶化す目の前の男を鬱陶しく思いつつ、その気遣いは正直なところ非常に有り難いので、見慣れたそれを素直に受け取った。
 中身を一気に飲み干すと、じわじわと体が熱くなり、鉛のような重さが軽減されていく。万能薬と言わしめるそれの効果は絶大で、著しく損なわれた部分が次々と補われ、通常の疲れ具合いと同等か、それより少し大きいくらいにまで体力が回復する。これで明日の仕事もだいぶ楽になるだろう。

「しかしまー、アレだ……相変わらずスゲ~匂いだな。どんだけ盛ってんだよ。ヤりすぎだろお前ら」
「……やってない。お前の鼻がおかしいだけだ」
「いやいや、そんな訳ねーだろ。猫の嗅覚なめんなよ。人間の十万倍はあるんだかんな! まぁ、俺の経験から言わせてもらえば、その濃さなら最低でも三回はイ… んぐぅっ!」
「黙れ」
「ぅんぐうっ! ふぐうっぅう!!?」
「……違うと言っている」

 ウィリアムは苦しそうにもがくギルバートを見やりながら、頃合いを見て空をつかむように拳を握りしめ、次の瞬間にパッと解き放つ。すると口をもごもごとさせて不明瞭な声でしか話せなかったギルバートが「プハーッ」と息を吐き出した。

「お、お前なぁ~仮にも年長者の俺に向かって……それ人間相手に使うのやめろよな! 人権侵害だぞ!?」
「私の力では人間にはそれ程の効果はない」
「俺が人間以下だって言いたいのかッ?!」
「少しばかり獣に近しいと言っているだけだ」
「同じじゃねーか!!」


 ぶつぶつと呟きながら憤慨したギルバートは、自分は崇高な生き物にだってなれるんだぞ!と、よく分からない類の自慢をしながら自分のベッドのある方に戻っていく。
 ようやく大人しくなったかと呆れながら、ウィリアムは寝支度を済ませてベッドに潜り込む。あと数時間もすれば夜が明けてしまう時刻だった。明日(すでに今日だが)も早朝から予定が詰まっている。少しでも寝られるなら寝ておくに越したことはい。

 ウィリアムは自分の体に微かに残ったセリーナの匂いを嗅ぎ取って、思い出される感触に抱きしめられているかのような錯覚を起こしながら、目を閉じて今日のセリーナとのあれこれを思い返しながら眠ろうとする。
 疲れのせいか、早々に意識を手放しかけたところで、ギルバートの声に引き留められた。

「なぁ、お前さ……」
「…………何だよ」
「本気でその子と以外はする気がないのか?」
「……当たり前だろ」
「いや、おかしいだろ。普通の貴族はもっとさ、こぅ~ 色んなやり方で発散するんじゃねーの?」
「皆が皆お前と同類なわけじゃない」
「いや、俺だって恋人がいる時はけっこう一途だぜ? でもお前ガキん時からずっと、なんだろ? そもそも、そこまでシといて本番その先を知りたいと思わねーの? 他の女の感触とかさ~」
「……べつに。興味ない……」
「でもさー。やっぱ男は実地訓練あってこそのえ…」
「うるさいぞッ。いい加減にしろよ……良いんだよ、僕にはリーナだけで……リーナには……僕が……」
「………………なんだよ。寝たのか?」


 解んねぇなぁ……とギルバートは呟いた。
 微かな寝息が響く中、ルームメイトであるこの男がよもやこの恵まれた容姿で未だに童貞だなんて、誰にも想像つくまいなと考える。

 成人男子の嗜みとも言えるそれは、だいたい親元を離れる十二かそこらで経験するのが普通なのだ。遅くともパブリックスクールの卒業と同時にそっちも卒業しているのが貴族の子弟に限らず世間一般の男の常識セオリーな流れだったはずだ。どこにでも〝例外〟はあるものだが、まさかこの男が?という疑問が未だに消せないでいる……

 気概があって、能力に頼らない知力もあって、武術の心得もそれなりだし、王宮勤務エリートで将来性のある若者。それだけでも優良とされるのに、生まれも育ちも申し分ない。高位の貴族にありがちな高慢さや嫌みなところも無ければ、絵に描いたように真面目な性格で、人当たりも良い。
 実家の財力と本人の素質が上々で、女性受けする整ったマスクという武器もあれば、次男坊で跡取りでは無いこと差し引いても、有り余るほどの好条件魅力を備えているわけで……当然のごとく社交界では有望株と持て囃されていた。つまり、その気になれば選びたい放題の、遊び放題であるはずなのだ。


 そんなイケ好かない同僚と同室になってしまったことを、初めの頃こそ呪っていたギルバートだったが……ある日を境にウィリアムの見方が激変した。
 ただ一人の女に会いたいがために報われない努力をしていたり、痩せ我慢をしていたり……あまりの忙しさに病気になったんじゃないかと疑ったこともあるが、実は意外と残念で可哀想なヤツなだけなんだなという認識が定着している昨今なのであった。





 翌朝ギルバートが目覚めた時にはすでに部屋には自分一人だけとなっていた。
 ウィリアムの疲れ具合いを見る限り、能力——つまりは血脈を駆使してほとんど丸一日飛び続けることは、けっこうな重労働なのだということがわかる。それを敢えて月に一度の休養日にやってのけるアイツはやはり病気かもしれないと思うギルバートだった。

 早朝の勤めは強制では無い——となれば誰がやるんだそんなこと。ただでさえ忙しいのに余計な仕事を自ら引き受けるヤツなんて、そんな物好きいるわけないだろうと思っていたギルバートだったが……その物好きが意外と近くにいたのである。

〝世界は謎に満ちている〟というのは本当だと、ギルバートは実感していた。



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