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Scene.2 - 木漏れ日とエチュード
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終礼が終わり、リュックに荷物をまとめていると、陽葵が声をかけてきた。
「芽依、今日も部活?」
「そうだよ」
あっという間に毎日は過ぎていき、気がつけば五月になっていた。私は演劇部、陽葵はテニス部に正式入部し、お互いほぼ毎日部活のある学校生活だ。
「じゃあ、今日も一緒に帰ろうね」
「うん。じゃあ、また後でね」
ほとんどの部活は最終下校時刻にちょうど帰れるような時間まで活動している。そのため、お互いが違う部活に入った今でも、陽葵と一緒に帰ることができている。部活が終われば校門前で間に合わせをし、一緒に帰るのがごく自然なことになっていた。
今日はゴールデンウィーク明け最初の部活だ。ゴールデンウィーク中も二日に一度の部活はあったけれど、こうして放課後に活動するのは久しぶりで、少しだけ不思議な感じがする。
部員数が少ない部活ということもあり、三年生の引退の時期は自己判断なのが演劇部だ。これまでは地区大会まで残る人もいれば三年に進級した時点で引退した人もいたらしい。部長は受験勉強のためゴールデンウィークで引退すると決めていたらしく、今日からは三年生のいない部活になる。新しい部長は演出の先輩で、副部長が高瀬先輩だと知ったのは昨日のことだ。
「お疲れ様です」
部室に行くと、そこにはまだ三人しか集まっていない。私と一緒に体験入部していた同級生も無事入部し、今日からは七人の部活だ。まだ来ていない三人の先輩たちは、一人は剣道部に行っていて、残りの二人は三者面談だと。ちょうど新しく部長になった先輩と副部長になった高瀬先輩がまだ来ないということだが、それでも部活はスタートする。
「芽依ちゃん、ちょっとおつかい頼んでもいい?」
いつも通りの基礎メニューの途中で部長はやってきた。それからは混ざって同じメニューをし、水分補給をしながら次やることを話していたが、急に私に声をかける。
「はい、なんですか?」
「これ、十部印刷して来てほしくて。他の人たちは力仕事頼むから芽依ちゃん行ける?」
差し出されたのはB4サイズのプリント五枚だ。裏表に印刷されたそれは、人目見れば台本だとわかる。
「次の定期公演の台本なんだけど印刷するの忘れてて。職員室に行けば印刷できるんだけど、わかる?」
「はい、わかります! 行ってきます」
水分を取り手持ち無沙汰になっていたところだったので、ちょうどいいタイミングだった。靴を履いて校舎に向かっていく。学生棟のすぐ隣に建つ職員棟の二階に職員室はある。これまでに何度か印刷をしに行ったこともあり、今回も特にわからないことはないだろう。
職員室には数名の先生がいて、声をかけて入室し印刷部屋に入る。操作にも迷うことなく印刷すれば、案外あっという間に十部の印刷が終わった。
「失礼しました」
印刷したばかりで少し温かさの残るプリントを胸に抱きながら職員室を後にする。それとちょうど同じタイミングで、隣の部屋の扉がガラガラと開いた。
「あれ、芽依だ。お疲れ」
すっかり聞き慣れた声に反応しそちらを見ると、その部屋から出てきたのは高瀬先輩だった。そのすぐ近くには彼の担任の先生とスーツを着た男性がいる。三者面談と聞いていたことを踏まえると、スーツの男性は彼の父親なのだろう。
「じゃあ、私はもう行くから」
彼の父親は担任に挨拶をすると、高瀬先輩に一言残し帰って行った。彼は感情の読めない顔でその背中をしばらく見つめていたが、すぐにいつもの柔らかい笑顔に戻っていた。
「それ、台本?」
高瀬先輩が私の胸に抱えていたプリントを見て尋ねる。印刷したての温もりはすっかり失われ、冷たさだけが手のひらに残っていた。
「そうです。次の定期公演のらしくて」
「そっか、来月だもんね」
このまま部活へ向かう予定だったらしい高瀬先輩は歩き出し、それに倣って私も歩き出す。「ちょっと見せてよ」と言う彼に部長から渡されたものを差し出せば、印刷後の台本まで全部取られてしまう。
「あっ……」
すっかり空っぽになってしまった手は迷子になり、自分の髪の毛をさらりと撫でる。
「そういえば、今日はお父さん休みだったんですか?」
先ほど気になったことを高瀬先輩に聞くと、彼は少し歩くスピードを落とした。
「え?」
「この前、お父さんは仕事が忙しくて中々休みがないって話してたなって思って……」
「あぁ、話したね」
演劇部に入部してから、部員の中でトップクラスに話している相手は高瀬先輩だ。彼が誰とでも話せるだということもあるが、キャストの中で一番いる先輩だということもあり色々と指導してもらうことも多い。そんな中でつい先日、彼の父親は仕事が忙しくてあまり家にいないと聞いた。その話を覚えていたため、先ほど彼の父親を見て驚いてしまったのだ。
「休みじゃないよ。この時間だけ抜けてきたの。お母さんが来れないからね」
「そうなんですね」
自分から聞いたものの在り来りな返答しかできない。家族の在り方はそれぞれで、そこに軽率に踏み込んでないけないとわかっている。私だって、家族のことを詳しく聞かれても困ってしまうかもしれないのだから。
「そういえば、三者面談って何を話すんですか? 一年生はないので」
「よく聞くようなことだけだよ。学校生活の話されて、あとは進路希望の話かな」
「進路希望……そんなに早く決めなきゃいけないんですね」
まだ高校に入学して一か月しか経っていない私は、正直自分が高校生というのもまだ違和感がある。高校卒業後のことなんて一切想像できないが、一年後にはそれを決めなくてはならないなんておかしな感覚だ。
「決めるって言ってもまだ確定じゃないけどね。進学か就職か、それすらまだ決まってない人もたくさんいるよ」
そう言う彼は大学進学だと決めているらしい。進学希望の学校すらも決めており、聞いた大学名は私でも知ってるほど有名なところだった。詳しくなくてもわかる、勉強ができなければ入れない難関大学。
「私は、まだ何も考えられなそうです」
「ゆっくり、好きなことは何か考えればいいよ」
「高瀬先輩は好きなことができるから、その大学なんですか?」
「……うん。嫌いじゃないよ」
その言葉にほんの少しの迷いが混じっていた気がして、私は何も返せなかった。ただ、それでもまっすぐ前を向いた彼が、少し眩しく感じた。
二人、話しているとあっという間に部室に着く。高瀬先輩も集まり、今日参加する全員が揃うと定期公演の話がされる。
六月最後の日曜日に行われる定期公演まで残り二か月弱。会場は高校近くの文化センターだ。この定期公演には高校の教職員や生徒、地域の人までたくさんの人が来場するらしい。私たち一年の最初の公演に胸が引き締まる思いに包まれる。
「明日から本格的に定期公演に向けての稽古だから、頑張りましょう!」
最終下校時刻の五分前、円になって部長が言う。初めて本番に向けての稽古は不安と緊張九割、楽しみが一割程度だが、その僅かな胸の高鳴りさえも嬉しく感じる。
「芽依ー! お疲れ!」
部活が終わり、少し早足で校門まで向かえば人に囲まれている陽葵が視界に入る。声をかけるのを躊躇っていると、すぐにこちらに気づいた陽葵が声をかける。
「陽葵お待たせ。帰ろっか」
陽葵の前まで駆け寄り、迷うことなくその手を掴み歩き出す。高校から離れ二人きりになると掴んだ手を離し、自然な距離で足を進める。
「芽依、ありがとね」
「ん? 何が?」
小さく息を吐いた陽葵が感謝を呟くが、私はその意味に気づかない……ふりをする。
本当はわかっている。先ほどまで陽葵は人に囲まれていたが、その空間が嫌だったことに。元々知らない人と話すのが得意というわけでもなかったし、先ほどいたのはおそらく先輩だった。無下にもできない中、私を待って逃げ出すこともできなかったのだ。それなのに、私は声をかけるのを一瞬躊躇ってしまった。その後ろめたさもあり、私は気付かないふりをする。
「はぁー、やっぱり芽依といるのが一番だね!」
わざとらしいため息を吐いたあと、離れたばかりの手を私の腕に巻き付けてくる。ぎゅっと距離が縮まり二人の間には何も入り込めない。それがとても久しぶりの感覚で、陽葵の腕を振りほどくことなく、二人でゆっくりと帰路に着いた。
「芽依、今日も部活?」
「そうだよ」
あっという間に毎日は過ぎていき、気がつけば五月になっていた。私は演劇部、陽葵はテニス部に正式入部し、お互いほぼ毎日部活のある学校生活だ。
「じゃあ、今日も一緒に帰ろうね」
「うん。じゃあ、また後でね」
ほとんどの部活は最終下校時刻にちょうど帰れるような時間まで活動している。そのため、お互いが違う部活に入った今でも、陽葵と一緒に帰ることができている。部活が終われば校門前で間に合わせをし、一緒に帰るのがごく自然なことになっていた。
今日はゴールデンウィーク明け最初の部活だ。ゴールデンウィーク中も二日に一度の部活はあったけれど、こうして放課後に活動するのは久しぶりで、少しだけ不思議な感じがする。
部員数が少ない部活ということもあり、三年生の引退の時期は自己判断なのが演劇部だ。これまでは地区大会まで残る人もいれば三年に進級した時点で引退した人もいたらしい。部長は受験勉強のためゴールデンウィークで引退すると決めていたらしく、今日からは三年生のいない部活になる。新しい部長は演出の先輩で、副部長が高瀬先輩だと知ったのは昨日のことだ。
「お疲れ様です」
部室に行くと、そこにはまだ三人しか集まっていない。私と一緒に体験入部していた同級生も無事入部し、今日からは七人の部活だ。まだ来ていない三人の先輩たちは、一人は剣道部に行っていて、残りの二人は三者面談だと。ちょうど新しく部長になった先輩と副部長になった高瀬先輩がまだ来ないということだが、それでも部活はスタートする。
「芽依ちゃん、ちょっとおつかい頼んでもいい?」
いつも通りの基礎メニューの途中で部長はやってきた。それからは混ざって同じメニューをし、水分補給をしながら次やることを話していたが、急に私に声をかける。
「はい、なんですか?」
「これ、十部印刷して来てほしくて。他の人たちは力仕事頼むから芽依ちゃん行ける?」
差し出されたのはB4サイズのプリント五枚だ。裏表に印刷されたそれは、人目見れば台本だとわかる。
「次の定期公演の台本なんだけど印刷するの忘れてて。職員室に行けば印刷できるんだけど、わかる?」
「はい、わかります! 行ってきます」
水分を取り手持ち無沙汰になっていたところだったので、ちょうどいいタイミングだった。靴を履いて校舎に向かっていく。学生棟のすぐ隣に建つ職員棟の二階に職員室はある。これまでに何度か印刷をしに行ったこともあり、今回も特にわからないことはないだろう。
職員室には数名の先生がいて、声をかけて入室し印刷部屋に入る。操作にも迷うことなく印刷すれば、案外あっという間に十部の印刷が終わった。
「失礼しました」
印刷したばかりで少し温かさの残るプリントを胸に抱きながら職員室を後にする。それとちょうど同じタイミングで、隣の部屋の扉がガラガラと開いた。
「あれ、芽依だ。お疲れ」
すっかり聞き慣れた声に反応しそちらを見ると、その部屋から出てきたのは高瀬先輩だった。そのすぐ近くには彼の担任の先生とスーツを着た男性がいる。三者面談と聞いていたことを踏まえると、スーツの男性は彼の父親なのだろう。
「じゃあ、私はもう行くから」
彼の父親は担任に挨拶をすると、高瀬先輩に一言残し帰って行った。彼は感情の読めない顔でその背中をしばらく見つめていたが、すぐにいつもの柔らかい笑顔に戻っていた。
「それ、台本?」
高瀬先輩が私の胸に抱えていたプリントを見て尋ねる。印刷したての温もりはすっかり失われ、冷たさだけが手のひらに残っていた。
「そうです。次の定期公演のらしくて」
「そっか、来月だもんね」
このまま部活へ向かう予定だったらしい高瀬先輩は歩き出し、それに倣って私も歩き出す。「ちょっと見せてよ」と言う彼に部長から渡されたものを差し出せば、印刷後の台本まで全部取られてしまう。
「あっ……」
すっかり空っぽになってしまった手は迷子になり、自分の髪の毛をさらりと撫でる。
「そういえば、今日はお父さん休みだったんですか?」
先ほど気になったことを高瀬先輩に聞くと、彼は少し歩くスピードを落とした。
「え?」
「この前、お父さんは仕事が忙しくて中々休みがないって話してたなって思って……」
「あぁ、話したね」
演劇部に入部してから、部員の中でトップクラスに話している相手は高瀬先輩だ。彼が誰とでも話せるだということもあるが、キャストの中で一番いる先輩だということもあり色々と指導してもらうことも多い。そんな中でつい先日、彼の父親は仕事が忙しくてあまり家にいないと聞いた。その話を覚えていたため、先ほど彼の父親を見て驚いてしまったのだ。
「休みじゃないよ。この時間だけ抜けてきたの。お母さんが来れないからね」
「そうなんですね」
自分から聞いたものの在り来りな返答しかできない。家族の在り方はそれぞれで、そこに軽率に踏み込んでないけないとわかっている。私だって、家族のことを詳しく聞かれても困ってしまうかもしれないのだから。
「そういえば、三者面談って何を話すんですか? 一年生はないので」
「よく聞くようなことだけだよ。学校生活の話されて、あとは進路希望の話かな」
「進路希望……そんなに早く決めなきゃいけないんですね」
まだ高校に入学して一か月しか経っていない私は、正直自分が高校生というのもまだ違和感がある。高校卒業後のことなんて一切想像できないが、一年後にはそれを決めなくてはならないなんておかしな感覚だ。
「決めるって言ってもまだ確定じゃないけどね。進学か就職か、それすらまだ決まってない人もたくさんいるよ」
そう言う彼は大学進学だと決めているらしい。進学希望の学校すらも決めており、聞いた大学名は私でも知ってるほど有名なところだった。詳しくなくてもわかる、勉強ができなければ入れない難関大学。
「私は、まだ何も考えられなそうです」
「ゆっくり、好きなことは何か考えればいいよ」
「高瀬先輩は好きなことができるから、その大学なんですか?」
「……うん。嫌いじゃないよ」
その言葉にほんの少しの迷いが混じっていた気がして、私は何も返せなかった。ただ、それでもまっすぐ前を向いた彼が、少し眩しく感じた。
二人、話しているとあっという間に部室に着く。高瀬先輩も集まり、今日参加する全員が揃うと定期公演の話がされる。
六月最後の日曜日に行われる定期公演まで残り二か月弱。会場は高校近くの文化センターだ。この定期公演には高校の教職員や生徒、地域の人までたくさんの人が来場するらしい。私たち一年の最初の公演に胸が引き締まる思いに包まれる。
「明日から本格的に定期公演に向けての稽古だから、頑張りましょう!」
最終下校時刻の五分前、円になって部長が言う。初めて本番に向けての稽古は不安と緊張九割、楽しみが一割程度だが、その僅かな胸の高鳴りさえも嬉しく感じる。
「芽依ー! お疲れ!」
部活が終わり、少し早足で校門まで向かえば人に囲まれている陽葵が視界に入る。声をかけるのを躊躇っていると、すぐにこちらに気づいた陽葵が声をかける。
「陽葵お待たせ。帰ろっか」
陽葵の前まで駆け寄り、迷うことなくその手を掴み歩き出す。高校から離れ二人きりになると掴んだ手を離し、自然な距離で足を進める。
「芽依、ありがとね」
「ん? 何が?」
小さく息を吐いた陽葵が感謝を呟くが、私はその意味に気づかない……ふりをする。
本当はわかっている。先ほどまで陽葵は人に囲まれていたが、その空間が嫌だったことに。元々知らない人と話すのが得意というわけでもなかったし、先ほどいたのはおそらく先輩だった。無下にもできない中、私を待って逃げ出すこともできなかったのだ。それなのに、私は声をかけるのを一瞬躊躇ってしまった。その後ろめたさもあり、私は気付かないふりをする。
「はぁー、やっぱり芽依といるのが一番だね!」
わざとらしいため息を吐いたあと、離れたばかりの手を私の腕に巻き付けてくる。ぎゅっと距離が縮まり二人の間には何も入り込めない。それがとても久しぶりの感覚で、陽葵の腕を振りほどくことなく、二人でゆっくりと帰路に着いた。
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