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第2章 二人の誤算
迫り来る期日 iv(William)
しおりを挟む物陰から覗く薄金髪を見た時、安堵や渇望、怒りと喜びが合わさってごちゃ混ぜになったような感情があった。それを言語として形を成すことはできなかった……
言うべきこと、伝えたいことを思い浮かべる行為の前に、こぼれたのは求めてやまない人の名前だけだった。
「セリーナ……」
なぜ? どうして? たった一人……
こんな時間に。こんな場所まで。
僕に黙って。僕を混乱と恐怖に陥れて。
ああ、いったい何が起こったのだろう……体が無傷なのは確かめ済みである。とにかく事情を尋ねなければ。
がむしゃらにセリーナを抱きしめて、息をつき、ようやく思考がまとまり始めていた。
「ウィル……」
だが、セリーナがやや苦しげに呟いて初めて、抱きしめる腕の力加減を間違えていたことに気が付いた。
慌てて拘束を緩めるも、彼女は僕から離れずにしがみ付いている。やはり何かあったのだろうか……聞くのが少しだけ怖くて緊張する。
「……リーナ。何があった?」
口付けしていた頭部に向かって問いかける。その瞬間、背に回されていた腕が解かれてしまって心許ない。
だが、そんな気持ちを吹き飛ばしてしまうほど、セリーナの紡ぐ答えは僕の意表を突くものだった。
「違うわ……なにも無いの。本当よ。ごめんなさい、驚かせて……」
セリーナが顔を持ち上げようとして、ぶつからないように少し距離を置く。わずかに差し込む光から読み取れる表情は、嘘を言っているようには見えないし、何かに怯えている様子もない。
触れた頰はほんの少し冷えていたけれど、最後に会った日から変わりないように見える。
変わったのは僕の方だろう。会いたくて会いたくて、夢にまで見ていた彼女が現実となって現れて……その理由が僕と同じらしいと知らされた。以心伝心とはこの事かと……相性の良さ、繋がりの強さをひしひしと感じる。
でも、たとえ不可視な繋がりがなくとも、こうして生身の体で繋がれるのだから……そんな言い訳を胸の内で唱えながら、僕はセリーナの唇に吸い付いた。嬉しくて恋しくて、無性に彼女を感じたかった。
セリーナが無抵抗で受け入れて、愛し合うそれのように重なって、食むように……やがて奥深くでも繋がり合う。激しくも丁寧に応えてくれる。
僕はそれを味わうことに夢中になっていく。
ああ、なんて快い……
セリーナの全てが好ましい。
これは僕の宝……生きる歓びと目的。
訊きたいことは山ほどあったはずなのに、幸せをもたらす存在を確かめるのに手一杯で……ひたすらセリーナを貪るように口付けて、薄着の彼女を搦めとるように抱き寄せていた。
*
眠りを妨げるほど緊急の知らせを受けた時、文字通り僕は飛び起きた。
初めて寮を無断で抜け出して、案内されるまま疾走した。
怪我の痕跡はないという知らせを聞いても安心できなかった。
短い間に頭をよぎるのは悪い想像ばかり……そのせいでやけに焦って、恐れて、消耗した。だから会ってすぐ有無を言わさず抱きしめた。
後から思い返してみれば、あの時の自分はかなり乱暴で、まるで野生の獣のようにがっついていたと思う――
セリーナを連れて宿を取るわけにもいかないし、そもそも営業しているところがあるかどうかも疑わしい。
かと言って寮や実家に連れ込むことにも無理があるわけで……行けるところは限られていた。
簡素で狭い造りだが、必要最低限のものはそろっているあの場所。
アベルに乗ればすぐの距離だが王都から街一つ分くらい離れた場所にある小高い丘の裏側。そこから広がる森の入り口から入って一番最初に突き当たる小川沿いに、彼らの拠点があって、僕はその近くに管理小屋のようなものを作っていた。彼らの狩りに付き添う時の滞在場所兼エサの貯蔵庫のような役割だ。
街には連れて入りたくない種類の使役している動物たちの居場所でもある。
まさかあんな動物臭い場所にセリーナを招くことになるなんて……
いずれ話すことになったとは思うけれど、連れてくるならもっと念入りに掃除する。
荒れているわけではないが、綺麗に片付いているとも言えない場所なのが微妙だ。セリーナの反応が気になった。
セリーナと一緒にアベルに跨って地を離れ、ぐんぐんと空に向かって上昇していった。
彼女がそれを怖がるようなことはなく、嬉々として周囲の景色を眺めている。昼間のように風景を楽しむことは出来ないが、そのかわり高所の恐怖を感じずに済んだかもしれない。
星が近くて素晴らしいとか、遠ざかる街の明かりが美しいとか、たいそう気に入ったようである。
なんだか久しぶりに少女の頃のように好奇心旺盛なセリーナが見られて、僕は嬉しくなった。
小屋の前に着いてからは色々と説明をしながら彼女の様子を窺った。
中に入ると、案の定な夜行性動物たちの出迎えに驚いていたけれど、部屋についは何も言わない。
これは……アリ、なのだろうか。
嫌そうな気配はない。むしろワクワクしているような……
「秘密基地みたいなところね」
彼女はにこにこ笑って楽しそうに言い放つ。セリーナを少しでも疑った僕が馬鹿だった。
王都に来てからというもの、やたらと大人になったところを見せつけられてばかりだったけど……やっぱりセリーナはセリーナで。
子供の頃からなにも変わっていないのだと実感した。
僕は本当に幼い頃からセリーナが大好きで、小さなことで一喜一憂していた。
変わってないのは自分も同じだった……
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