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第2章 二人の誤算
夜明けの結合 iv(Selina)
しおりを挟むセリーナは自室に籠もって窓の外を眺めて過ごしていた。
夕方の黒みがかった赤に紫が混じっていき、やがて真っ黒に空が染まるまで……食事も摂らず、ぼんやりとずっと眺めていた。
考えるのは父から告げられた事の真偽。
あまりにも急な話であるために、なにか裏があるのではないかと疑ってしまう。
間違いであって欲しいと願いつつ、間違いないのだろうなと悲しい現実をかみしめている。
別に一生会えなくなるわけではないし、父の言う通り将来はきっと結ばれる。自分たちさえ変わらなければ。
(外国に行くって、どんな気分かしら……)
セリーナは自分が国外に出る可能性など、今まで一度だって考えたことがなかった。
同盟国で使われている公用語を習っていた時も、それ以外の言語――まして、国交のない閉鎖的な国に興味を持つことはなく、通り一遍のことしか知らない。
当然のことながらあちらの言葉など話せない。書物ですら目にしたことがない。
(ウィルは……話せるのかしら。だから選ばれたのかもしれないわ。そうでなくても彼方から熱烈に望まれたのだもの、悪いようにはされないはず)
「ウィルはどう思ってるのかしら……」
いつものウィリアムだったら、こんな大事なことは真っ先に相談してくれそうなものなのに、今回はそうじゃなかった。
事前になにも知らされていなかったこともあって父の前で論理的に反論することができず、ひとまず納得したような体裁で引き下がった。ちっとも納得してないが。
今回のことは、ウィリアムはにとっても予想外の出来事だったのだろうか。幸運と言えば幸運なことだけれど、タイミングとしては最悪だ。
もしも結婚後だったなら、留学話自体が来なかったかもしれない。
未来の駐在大使として、もしかしたら夫婦で招かれたかもしれない。
(それとも最初から事後報告のつもりだった……?)
ほんの数時間前に会ったばかりの彼を思い出す。そんな素振りはちっとも無かったのにと振り返る。
彼はむしろ目前に迫った結婚をとても楽しみに、一日も早い成就を心から望んでいるようだった――
(そうよ。そうでなければ、二日後に会う約束なんてするはずがないわ)
あの時のウィリアムの真剣な顔を思い出す――
まさかあれは大事な話があるという、ウィリアムの決意の表れ……?
(いいえ、それじゃあ矛盾しちゃうもの)
セリーナはだんだん考えることが億劫になってるくる――大事なことではあるが、今はもうとにかく頭が鈍くなっている。手足や体の節々が急に痛みを訴え始めていて、全体的に重怠い。喉にも違和感があるから、風邪を引いたのかもしれない……
頭が効率良く働かないから考えがまとまらないし良い案も浮かばない。
ショックを受けたからか食欲もあまりない……
(それに今日はやたらと眠いのよね……なぜかしら)
ぐるぐると出口のない想像を巡らせることに取り憑かれていたセリーナだった。
だが、そこでようやく今朝の自分は徹夜明けでほとんど睡眠を取っておらず疲れがたまっていることを思い出す。
そこから芋づる式に昨夜から今朝にかけての情事を思い出してきて……
「…………もう休みましょう」
そんな疲れた状態で物思いに耽ったところで、ろくな答えが出るはずもない――
*
セリーナは疲労が溜まっていたために昨夜は随分と早い時間に寝付いた。
だが、そのせいで真夜中に起き出してしまい、眠れずに暇を持て余していた。
最初はウィリアムへの手紙をしたためようと思ったが、今からだと返事が届くよりも先に本人と会うことになると気付いて考え直した。
こんな真夜中に堂々と暖炉に火をいれるわけにもいかないし、寝間着にショールだけでは頼りない。
簡易の食器棚から茶器を取り出して、血行を促して体を温める作用のあるお茶をこしらえる。
特にやりたいこともなく……少し行儀は悪いがベッドの中で足元を温め、窓から見える月を眺めつつ、のんびりお茶を愉しんだ。
(困ったわ。完全に昼夜逆転してしまいそう……)
こうやって落ち着いて昼間のことを考え直してみると、残念なことは残念――それはもう本当に、心の底からがっかりなのだが。まだ婚礼衣装の製作にも着手していない現段階では、無駄になってしまう物がほとんどない。不幸中の幸いかもしれなかった。
何年もずっと一人で待ち続けることが恐くないと言ったら嘘になるが、帰ってくるのを待つしかないのだ。
例えば仮に五年以上かかるとして、その間に一度も会えないということもないだろう……少なくとも、一、二年に一度くらいは帰国するのではないだろうか。
王宮への報告や交易の取り決め準備など、数週間滞在することもあるかもしれない。
そうなったら彼は必ず私に会おうとしてくれる――
(それならきっと大丈夫……頑張れる)
何カ月、あるいは何十カ月も会えないなんて、寂しくて堪らないだろうが……それでも今までだって手紙のやり取りだけで長く会えない日々を乗り越えてきたのだ。
さらに遠くへ離れてしまうとなると連絡手段が限られて、頻度は激減するだろうけれど……そうやって心を繋げていれば、きっと二人は変わらない。
(それに、いざとなったらアベルやアデレにお願いして、会いに行かせてもらえば良いんだわ)
セリーナは、ウィリアムは契約した動物たちの全てをあちらに連れていくのだろうかと疑問に思う。
普通に考えたら、故郷を離れたくないだとか、こちらでしか生息できないとか、様々な事情で連れていけない者も多いだろう――なにしろセリーナ自身が連れて行ってもらえない者の筆頭だ。
同じ留守番仲間として、必要なら動物たちの世話だとか、たまに住まいを訪問させてもらってご機嫌伺いするだとか、そういったお手伝いをさせてもらえないだろうかと考えた。
(でも、あの小屋に私一人でたどり着けるかしらね?)
お茶を飲みながら考えた。そんな風にのんびりしている自分がおかしくて、最初に感じた以上に希望があるよう思えてほっとする。
私は一人になってしまうけど、待っているのは一人ではない……その事実が嬉しくて、セリーナはふふっと笑いを零して俯いた。
その時――
月光が当たって床に映し出されている、逆さまになった大きな窓の中。その下の方で黒い影が通過して、次いでバサッと旗が翻った時のような音が静かな夜に重たく響く。
不思議に思って茶器を置き、窓枠の上部をじっと眺めた。
(はばたきの音かしら?)
一昨日の夜に招き入れた二羽の存在を思い出す。
それにしてはやや重たいような気もするが、なにかあったのかもしれない……ひとまず確かめようとアーチ型の張り出し窓の前に立ち、ゆっくりと窓枠に手を掛けた。
次の瞬間、セリーナはそこで信じられないような光景を目にする――
この時とっさに叫び声を上げなかった自分を、セリーナは後々おおいに自賛した。
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