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第3章 二人の覚悟
恋闇の侵入者 i(William)
しおりを挟む誰とも会わずに済むようにと、真夜中の十二時を過ぎてから行動を開始した。
どこにいても闇に溶け込んで目立たぬように……意識して衣服も黒で統一する。
昨日、夜明け前に戻ってきた時にも思ったことだが……慎重に道を選んで進めば、各所にある監視の目や警備の網をくぐることは意外なほどに簡単だ。敷地面積に対して夜間の人員が少なすぎるのだ。重要でない場所ほどそれが顕著になっている。
こう言ってはなんだが、官舎まわりの警備網なんてほとんど笊だ――本当は必要ないと思われているのかもしれない。
前回より冷静になってそういう視点で見てみるとよく分かる……柵や塀を乗り越えるための身軽さを兼ね備えて敷地内部における人員や建物の配置に通じてさえいれば、化け猫でなくても脱出できるだろう。
自分が知らなかっただけで、門限など気にせずに出入りしている男は意外と多いのかもしれない……
こうして今回もあっさりと寮を抜け出したウィリアムは、ひと気の無い路を選んで黙々と早足で歩いていた。
自分がこれからしようとしていることの重大さを思えば、二日連続で寮則を破って無断外出している事実ももう気にならなくなっている。
規則を守るよりも大切なことがある――そう思えるようになっていた。
黒い外套をたなびかせ、目指す丘には獣の群れが待ち構えていた――
*
もろもろの協力依頼を終え、怪鳥の背に乗ってウィリアムがそこへ降り立った時、当たり前だが周囲は完全に寝静まっていた。
こんな風に街へ直接降り立ったのは初めてのことである。真夜中とはいえ誰かに目撃される可能性はゼロではない、余計な騒ぎを避けたいのは本心だが、それでも今回は背に腹は変えられず……
最も単純で効率の良い、ほとんど痕跡を残さない侵入方法を選んだ。
侵入先はもちろん、セリーナの住まう屋敷である。
固く閉ざされた扉や門も、無防備によじ登るには高すぎる外壁も、空から来る者には何の障害にもならない。
ウィリアムはセリーナの部屋の真上にあたる位置の屋根に着地すると、そろそろと歩いて窓の位置――目印のように自分たちで育てた共鳴鳥の巣ができている――を確かめて簷に近づいていった。
(問題はどうやってリーナに気付いてもらうかだな……)
セリーナは当然だが熟睡しているだろう。そんな彼女を驚かさずに起こすには、共鳴鳥の手を借りようと考えていたのだが……その共鳴鳥がなぜか居ないのだ。
こんなに時間に、夜行性でも無いのにどこへ出かけているのやら……
ウィリアムは少しのあいだ思案して、どうにか窓の前に自力で降り立ってセリーナに気付いてもらうしかないと思い至る。
そしてそれを実行するために、まだ完璧ではない自分の能力を活用する――物体の浮遊操作を応用して、自分を浮遊操作する――ウィリアムが最近習得した技は、まだ完璧とは言い難く、維持できる時間が極端に短かった。
それでも何度か挑戦して足場を確保して、それからセリーナを呼んでみようと考えたウィリアムは、風に煽られて邪魔になるかもしれない外套をバサリと脱いで怪鳥に託し、気合いを入れて空を蹴る――
屋根から踏み出した足は重力に逆らって緩やかに落ち、階段を降りるような動作で窓の前に辿り着く。
そして向きを変えて窓と向き合うと、そこには大きな瞳を目一杯開いて固まっているセリーナがいた――
「………!」
「…………」
驚きのあまりお互いに無言で見つめ合う。
(なんで起きて……いや、そんなことよりも…)
そろそろ時間が限界だった。
ウィリアムは慌てて身振り手振りで窓の鍵を開けてくれるよう促した。
ハッとなったセリーナが頷いて、焦ったような仕草で鍵を外して窓を開ける。
外側に開かれた窓からするりと入り、音が出ないよう慎重に閉じる。ウィリアムはなんとか無事に二階への侵入をやり遂げ、ほっと胸を撫で下ろす。
セリーナはそんな彼を数歩下がったところからじっと見守っていた。
「……これは、夢かしら。ウィルが空から降りて来るなんて」
セリーナが心なしか楽しそうに呟いた。
「ははっ。夢じゃない、現実だよ……でもなんだってリーナはそんなに冷静なのさ。こんな時間に起きてるし……僕の方が夢かと疑いたくなる」
「夢じゃないの? でもね、私の知ってるウィリアムは自力で空は飛ばないのよ?」
それとも貴方は私が望んだもう一人のウィルなのかしら……そういう設定?などと呟くセリーナ。
なかなか事実を受け入れられない彼女を前にして、仕方がないなと笑って近づいていくウィリアム。
夢との違いを解らせるため、一日ぶりの抱擁を交わしたのだった。
*
しばらくセリーナの温かさや柔らかさ、心地よい香りを堪能して。ウィリアムはほんの少し体を離したあと、額を合わせるようにして彼女を覗き込む。セリーナが自然に瞼を閉じて、ウィリアムはそれに導かれるように彼女の唇に自分のそれを重ね合わせた。
まるで示し合わせたかのように、静謐な中で交わされたそれは、どこか儀式めいていた。
ほぅ…と微かに吐息を漏らして終わりを告げて。
「夢じゃなかった……」
セリーナは呟きながら微笑んだ。
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