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第四章 滅びの魔女の行方
第11話 望むのはただの平穏
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レイノルド様の言葉にレジール国王が否を唱える様子はない。
「お話をさせていただく機会をいただき、ありがとうございます。お願いはただ一つ。私の妹であるキャロル・ノーリングおよびそれに関わる者たちが不利益を被ることがないようご尽力いただきたく」
「それくらいのことか」
明らかにほっとした様子のレジール国王と第二王子に、私は言い足した。
「近頃起きた災厄が『滅びの魔女』のせいだと噂されていることをご存じの殿下であれば、キャロルが今どのような目に遭っているか想像するのは容易いことかと思います。陛下も『滅びの魔女』が作り話だとご存じの様子。守るべき国民が謂れのない非難を浴びている現状を放置することなどないと思っておりますし、私とレイノルド様が去った後も、まさか報復など、そのようなことがあるわけはないと思っておりますが、念のため」
レジール国王が苦々しげな顔色に変わる。
これまでできなかったことをやれと言っているのだ。
敗戦の過去を明かすことが王家として許せなかったのか、他に何か理由があったのかはわからないが、何も手が打てずに来たからこうなっているのであって、キャロルを謂れのない批難から守るのは容易ではない。
だが、処刑されていたかもしれない以上はそんな甘いことは言っていられない。
第二王子が言っていたように、今後暴動だって起きるかもしれない。
その結果、たとえ私を生かしたままだとしても、『滅びの魔女』の名を背負った者が処刑されたということにするならば、それは王家がその存在を認めたということになり、キャロルは一生『滅びの魔女の妹』から逃げられなくなる。
負ってもいない罪を負わなければならなくなるのだ。
一人の命の犠牲で済む話ではない。
この王家に何ができると期待しているわけではないけれど、牽制だけはしておかなければならない。
「それだけでいいのか?」
思うところはいろいろとあるが、過去は変えられないし、レイノルド様が二度と関わるなと言ってくれたからもうそれだけでいい。
「この国に残るキャロルが平穏無事に暮らすことができればそれでかまいません。私は二度とこの国に戻ることはありませんので」
私の答えを受けて、レイノルド様はレジール国王に目をやった。
「これくらいのことだ。できるな?」
「……はっ」
この謁見の間へ入った時はそれぞれ一国の王として対等であったはずなのに、いまやとてもそうは見えない。
いや。第二王子に喋らせるためにレイノルド様が気配を殺していただけで、最初から二人の間は対等などではなかったのかもしれない。
「これは忠告だが、我が国グランゼイルと戦争をしたいならばいつでも受けて立とう。国境でも何でも侵せばいい。他所の国に自国民を追放するなど傍迷惑なこともしたければすればいい。シェリーの滞在を許したのは、それがシェリーであったからだ。二度はない」
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
「レイノルド様。ありがとうございました」
謁見の間を出て、隣に立つレイノルド様を見上げた。
「少しはすっきりしたか?」
「はい」
レジール国王に面と向かって何か言える機会などない。
すべてレイノルド様のおかげだ。
「あ。ちなみにですが、私を森に置き去りにしたのは叔父の指示によるものでした」
「そのようだな。だがレジール国王もその動きを知っていて黙認していた。利用したのだ」
言われて考えてみれば、ただの文官である叔父があれほどスムーズに事を運べたのはおかしい。
鍵だってかかっていたし、そもそも私を城から連れ出し、また捕らえて戻ってきた男は手慣れていた。
元々そんな男と繋がりがあったとは思えない。
きっと、叔父はその男を使って城の外に私を出すよう誘導されたのだろう。
どう考えても、この国にとっては二年もの間この城で保護と言う名の軟禁をし続けるより、さっさとどこかへ行って野垂れ死んでくれた方が楽なのだから。
それを叔父にさせ、何かあったときの尻尾切りに使われたのだ。
「でも。おかげでこの国から逃れられましたし、レイノルド様にも会えました」
「結果論ではあるがな」
だから怒ってくれたのだろう。
私の怒りを代弁してくれた。
私の命も心も軽んじる第二王子に。
これまで王家にだけできることがありながら放置していたレジール国王に。
仕方がない、そう言い聞かせるしかなかった私の心を、レイノルド様は救ってくれたのだ。
「レイノルド様。好きです」
「――何故今言う?」
「さっきもずっと、格好よかったです。怖かったけれど、それを上回るほどに」
レイノルド様は少し困ったように笑って、私の頬に触れた。
「怖がられ、怯えられたらどうしたものかと思っていた。だがあそこまで愚かだとは思わなくてな。抑えられなかった」
レイノルド様の手に手を重ね、目を閉じた。
ああ、レイノルド様の傍に帰ってきた。
その想いで胸がいっぱいだ。
「早く、帰りたいです」
「そう言われるとたまらんのだが。もう一つ約束がある」
「約束? 誰とですか?」
レジール国に知り合いがいるのだろうか。
レイノルド様はとても楽しそうににやりと笑った。
「まずは着替えなければな」
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
レイノルド様に連れて行かれた部屋にはドレスを持ったティアーナがいて、私はあれよあれよと着替えさせられた。
全身真っ黒だけれど、ひらひらとしたレースが縁取っていることもあり重く見えないし、銀糸の刺繍が胸から足もとにかけて広がっていて、とても優美だ。
あの日、一緒に買い物に行ったときに三番目に試着したドレスだ。
黒なんて大人っぽくて優雅で私にはとても着こなせないと思ったのに、何故かお店の人もレイノルド様もこれを買うことは即決だった。
だが、あとは帰るだけなのに何故今このドレスを着させられたのだろう。
「まったく……。これで年貢の納め時ね」
「え?」
顔を上げると、額にぶすりとティアーナの人差し指が刺さった。
「痛い!?」
じんわりと額が熱い。
どういうこと? と戸惑っているとフード付きのマントを羽織り、角を隠したレイノルド様が迎えに来て、また廊下へと連れ出された。
「あの、どちらに?」
「バルコニーだ」
なるほど。そこから竜の姿に変えて飛び立つのか。
だったら何故わざわざフードを被り角を隠したのだろう。
そう思ったのだけれど。
大きな窓を開け放つと、人々のざわめきが一気に耳になだれ込んできた。
「『滅びの魔女』を処刑しろ!」
「この国を滅ぼさせてなるものか!」
「早くこの国に平和を!」
バルコニーに立つと、眼下には人々が群がっているのが見える。
これは一体何が起きているのか。
「やっと来たわね」
横から待ちくたびれたような声が聞こえて、驚いた。
「キャロル! あなた、どうしてこんなところに? それにこの人たちは――」
「どうして、じゃないわよ。いい加減頭にきてるのよ、私は」
そう言いながらもキャロルに苛々とした様子はない。
というよりは、らんらんとしているような……。
それにその腕に抱えた紙束はなんだろう。
大きさは大体同じだけれど、綴じられていた本から一枚ずつびりびりと破り取ったのか、端が不揃いだ。
隣に立つレイノルド様を見上げると、とっても楽しげに笑みを浮かべている。
何をするつもりなのだろう。
意図が分からず戸惑っていると、キャロルはつかつかと手すりに歩み寄り、すう、と息を吸い込んだ。
「『滅びの魔女』が国を滅ぼすですって? さんざんその『滅びの魔女』に助けられておきながら、いい気なものね!」
キャロルってこんなに大きな声が出たのね。
そんな的外れな感想を抱いてしまうほど、あまりに突飛な行動に私はぽかんとするだけで頭がついていかなかった。
「魔物がこの国を襲ったのが『滅びの魔女』のせい? 違うわ。あなたたちはその妹である私に責任をとれと言ったわね? だからきちんとカムシカ村の魔物被害の原因を調べに行ったわ。そうしたらグランゼイルとの国境を越えて畑を拡げ、結界の媒介である水晶を勝手に移動させていたのよ。そのせいで結界に綻びができて魔物の侵入を許してしまった。それを突き止め、これ以上の被害拡大を防いだのがお姉様よ」
ざわり、と今までとは違うざわめきが起きる。
誰もが隣の人と顔を見合わせ、本当なのかと訝しむような顔をしている。
「キャロル、それをこんなところで公にしたらカムシカ村の人たちが――」
「それが何? やったことの報いを受けるだけのことでしょう。責任転嫁したまま黙ってるようなやつらがどうなろうと知ったことではないわ」
たしかに。
「……それはそうだけど、センテリース領主であるエドワルド様はきちんと動いてくれたし」
「自分の領地を管理できていないのだから真っ当な責めを負うだけでしょう」
たしかに……。
ちょっと厳しい気もするけれど、領主という責任を持っている以上は仕方がないことではある。
それに魔物被害もなくなり、他国との戦争もなくゆるみきっている現状では同じことが起きかねない。
いや、気づかれていないだけで既に他にも結界が綻びているところがあるかもしれない。
事実を広めることはその牽制にもなるだろう。
キャロルは今は私など相手にしていられないというように、再び人々に向き直った。
「タムール地方の水害だってそう。原因を突き止め、然るべき保障が得られるように働きかけた人こそ、あなたたちが罪を押し付けたその『滅びの魔女』なのよ。お姉様がいなかったら、いまだに生活再建の目途も立たずにタムール地方の人たちは暮らしに困窮していたことでしょう。お姉様はそれを救ったのよ」
原因がドゥーチェス国の灌漑工事であったことに触れない冷静さはあるようだ。
ここでそんなことを言いだしたら、戦争だと騒ぎになりかねないからほっとした。
「そんな遠くで起きたことなんて関係ないと思っているんでしょうね。この王都にだってお姉様に救われた人間がいるはずよ。我が家の領地で作られた効果が高い薬が新たに『超』の区分として、高値で取引されているわね。持病が楽になった、諦めていた傷が痕も残らず消えた。そんな評判が広まっているその薬を作っていたのは、お姉様よ」
『超』?
薬の効果の高さによって『上』や『特』という区分はあるが、それは初めて聞いた。
対岸の火事のように話を聞いていたような人々も先ほどまでとは違って、まさか、というような顔があちらこちらに見える。
それらを眺め、キャロルは皮肉たっぷりに笑った。
「そんなことも知らずに追放なんてしたから、出回らなくなったのよ。あなたたちは自分の目と耳で何ら確認することもせず、ただただ言い伝えなんてものを理由にお姉様を迫害し、自分で自分の首を絞めていった。愚かなことだわ。私も、あなたたちもね」
キャロルは自嘲するように笑った。
キャロルもまた言い伝えに振り回されていた一人だ。
私を怖がり、怯え、近寄るまいとした。
だからこそ今ここで語っているのだろう。
私が黙ったままグランゼイルに帰ろうとしているから。
私の代わりに、私の負った不名誉を払拭しようとしてくれているのだ。
けれど、半分くらいの人々はキャロルにむっとしたような目を向けていた。
「さっきから『滅びの魔女』のおかげだなんだと言っているが、証拠はどこにある!」
証拠なんてない。
ここまで日和見主義だった王家が公にするとも思えない。
どうするつもりなのかとキャロルを見れば、その顔はよくぞ言ったとばかりに笑っていた。
「お話をさせていただく機会をいただき、ありがとうございます。お願いはただ一つ。私の妹であるキャロル・ノーリングおよびそれに関わる者たちが不利益を被ることがないようご尽力いただきたく」
「それくらいのことか」
明らかにほっとした様子のレジール国王と第二王子に、私は言い足した。
「近頃起きた災厄が『滅びの魔女』のせいだと噂されていることをご存じの殿下であれば、キャロルが今どのような目に遭っているか想像するのは容易いことかと思います。陛下も『滅びの魔女』が作り話だとご存じの様子。守るべき国民が謂れのない非難を浴びている現状を放置することなどないと思っておりますし、私とレイノルド様が去った後も、まさか報復など、そのようなことがあるわけはないと思っておりますが、念のため」
レジール国王が苦々しげな顔色に変わる。
これまでできなかったことをやれと言っているのだ。
敗戦の過去を明かすことが王家として許せなかったのか、他に何か理由があったのかはわからないが、何も手が打てずに来たからこうなっているのであって、キャロルを謂れのない批難から守るのは容易ではない。
だが、処刑されていたかもしれない以上はそんな甘いことは言っていられない。
第二王子が言っていたように、今後暴動だって起きるかもしれない。
その結果、たとえ私を生かしたままだとしても、『滅びの魔女』の名を背負った者が処刑されたということにするならば、それは王家がその存在を認めたということになり、キャロルは一生『滅びの魔女の妹』から逃げられなくなる。
負ってもいない罪を負わなければならなくなるのだ。
一人の命の犠牲で済む話ではない。
この王家に何ができると期待しているわけではないけれど、牽制だけはしておかなければならない。
「それだけでいいのか?」
思うところはいろいろとあるが、過去は変えられないし、レイノルド様が二度と関わるなと言ってくれたからもうそれだけでいい。
「この国に残るキャロルが平穏無事に暮らすことができればそれでかまいません。私は二度とこの国に戻ることはありませんので」
私の答えを受けて、レイノルド様はレジール国王に目をやった。
「これくらいのことだ。できるな?」
「……はっ」
この謁見の間へ入った時はそれぞれ一国の王として対等であったはずなのに、いまやとてもそうは見えない。
いや。第二王子に喋らせるためにレイノルド様が気配を殺していただけで、最初から二人の間は対等などではなかったのかもしれない。
「これは忠告だが、我が国グランゼイルと戦争をしたいならばいつでも受けて立とう。国境でも何でも侵せばいい。他所の国に自国民を追放するなど傍迷惑なこともしたければすればいい。シェリーの滞在を許したのは、それがシェリーであったからだ。二度はない」
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
「レイノルド様。ありがとうございました」
謁見の間を出て、隣に立つレイノルド様を見上げた。
「少しはすっきりしたか?」
「はい」
レジール国王に面と向かって何か言える機会などない。
すべてレイノルド様のおかげだ。
「あ。ちなみにですが、私を森に置き去りにしたのは叔父の指示によるものでした」
「そのようだな。だがレジール国王もその動きを知っていて黙認していた。利用したのだ」
言われて考えてみれば、ただの文官である叔父があれほどスムーズに事を運べたのはおかしい。
鍵だってかかっていたし、そもそも私を城から連れ出し、また捕らえて戻ってきた男は手慣れていた。
元々そんな男と繋がりがあったとは思えない。
きっと、叔父はその男を使って城の外に私を出すよう誘導されたのだろう。
どう考えても、この国にとっては二年もの間この城で保護と言う名の軟禁をし続けるより、さっさとどこかへ行って野垂れ死んでくれた方が楽なのだから。
それを叔父にさせ、何かあったときの尻尾切りに使われたのだ。
「でも。おかげでこの国から逃れられましたし、レイノルド様にも会えました」
「結果論ではあるがな」
だから怒ってくれたのだろう。
私の怒りを代弁してくれた。
私の命も心も軽んじる第二王子に。
これまで王家にだけできることがありながら放置していたレジール国王に。
仕方がない、そう言い聞かせるしかなかった私の心を、レイノルド様は救ってくれたのだ。
「レイノルド様。好きです」
「――何故今言う?」
「さっきもずっと、格好よかったです。怖かったけれど、それを上回るほどに」
レイノルド様は少し困ったように笑って、私の頬に触れた。
「怖がられ、怯えられたらどうしたものかと思っていた。だがあそこまで愚かだとは思わなくてな。抑えられなかった」
レイノルド様の手に手を重ね、目を閉じた。
ああ、レイノルド様の傍に帰ってきた。
その想いで胸がいっぱいだ。
「早く、帰りたいです」
「そう言われるとたまらんのだが。もう一つ約束がある」
「約束? 誰とですか?」
レジール国に知り合いがいるのだろうか。
レイノルド様はとても楽しそうににやりと笑った。
「まずは着替えなければな」
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
レイノルド様に連れて行かれた部屋にはドレスを持ったティアーナがいて、私はあれよあれよと着替えさせられた。
全身真っ黒だけれど、ひらひらとしたレースが縁取っていることもあり重く見えないし、銀糸の刺繍が胸から足もとにかけて広がっていて、とても優美だ。
あの日、一緒に買い物に行ったときに三番目に試着したドレスだ。
黒なんて大人っぽくて優雅で私にはとても着こなせないと思ったのに、何故かお店の人もレイノルド様もこれを買うことは即決だった。
だが、あとは帰るだけなのに何故今このドレスを着させられたのだろう。
「まったく……。これで年貢の納め時ね」
「え?」
顔を上げると、額にぶすりとティアーナの人差し指が刺さった。
「痛い!?」
じんわりと額が熱い。
どういうこと? と戸惑っているとフード付きのマントを羽織り、角を隠したレイノルド様が迎えに来て、また廊下へと連れ出された。
「あの、どちらに?」
「バルコニーだ」
なるほど。そこから竜の姿に変えて飛び立つのか。
だったら何故わざわざフードを被り角を隠したのだろう。
そう思ったのだけれど。
大きな窓を開け放つと、人々のざわめきが一気に耳になだれ込んできた。
「『滅びの魔女』を処刑しろ!」
「この国を滅ぼさせてなるものか!」
「早くこの国に平和を!」
バルコニーに立つと、眼下には人々が群がっているのが見える。
これは一体何が起きているのか。
「やっと来たわね」
横から待ちくたびれたような声が聞こえて、驚いた。
「キャロル! あなた、どうしてこんなところに? それにこの人たちは――」
「どうして、じゃないわよ。いい加減頭にきてるのよ、私は」
そう言いながらもキャロルに苛々とした様子はない。
というよりは、らんらんとしているような……。
それにその腕に抱えた紙束はなんだろう。
大きさは大体同じだけれど、綴じられていた本から一枚ずつびりびりと破り取ったのか、端が不揃いだ。
隣に立つレイノルド様を見上げると、とっても楽しげに笑みを浮かべている。
何をするつもりなのだろう。
意図が分からず戸惑っていると、キャロルはつかつかと手すりに歩み寄り、すう、と息を吸い込んだ。
「『滅びの魔女』が国を滅ぼすですって? さんざんその『滅びの魔女』に助けられておきながら、いい気なものね!」
キャロルってこんなに大きな声が出たのね。
そんな的外れな感想を抱いてしまうほど、あまりに突飛な行動に私はぽかんとするだけで頭がついていかなかった。
「魔物がこの国を襲ったのが『滅びの魔女』のせい? 違うわ。あなたたちはその妹である私に責任をとれと言ったわね? だからきちんとカムシカ村の魔物被害の原因を調べに行ったわ。そうしたらグランゼイルとの国境を越えて畑を拡げ、結界の媒介である水晶を勝手に移動させていたのよ。そのせいで結界に綻びができて魔物の侵入を許してしまった。それを突き止め、これ以上の被害拡大を防いだのがお姉様よ」
ざわり、と今までとは違うざわめきが起きる。
誰もが隣の人と顔を見合わせ、本当なのかと訝しむような顔をしている。
「キャロル、それをこんなところで公にしたらカムシカ村の人たちが――」
「それが何? やったことの報いを受けるだけのことでしょう。責任転嫁したまま黙ってるようなやつらがどうなろうと知ったことではないわ」
たしかに。
「……それはそうだけど、センテリース領主であるエドワルド様はきちんと動いてくれたし」
「自分の領地を管理できていないのだから真っ当な責めを負うだけでしょう」
たしかに……。
ちょっと厳しい気もするけれど、領主という責任を持っている以上は仕方がないことではある。
それに魔物被害もなくなり、他国との戦争もなくゆるみきっている現状では同じことが起きかねない。
いや、気づかれていないだけで既に他にも結界が綻びているところがあるかもしれない。
事実を広めることはその牽制にもなるだろう。
キャロルは今は私など相手にしていられないというように、再び人々に向き直った。
「タムール地方の水害だってそう。原因を突き止め、然るべき保障が得られるように働きかけた人こそ、あなたたちが罪を押し付けたその『滅びの魔女』なのよ。お姉様がいなかったら、いまだに生活再建の目途も立たずにタムール地方の人たちは暮らしに困窮していたことでしょう。お姉様はそれを救ったのよ」
原因がドゥーチェス国の灌漑工事であったことに触れない冷静さはあるようだ。
ここでそんなことを言いだしたら、戦争だと騒ぎになりかねないからほっとした。
「そんな遠くで起きたことなんて関係ないと思っているんでしょうね。この王都にだってお姉様に救われた人間がいるはずよ。我が家の領地で作られた効果が高い薬が新たに『超』の区分として、高値で取引されているわね。持病が楽になった、諦めていた傷が痕も残らず消えた。そんな評判が広まっているその薬を作っていたのは、お姉様よ」
『超』?
薬の効果の高さによって『上』や『特』という区分はあるが、それは初めて聞いた。
対岸の火事のように話を聞いていたような人々も先ほどまでとは違って、まさか、というような顔があちらこちらに見える。
それらを眺め、キャロルは皮肉たっぷりに笑った。
「そんなことも知らずに追放なんてしたから、出回らなくなったのよ。あなたたちは自分の目と耳で何ら確認することもせず、ただただ言い伝えなんてものを理由にお姉様を迫害し、自分で自分の首を絞めていった。愚かなことだわ。私も、あなたたちもね」
キャロルは自嘲するように笑った。
キャロルもまた言い伝えに振り回されていた一人だ。
私を怖がり、怯え、近寄るまいとした。
だからこそ今ここで語っているのだろう。
私が黙ったままグランゼイルに帰ろうとしているから。
私の代わりに、私の負った不名誉を払拭しようとしてくれているのだ。
けれど、半分くらいの人々はキャロルにむっとしたような目を向けていた。
「さっきから『滅びの魔女』のおかげだなんだと言っているが、証拠はどこにある!」
証拠なんてない。
ここまで日和見主義だった王家が公にするとも思えない。
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