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第2章 二人の誤算
夜明けの結合 ii(Selina)
しおりを挟む同日の同じ頃――
「……来たかセリーナ。まぁ、そこに座りなさい」
母を伴って予定よりだいぶ早くに帰宅した父が、珍しく私を呼び付けた。
書斎に入ると座るように促され、なんだか話が長くなりそうだと察してしまう。
「ところで最近、彼とはどうなんだ」
〝ところで〟だなんて明らかに不自然な切り出し方をして、回りくどい。単刀直入に聞いてくれて構わないのに、とセリーナは思う。父のこの癖は昔から変わらない。
「どう、と言われましても……昔から変わらずに仲良くしてますわ」
「何かこう、変わったことは無かったか?」
「特には」
「そうか……」
なぜ残念そうにするのだろう。父はどれのことが聞きたくて、なにを言いあぐねているのだろうか。
ウィリアムとの関係は、今に始まったことじゃない。変わったと言えば変わったが、変わらないと言えば変わらない。愛情も、愛情表現の方法も……
周りの状況は日々変化しているけれど、気持ちはなにも変わらない。
それはそうだろう、私たちはずっと昔から婚約している……弟が生まれて御破算になってからだって、気持ちはいつも彼の方を向いていた。
七歳の時からずっと、ウィリアムは私の心の婚約者だ。
「最近は特にお仕事で忙しくされているようで、あまりお会いしてなかったのですが……誕生日には素敵な贈り物をいただきました。このペンダントがそうです」
「そうだろう、そうだろう。彼は優秀だからな、あちこち引っ張りだこなのだ。余日にすら帰ってこないのだから、相当多忙なのだろうな」
聞きたかったのはそこだけなのだろう。なぜ父がそんな事情を知っているのかは不明だが、微妙な言い回しには気付かれていないようで、セリーナと余日に会っていたことは知られてないと判って安心する。
そもそも知っていたら、こんな悠長に話などせず、真っ先に自覚云々などと叱責されていただろうか……
「迎春休明けにようやく休めるそうですから、その時に屋敷に顔を出されるのではないでしょうか」
「そうなのか。それではあまり時間が……」
言いかけて口を噤む。
「お父様…?」
「いや、彼の予定が気になってな。つまり…」
「何かありましたか?」
セリーナが食い込むように切り出すと、デュボワ子爵は覚悟を決めたように前のめりになって肘をつく。
「セリーナ、真面目な話をしよう。……実は、あちらのご両親とも話し合ったのだが。彼との婚約を一旦白紙にしようと思うのだ」
「……え?」
「落ち着いて聞きなさい。白紙に戻すが、付き合いが無くなるわけではない。両家とも蟠りは何もないのだ。将来的には、お前はウィリアム君と夫婦になることもできる、それは変わらない。だが…」
それなら婚約を解消する必要はないのではと問いたくなるのをぐっと堪える。
なんのためにそんなことをするのか、婚約破棄される娘の体裁は気にならないのか……理由を聞きたい。
セリーナは落ち着いた様子で父を見つめ、話の続きを促した。
「結婚の時期について、あちらで少し問題が起きてな……実はな、ある国の王族に縁付く方がお前たちの舞踏会での踊りを目にして彼を気に入ったらしくてな。ぜひ自国でも披露すると同時に本場の技術を学んで欲しいと彼を指名して招待した。
我が国としては願ってもない交流で、この機に人を送り込む前例を作りたい。彼には留学生としてあちらに滞在し、駐在員を目指してもらうことが決まったのだ」
激しい舞踊が重要視されている国……
もしやそれは潤沢な土地と豊富な資源を持ちながら閉鎖的で、変わった嫁取りの風習があり、誹りを込めて「強奪愛の国」とも呼ばれている……彼の国だろうか。
「それは、いつ…いつのことなのですか」
「帰国に同行する形で、来月には出立する」
「来月って、二日後には来月ではないですか。どのくらい滞在するのですか」
「分からない。おそらく三年か、五年……もっと長くなる事もあるかもしれない」
「……そんなに?」
「だからな、伯爵のご厚意で、一旦婚約を解消しようということになったのだ。その間に彼の事情も変わるかもしれないし、お前だって別の良縁に恵まれるかもしれない。その可能性を潰すことは無いと…」
「私は、ウィリアム以外の方のところへ嫁ぐ気はありません……何年経ってもそれは変わりません」
「勿論それならそれで構わない。彼が戻って来てから、結婚しなさい。彼の方も、変わってなかったらな……」
それはまるでウィリアムが心変わりすると暗に示唆するような言い方だ……そう思いながら、場所が場所だけに、その可能性を否定しきれない自分がいる。
「今は若いから問題は無いが、いくらお前が美しくても、二十を過ぎれば行き遅れと呼ばれるようになる。世間からそう呼ばれ続けたら、お前も辛いだろう。気が変わり、婚約の事実を焦って白紙にした時には手遅れということもある。ならば余計な枷は最初から無いほうが良い」
「枷だなんて、そんな…………いっそのこと結婚してしまえば良いのではないでしょうか。そうすれば世間は納得してくださいます」
「書類上だけの、実体のない結婚生活を送るのか? 実家に住み着いたままの妻を、誰が奥方扱いする? それとも主人のいない屋敷の中で、お前が采配を振るえるのか? なんの実績もないのに?」
「それは……」
「結婚とは、夫婦とは、社会に認められてこそ一人前だ。片方だけでは成り立たない。確かにお前なら男並みの仕事に就く道もあるかもしれないが、それこそ夫の立場が無くなるではないか。そもそも女一人で生活できるほど、世の中は安全ではないぞ。側にいて守ってくれる男がいなければ、付け入られる隙もできるし、色んな場所で侮られることになる。お前はそれに本当に耐えられるのか?たった一人で?」
「…………」
「セリーナ、解るだろう? 結婚せずに婚約を解消するだけだ。離婚するより遥かに容易い。一番現実的で、最善の対応なのだ」
父の尤もらしい言い分は解る。親として当然の選択、心配りなのだろう。それは解るが、彼と結婚したいと願う私だ。
納得するのは難しい……
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