グラシアース物語

文月・F・アキオ

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Part 3. 白綿帽子の相棒

とある大陸の街路にて

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 商人の都、カーランでぼろ儲けをした数日後。ニムラと呼ばれる隣町の歓楽街で、豪遊していた時のことだった。
 いつもだったら行かないような場所にまでふらりと立ち寄ったのは何の気まぐれだったのか……景気の良さに浮かれていたのかもしれない。
 今となっては誰と一緒だったのかも思い出せないが、エトノアは自分のとった行動をとてつもなく後悔していた。男心が非常に傷付いたからである。

(ごめんなさいごめんなさい、もうしません。ごめんなさい!)

 羞恥に震えて頬を染め、泣きそうになるのをこらえながら、心のなかで謝罪を繰り返す。
 思い返すのも烏滸がましい出来事は、美姫と名高い長身女性の艶めかしい仕草によってもたらされたのだった。





 事の始まりは数時間前――

 高級娼妓と呼ばれる「美しい花」を味わってはどうかと……支配人から上の階に誘われて、たまには良いかと考えた。
 これまで一度として経験したことは無かったが、熟練者から手解きを受けた「花」を借りてするのは自分一人でするのと違い、まるで番と致すような夢見心地になれるのだという……そんな噂を聞きかじっていたこともあり、一度くらい味わってみたいと考えた。

 繁殖期の衝動に悩む若者や、半身を失った者を言葉や体で慰めてくれる、見目麗しい男女の住まう娼館――敬天愛人館。その建物内の上階で行われているサービス業を、忌避するものが一定数以上いるのはエトノアも知っている。だが、それは慈善活動のようなものであると認識し、彼に限っては嫌悪感など皆無であった。

 自分と同じ、人を喜ばせたり楽しませたりする仕事である。
 むしろ〝称賛されるべき職業だろう。否定する奴は頭が固いのだ〟と――同業愛好。懇意にしたいくらいとすら考えていたのも、飲み食い処としてよく使っていた理由かもしれなかった。

 エトノアは未婚のオスであり、番はもちろん、恋人もいなかった。勧められて断る理由も無かったのである。
 しかし、酔っ払った彼は重要なことを忘れていた。
 己の獣性が人並み以上に強く、おそらくは番でなければ〝難しい〟と――遠い昔に習ったことの意味、その言葉の重さを。記憶の彼方に葬ってしまっていたのである。


 そんなわけでフラフラとした足で個室に通されるままことが進み、娼妓と対面して数十分。
 普段の生活からは考えられないほど他人に密着され、その店一番の〝花〟の色香がだんだんと強くなっていくのを感じていると、なぜか不快感が募り、気分は下降していった。

 女の手が触れた場所からゾワゾワとした嫌悪感が駆け上がり、全くもってそんな気分になれない。その内すっかり酔いの覚めた頭で認識したのは〝これじゃない〟という喪失感だった。

 気付いたときには振り払っていた。慌てて中座し、冷やかしを詫びて金を払い、逃げるように館を飛び出したのだった。


(うう、つらい……もう二度と登楼はしない……)

 自分には向いていないというよりも〝不可能だ〟ということを思い出したのは良いが、ついでに男としての自信もごそっと抉られた。
 たとえ遊びでも、全く機能しないというのは異常なのではないか。本当に使えるのか。番ができなきゃ一生これは用無しなのか。なんのためのシンボルなのか……と、ぐるぐると考え込んでしまう。

 他の者が普通に通っているのを沢山見てきて知っているだけに(でなければ商売が成り立たず、そもそも遊女や芸妓などという職業も生まれなかっただろう)誰かを頼って人恋しい気分を慰めることすらできない己を目の当たりにし、惨めな気持ちになってしまうのだ。

 こんな調子では番ができても無理なのではないか?と疑心を抱く。
 漠然と描いていた見知らぬ誰かとの賑やかで楽しい日々が、急に靄がかかったように見えなくなって、空想が闇に閉ざされていく。

 以前は一人が楽しくて、やりたいことが多すぎて、番など持たずにずっと独身で、自由に身軽に生きたいと思っていたが……百五十歳を過ぎたあたりから、それは若気の至りだったと感じるようになっていた。
 親しき者たちがどんどん番をみつけて結婚していったことで幸せそうな光景を目にすることが増えたのも、考え方を変えた起因かもしれない。


(そろそろ本気で探すべきかなぁ……)

 探すといっても、これまでの暮らしを大きく変える必要はない。
 色んな土地をまわり、色んな種族の、大勢の観客の前で技を披露する舞台芸人パフォーマーであるエトノアは、暮らしそのものが出会いの宝庫となっている。なので、これ以上なにをどうすれば良いのかが分からないというのが本音であった。
 行先の最善がわからない。出会いの聖地――番との遭遇率が高い穴場なんかがあればいいのにと、非現実的なことを思わずボヤく彼だった。


 そんな簡単に番が見つかる穴場が存在するとしたら、それこそ人が寄って集って大変な騒ぎになるだろう。
 どこにいるのか、どんな相手か、だれにも分からないからこそ……血眼になって探したり、開運なんたらの縁結びの札や占いに頼ったり、怪しいまじないや幻術などというものに手を出したりして破産したり破滅する輩が後を絶たないのが現実だった。


(番……番かぁ。オレにも一人、どこかにいるのかなぁ……いたとしても探してくれてんのかなぁ。オレと同じで〝生涯未婚宣言〟とかしてるんじゃないのか? てか、見つかっても仕事に付いてきてくれるのかどうか……前途多難だな。オレの未来)


 盛大にため息をつく。
 いつになく自信を失って悲観的になるエトノアだが、こう見えて普段の彼は楽観的な自信家で、それなりに人気のある舞台芸人パフォーマーなのであった――


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