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第2章 二人の誤算
夜明けの結合 iii(William)
しおりを挟むまたしても東宮に足を踏み入れ、今度は多人数での話し合いがなされた後のような体裁になっていたあの場所に立ちながら、ウィリアムは顔には出さずに愕然としていた。
目の前で優雅に茶を飲みながら脚を組んで座る人物から、早すぎる研修の切り上げと異動命令を言い渡され、その衝撃のあまり一瞬思考を停止させたのだった。
「研修は、三カ月の予定では?あと二カ月も残っているのにどういうことでしょうか」
「そのままの意味だ。君には素質があったみたいだな、すでに基準は通過しているから問題ない。もう一人の彼といい、嫌々やっているのに習得が早いなんて癪にさわる……まぁ、君の場合は手抜きはしていなかったようだが。それはそれで変わっている。なかなか面白い男だな」
「……出された課題には全力で取り組むよう躾けられましたもので」
実直を責められたようで納得がいかない。無理を言ったのは貴方ではないか。
「年が明けたらそこにいるフォレスと共に現地入りしてもらう。持ち物は最低限で構わない。必要なものはあちらで揃える。長く寮室を空けることになるからな、そのあたりの準備を進めておくように」
「新年は二日後ですが。もっと具体的にお願いします」
「場所はモルヴィス領の中枢、クヌート地方。潜入期間は長くて一年だ。結果が出なくてもそのあとは別の場所に行ってもらう。人手が不足していてな、君の能力はあちこちで役立ちそうで助かる。あとの詳しいことはそいつに聞け。こう見えて私は余日を楽しむ暇もないほど忙しい。だが最初くらいは顔を見ながら勅任してやろうと、こうして気を利かせてやった」
殿下が人の悪そうな笑みを口端に浮かべて偉そうに――実際とても偉いのだが――「有難かろう?」と言い放った。
それから無駄に輝かしい笑顔を作って親切そうに、とんでもない事を告げてくる。
「ああ、そうそう。例の君がこだわっている婚約者の件だが……そちらは既に手を打ってある。安心して任務に就くといい」
「は?待ってください、それはどういう意味ですかっ」
「いつぞやの君達の舞踏の腕前は見事だったからな。それを適当に利用させてもらった」
「彼女になにをしたんですか」
「私が働きかけたのは相手方の令嬢ではなく君の処遇についてだよ。まさか関係のない人物を巻き込むわけにはいかないだろう。仮にだ――結果的に彼女が巻き込まれたとしても、それは私のせいじゃない。君と、君のご両親の判断だ。私の関知し得る範囲ではないな」
*
思い返すも腹立たしい、一方的な呼び出しで一方的に辞令を突き付けられ、意味深長な言を残して颯爽と去って。詳しい事情を聞かされた後も、有無を言わさぬ強引さで手続きをさせられた。引き継ぎもろくに出来なかった。
この組織の活動は本職を隠れ蓑に、本職に支障のない範囲で秘密裏に、短期間で任務を遂行する。失敗しても今の職位には何も影響しない――などと説明していなかったか?!
長期休職させて留学先に駐在する名目で潜入捜査だなんて、着任前から本職に影響しまくりではないか。蔑ろにされていると言ってもいい。短いとはいえ今までの下積みが全て台無しだ。
数年後に戻ってきて、たとえ肩書きに箔が付いていたとしてもそれは偽物。そんなもので昇格するのは本意じゃない。実際の経験値は同期に大幅に遅れを取ること確実だ。
この行き場のない思いは何処にぶつければ?!準備もなにもあったもんじゃない……と思うのも仕方がないではないかとウィリアムは内心で毒付きながら乱雑に手を動かしていた。
どこまでも律儀に指示に従って荷物をまとめるウィリアムだったが、腹立ち紛れに物に当たってしまうのは止められなかった。
こんな組織待遇の中で信頼のおける上下関係など築けるのか?と疑いを持つが、貴族出身の官吏で命令に背く意思も争う気概も無いことを見透かされた上での横暴だとしたら……
(確かに人選は間違っていないわけだ)
ウィリアムはこの時初めて上官に逆らえない、自分自身の根底気質を疎ましく感じた。
職務に誠実かつ王家に忠実でありたいと願うことが、まさかこんなにも心を蝕む害毒になろうとは……
ウィリアムは引き出しの左奥から水色のシンプルな箱を取り出して机の上に置いた。小さく年号が書かれた上蓋を開け、中身を眺めて溜め息をつく。
そこには今年に入ってからのセリーナとのやり取りや手作りの栞、数枚の写真やちょっとした小物が収められている。
(これは置いていくわけにはいかないな……)
かといって持っていくわけにもいかないので、ウィリアムは少し思案する。
王都の実家にある自分の部屋に置いても良いのだが、今はまだ家族と顔を合わせたくない。
本人に確認することなく勝手に破談の手続きを進めた両親に、少なからず恨みを覚えていたからだ。
自分に関わるとんでもない事実を知らされて、すぐさま帰宅し、事の次第を父親に確かめたところ既に手遅れで……
疑うことなく息子の大抜擢を喜ぶ姿を見せられて、結局なにも言い出せなかった。本当のことを教えるわけにはいかないし、黙っていれば当然こうなる。だがせめて、自分に確認して欲しかったと思うのはただの我が儘か――
確かに両親は悪くない。
息子を思い、最大限の配慮を相手の家にしたに過ぎない……
予想外のことが起こって悩んでいるうちに、次々と予定外の方向へ計画が流れていく……それに対処しきれなかった僕が悪いのだ。
解っていても、振り出しに戻った事実は非常に悔しく、遣る瀬ない。
昔の無力な自分に返ってしまったようだった。
セリーナはもう、知らされているのだろうか。
この事を知ったあとでも怒らずに、僕との約束を守って……会ってくれるだろうか。
(会って、どう説明すればいい……)
こんな無茶な作り話。
周囲は本当に信じるのだろうか――
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