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第四章 滅びの魔女の行方
第10話 ぼくがかんがえたさいきょうの国策
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「レイノルド様、来てくださったのですね」
「私の最愛を連れ去られて放っておくことなどできんだろう」
竜王に攻め込まれたと兵士が動き出しては話にならないからそういうことにしようという話になっただけと自分に言い聞かせてみても、恥ずかしさに顔が赤くなるのはどうしようもない。
「本当にグランゼイルで生き延びていたのだな……。それをヨセフが連れ戻すとは思いも寄らんかった」
国王は玉座にもたれ、私の斜め前に跪いている青年に目をやった。
ヨセフとは第二王子の名だったはず。
私がこの謁見の間に入ってくる前からずっとこの格好だ。
かなりしんどいだろうに、何も言わず、ただ頭を下げ続けている。
その状況から察するに、第二王子が私を城に連れ戻したのは国王の意に沿わぬ行動だったのだろう。
つまりは国王はずっと後手後手に回っているわけで、そんな国は大丈夫なんだろうかと心配になる。
まあ、だからこれほど渋面なのだろうけれど。
私を連れてきたことでレイノルド様まで召喚してしまったわけだし。
「ヨセフよ。竜王陛下がお前の話を聞きたいと仰せだ。何故『滅びの魔女』をこの城に連れ帰った? 私は竜王の森に追放されたのならばそれでいいと言ったはずだ」
「これを好機と見たからです。言い伝えが嘘だろうが真実だろうが、それはどうでもいい。各地で災いが立て続けに起きたことで、民衆は不安に駆られています。それぞれ対応は進んでいますが、いまだ『滅びの魔女』のせいだと騒ぎ立てる民衆も多くいます。民心を落ち着けるには、『滅びの魔女』を処刑し、今後は災厄など起きないと安心させるしかありません」
やはり私を連れ戻して処刑するつもりだったか。
しかしレジール国王は冷静だった。
「それで、その後は?」
「その後、とは……?」
「おまえは、本当に何も考えておらんかったのか」
「いえ。『滅びの魔女』をいつまでも生かしているという王家に対する批判も止み、不安も払拭され、また落ち着いた日々が戻りましょう。そうなれば生産性はあがり、経済もより発展するはず。人一人を犠牲にして国が救われるのであれば、安いものです」
レジール国王の背後で、レイノルド様のこめかみにぴきりと青筋が立つのが見えた。
あ。怒ってる。
「馬鹿者が……」
レジール国王も頭が痛いというように額をおさえ、盛大なため息を吐き出す。
第二王子は何がいけないのかというようにレジール国王の次の言葉を待っているだけで、撤回することも言い足すこともない。
「では次に何か災厄に見舞われた時はどうするつもりだ?」
「それは――」
『滅びの魔女』を処刑してしまうつもりならば、もうそのせいにはできない。
次の生贄を作り出してまた処刑でもするのか?
永遠に平穏が続くだなんてありえない。
自然災害もあるだろう。私利私欲にまみれた陰謀もあるかもしれない。ここのところは平和だとはいえ、他国とのいざこざだってあるかもしれない。
それらを誰か一人の『超常的な存在』のせいにしても根本的な解決にはならない。
今回のようにそれぞれの問題が解決したとして、それを誰かを処刑したからだとすれば、ことあるごとに魔女狩りが起きかねない。
そんな救いようのない、混乱に満ちた国にするつもりなのだろうか。
「生贄を立てて処刑し、不安を払拭? それほど国民は愚かではない。根本解決もできておらんのだ。何も変わっていない現実に気が付けば、不満が再燃し、王家への不審が募るだけ。そして災厄が繰り返されれば、王家はただ罪もない人間を処刑しただけなのだという真実に気がつく。そうなったら我らの血に連なるものは二度とこの椅子に座ることなど叶わんだろうな」
第二王子は床を見つめたまま、黙り込む。
「誰かのせいにして国が回るならそんな楽なことはない。だがそんな国に先などない。だから一つ一つ問題にあたっていくしかないのだ。結界を張ってより起きていなかった魔物被害も、ドゥーチェス国からもたらされた水害も。結局は人の力で解決したことだ」
そうしてレジール国王はちらりと私を見た。
いずれもキャロルと叔父が矢面に立ってくれているけれど。もしかしてその背後に私がいたことを知っているのだろうか。
いや、親類として私を見ただけだろう。
二人が口にしない限りは知り得るはずがないし、ただでさえ信用してもらうのが難しい情報の出どころが『滅びの魔女』であるなどと明かすわけもない。
「ですが、実際に起きている災厄のことは抜きにしても、『滅びの魔女』の言い伝えが民衆の中から消えることはありません。二年も経てば何も起きなかったと忘れていくはずだと仰いましたが、それまでが問題なのでは? 不安が高まり、処刑せよと暴動が起こるかもしれません。そうなってからでは遅いのです。せめてレジール国に留め置き、いつでも民の声に応えられるようにしておくべきです」
「おまえは……。王族という立場に居続けたいならば、考えなしに口にするのはやめろとあれほど」
「かまわん。興味深い話だ。続けろ」
諫めようとしたレジール国王を、レイノルド様が遮る。
その口元には笑みが浮かんでいるが、目は笑っていない。
凍るような、とはこのことかと思うほどに。
面白がるようなその声も、低く、地を這うようで。
けれど自分の論を主張することに必死なのか、そのことに第二王子は気が付いていないらしい。
「ありがとうございます! 竜王陛下も一国の王であれば、ご理解いただけるはずです。父上も兄上も甘いのです。特に兄上など父上の言うことにただ従うばかりで自分の考えなどまるでない。王太子として、王位を継ぐ者として不適格です。人一人の命を犠牲にすることを躊躇っていては、大勢の国民を救うための政などなせません。もっとこの国のためを考え、何が最善か判断し、犠牲も厭わず邁進していかなければなりません」
「おぬしごとき小童が国のありようなど語るでないわ!」
滔々と語っていた第二王子に我慢がしきれなくなったレジール国王の一喝が謁見の間に響き渡り、怒りに満ちたその顔はやがて苦々しいものへと変わる。
「王族としてそれなりに勉学に励んでいるものと思ったが……。己の優秀さを示せば兄王子を追い落とせると必死で、目を曇らせたな」
何を言われているか理解できないのか、思わずというように顔を上げた第二王子はレジール国王の顔色を窺い見る。
「『滅びの魔女』の言い伝えがただの作り話であることは調べればわかる。既に知っている者もいる。処刑した後にそれが公になったらどうなる? 王家が笑いものになるだけではすまんぞ」
やはり王家は知っていたのだ。
センテリース領主も知っていたし、狭い世界にいた私には知る手段が限られていたけれど、他にも知っている人はいるのだろう。
それなのに処刑などすれば、災厄の押しつけも言い伝えに振り回されるのも同じことで、反乱とて起きかねない。
王家はいつでも見られている。
自分の国を豊かにしてくれるか。守ってくれるか。私利私欲にまみれ横暴を働かないか。
「笑いものになろうが、反乱が置きようが、私は一向にかまわんがな。ただ、私の最愛の命を道具にするつもりならば、それを待つこともない」
そこに至ってようやく第二王子も最初にレイノルド様が何と言っていたのかを思い出したらしい。
当の『滅びの魔女』を最愛と称した隣国グランゼイルの竜王陛下の前で、処刑すべきだと言い、人一人の命を犠牲にすることを躊躇うなと進言したのだ。
第二王子は見るからにガタガタと震えだし、レイノルド様はくっくと喉の奥で笑った。
地獄から湧き出たみたいな笑い声だった。
これは怖い。
「レジール国の第二王子よ。人一人の犠牲で国が助かるのなら安いと言ったな。では貴様が犠牲になり、この国を救ってみるがいい」
はくはくと必死に呼吸を繰り返すだけの第二王子に、「私の最愛の命になど到底釣り合わんがな」と昏く笑った声が聞こえたかどうかはわからない。
「はっ……、いえ、しかし、私はこの国の王族として」
「だからなんだ? 王族など替えが効くだろう」
そんなことは初めて言われたに違いない。
俯き震えていた第二王子は驚き顔を上げ、さらに震えを増した。
「その、私は、正当な血統として、兄に何かあれば王位を継承しなければなりません。他に兄弟はおりませんので、私が亡くなればこの国に混乱を招きかねず、その、人一人の命と言っても、いえ、その――」
たどたどしく言葉に詰まった第二王子を見下ろし、レイノルド様は冷笑した。
「血統? 正当な王位? この国にそんなものは存在しないだろう。そうだな? レジール国王よ」
「――は? その……」
「何代前のことだ? 子が成せず、侍女が産んだ子どもを取り上げて王妃が産んだ王子としたことがあったな。幼くして死んだ王子と似た容姿の子どもを攫って来て挿げ替えたこともある。正当な血統など既に絶えて久しいではないか」
これはスヴェンが記憶を探ってくれてわかったことだ。
王家と対面した時の切り札を持っておくためにレイノルド様が命じてくれたのだけれど、まさかのそんな情報が飛び出してきてさすがに驚いた。
養子をとるのではなく、王位継承権の二位や三位に王位を譲るのではなく、そうして他所の血を入れ見せかけの血統を守ってきたレジール王家に正当な血統を語られるほどおかしなことはない。
レジール国王も王として過去のことは伝え聞いているのか、色を失くした顔で床を見つめている。
「尊い血筋の王族が生贄になるなどありえない。王族の命と国民の命は同じ一つの命などではない。貴様はそう言いたいのだろうが、そもそもそんなものをありがたがるのはレジールの国民どもだけで私には何の関係もない。貴様にとって私の最愛の命などどうでもいいのと同じように、今ここで貴様のそのうるさい心臓が止まろうが、すべての災厄の原因として民衆の前で処刑されようが、至極どうでもいいことだ」
レイノルド様が言葉を区切ると、カタカタと歯が鳴る音が響いた。
「王族以外の命など取るに足らぬものなのだろう? だったら貴様の考えるその尊い命でこそ、大事な大事な民衆を救い、安心をもたらし、この国を発展させてみよ。しっかりとこの目で見届けてやる。安心して逝くがいい」
「も、も、もうしわけ、」
「何卒ご容赦くだされ。軽率であった」
レジール国王も玉座から降り跪いたけれど、レイノルド様は一言で切り捨てた。
「私が貴様らを許すことはない」
「レイノルド様……」
手をかけるようなことはないと思う。
けれど鬼気迫るものがあったから、一応ふるふると首を振っておいた。
レイノルド様はしばらくガタガタと揺れる第二王子の後頭部を見下ろしていたけれど、やがてレジール国王に顔を向けた。
「私の最愛は貴様らには想像も及ばぬほど強い。自分の命を道具として利用するつもりだった貴様らですら殺さずに捨て置けというのだからな。仕方がない。許しはしないが、シェリーと我が国に二度と関わらぬと誓うのであれば、こちらからは手を出しはせん」
「もちろんでございます! 二度と、二度と関わりません!」
ここはレジール国王が答えるところだろうに、第二王子が慌てて縋る。
自分の命を私と違って尊いものだと語ったその口で、その尊厳もかなぐり捨て、必死に許しを請うその姿は滑稽だった。
王家の血統だから尊いのではない。この国を守ってきた王家を国民は尊ぶのだ。
その務めを果たさぬ王家に生贄になれと言われて喜んで命を捧げる国民などいないだろう。
そもそも命を比べることがばかげている。
「シェリー。それでいいか?」
「あと一つ、条件を出してもよろしいでしょうか」
「ああ。この機に言いたいことを言っておけ」
「私の最愛を連れ去られて放っておくことなどできんだろう」
竜王に攻め込まれたと兵士が動き出しては話にならないからそういうことにしようという話になっただけと自分に言い聞かせてみても、恥ずかしさに顔が赤くなるのはどうしようもない。
「本当にグランゼイルで生き延びていたのだな……。それをヨセフが連れ戻すとは思いも寄らんかった」
国王は玉座にもたれ、私の斜め前に跪いている青年に目をやった。
ヨセフとは第二王子の名だったはず。
私がこの謁見の間に入ってくる前からずっとこの格好だ。
かなりしんどいだろうに、何も言わず、ただ頭を下げ続けている。
その状況から察するに、第二王子が私を城に連れ戻したのは国王の意に沿わぬ行動だったのだろう。
つまりは国王はずっと後手後手に回っているわけで、そんな国は大丈夫なんだろうかと心配になる。
まあ、だからこれほど渋面なのだろうけれど。
私を連れてきたことでレイノルド様まで召喚してしまったわけだし。
「ヨセフよ。竜王陛下がお前の話を聞きたいと仰せだ。何故『滅びの魔女』をこの城に連れ帰った? 私は竜王の森に追放されたのならばそれでいいと言ったはずだ」
「これを好機と見たからです。言い伝えが嘘だろうが真実だろうが、それはどうでもいい。各地で災いが立て続けに起きたことで、民衆は不安に駆られています。それぞれ対応は進んでいますが、いまだ『滅びの魔女』のせいだと騒ぎ立てる民衆も多くいます。民心を落ち着けるには、『滅びの魔女』を処刑し、今後は災厄など起きないと安心させるしかありません」
やはり私を連れ戻して処刑するつもりだったか。
しかしレジール国王は冷静だった。
「それで、その後は?」
「その後、とは……?」
「おまえは、本当に何も考えておらんかったのか」
「いえ。『滅びの魔女』をいつまでも生かしているという王家に対する批判も止み、不安も払拭され、また落ち着いた日々が戻りましょう。そうなれば生産性はあがり、経済もより発展するはず。人一人を犠牲にして国が救われるのであれば、安いものです」
レジール国王の背後で、レイノルド様のこめかみにぴきりと青筋が立つのが見えた。
あ。怒ってる。
「馬鹿者が……」
レジール国王も頭が痛いというように額をおさえ、盛大なため息を吐き出す。
第二王子は何がいけないのかというようにレジール国王の次の言葉を待っているだけで、撤回することも言い足すこともない。
「では次に何か災厄に見舞われた時はどうするつもりだ?」
「それは――」
『滅びの魔女』を処刑してしまうつもりならば、もうそのせいにはできない。
次の生贄を作り出してまた処刑でもするのか?
永遠に平穏が続くだなんてありえない。
自然災害もあるだろう。私利私欲にまみれた陰謀もあるかもしれない。ここのところは平和だとはいえ、他国とのいざこざだってあるかもしれない。
それらを誰か一人の『超常的な存在』のせいにしても根本的な解決にはならない。
今回のようにそれぞれの問題が解決したとして、それを誰かを処刑したからだとすれば、ことあるごとに魔女狩りが起きかねない。
そんな救いようのない、混乱に満ちた国にするつもりなのだろうか。
「生贄を立てて処刑し、不安を払拭? それほど国民は愚かではない。根本解決もできておらんのだ。何も変わっていない現実に気が付けば、不満が再燃し、王家への不審が募るだけ。そして災厄が繰り返されれば、王家はただ罪もない人間を処刑しただけなのだという真実に気がつく。そうなったら我らの血に連なるものは二度とこの椅子に座ることなど叶わんだろうな」
第二王子は床を見つめたまま、黙り込む。
「誰かのせいにして国が回るならそんな楽なことはない。だがそんな国に先などない。だから一つ一つ問題にあたっていくしかないのだ。結界を張ってより起きていなかった魔物被害も、ドゥーチェス国からもたらされた水害も。結局は人の力で解決したことだ」
そうしてレジール国王はちらりと私を見た。
いずれもキャロルと叔父が矢面に立ってくれているけれど。もしかしてその背後に私がいたことを知っているのだろうか。
いや、親類として私を見ただけだろう。
二人が口にしない限りは知り得るはずがないし、ただでさえ信用してもらうのが難しい情報の出どころが『滅びの魔女』であるなどと明かすわけもない。
「ですが、実際に起きている災厄のことは抜きにしても、『滅びの魔女』の言い伝えが民衆の中から消えることはありません。二年も経てば何も起きなかったと忘れていくはずだと仰いましたが、それまでが問題なのでは? 不安が高まり、処刑せよと暴動が起こるかもしれません。そうなってからでは遅いのです。せめてレジール国に留め置き、いつでも民の声に応えられるようにしておくべきです」
「おまえは……。王族という立場に居続けたいならば、考えなしに口にするのはやめろとあれほど」
「かまわん。興味深い話だ。続けろ」
諫めようとしたレジール国王を、レイノルド様が遮る。
その口元には笑みが浮かんでいるが、目は笑っていない。
凍るような、とはこのことかと思うほどに。
面白がるようなその声も、低く、地を這うようで。
けれど自分の論を主張することに必死なのか、そのことに第二王子は気が付いていないらしい。
「ありがとうございます! 竜王陛下も一国の王であれば、ご理解いただけるはずです。父上も兄上も甘いのです。特に兄上など父上の言うことにただ従うばかりで自分の考えなどまるでない。王太子として、王位を継ぐ者として不適格です。人一人の命を犠牲にすることを躊躇っていては、大勢の国民を救うための政などなせません。もっとこの国のためを考え、何が最善か判断し、犠牲も厭わず邁進していかなければなりません」
「おぬしごとき小童が国のありようなど語るでないわ!」
滔々と語っていた第二王子に我慢がしきれなくなったレジール国王の一喝が謁見の間に響き渡り、怒りに満ちたその顔はやがて苦々しいものへと変わる。
「王族としてそれなりに勉学に励んでいるものと思ったが……。己の優秀さを示せば兄王子を追い落とせると必死で、目を曇らせたな」
何を言われているか理解できないのか、思わずというように顔を上げた第二王子はレジール国王の顔色を窺い見る。
「『滅びの魔女』の言い伝えがただの作り話であることは調べればわかる。既に知っている者もいる。処刑した後にそれが公になったらどうなる? 王家が笑いものになるだけではすまんぞ」
やはり王家は知っていたのだ。
センテリース領主も知っていたし、狭い世界にいた私には知る手段が限られていたけれど、他にも知っている人はいるのだろう。
それなのに処刑などすれば、災厄の押しつけも言い伝えに振り回されるのも同じことで、反乱とて起きかねない。
王家はいつでも見られている。
自分の国を豊かにしてくれるか。守ってくれるか。私利私欲にまみれ横暴を働かないか。
「笑いものになろうが、反乱が置きようが、私は一向にかまわんがな。ただ、私の最愛の命を道具にするつもりならば、それを待つこともない」
そこに至ってようやく第二王子も最初にレイノルド様が何と言っていたのかを思い出したらしい。
当の『滅びの魔女』を最愛と称した隣国グランゼイルの竜王陛下の前で、処刑すべきだと言い、人一人の命を犠牲にすることを躊躇うなと進言したのだ。
第二王子は見るからにガタガタと震えだし、レイノルド様はくっくと喉の奥で笑った。
地獄から湧き出たみたいな笑い声だった。
これは怖い。
「レジール国の第二王子よ。人一人の犠牲で国が助かるのなら安いと言ったな。では貴様が犠牲になり、この国を救ってみるがいい」
はくはくと必死に呼吸を繰り返すだけの第二王子に、「私の最愛の命になど到底釣り合わんがな」と昏く笑った声が聞こえたかどうかはわからない。
「はっ……、いえ、しかし、私はこの国の王族として」
「だからなんだ? 王族など替えが効くだろう」
そんなことは初めて言われたに違いない。
俯き震えていた第二王子は驚き顔を上げ、さらに震えを増した。
「その、私は、正当な血統として、兄に何かあれば王位を継承しなければなりません。他に兄弟はおりませんので、私が亡くなればこの国に混乱を招きかねず、その、人一人の命と言っても、いえ、その――」
たどたどしく言葉に詰まった第二王子を見下ろし、レイノルド様は冷笑した。
「血統? 正当な王位? この国にそんなものは存在しないだろう。そうだな? レジール国王よ」
「――は? その……」
「何代前のことだ? 子が成せず、侍女が産んだ子どもを取り上げて王妃が産んだ王子としたことがあったな。幼くして死んだ王子と似た容姿の子どもを攫って来て挿げ替えたこともある。正当な血統など既に絶えて久しいではないか」
これはスヴェンが記憶を探ってくれてわかったことだ。
王家と対面した時の切り札を持っておくためにレイノルド様が命じてくれたのだけれど、まさかのそんな情報が飛び出してきてさすがに驚いた。
養子をとるのではなく、王位継承権の二位や三位に王位を譲るのではなく、そうして他所の血を入れ見せかけの血統を守ってきたレジール王家に正当な血統を語られるほどおかしなことはない。
レジール国王も王として過去のことは伝え聞いているのか、色を失くした顔で床を見つめている。
「尊い血筋の王族が生贄になるなどありえない。王族の命と国民の命は同じ一つの命などではない。貴様はそう言いたいのだろうが、そもそもそんなものをありがたがるのはレジールの国民どもだけで私には何の関係もない。貴様にとって私の最愛の命などどうでもいいのと同じように、今ここで貴様のそのうるさい心臓が止まろうが、すべての災厄の原因として民衆の前で処刑されようが、至極どうでもいいことだ」
レイノルド様が言葉を区切ると、カタカタと歯が鳴る音が響いた。
「王族以外の命など取るに足らぬものなのだろう? だったら貴様の考えるその尊い命でこそ、大事な大事な民衆を救い、安心をもたらし、この国を発展させてみよ。しっかりとこの目で見届けてやる。安心して逝くがいい」
「も、も、もうしわけ、」
「何卒ご容赦くだされ。軽率であった」
レジール国王も玉座から降り跪いたけれど、レイノルド様は一言で切り捨てた。
「私が貴様らを許すことはない」
「レイノルド様……」
手をかけるようなことはないと思う。
けれど鬼気迫るものがあったから、一応ふるふると首を振っておいた。
レイノルド様はしばらくガタガタと揺れる第二王子の後頭部を見下ろしていたけれど、やがてレジール国王に顔を向けた。
「私の最愛は貴様らには想像も及ばぬほど強い。自分の命を道具として利用するつもりだった貴様らですら殺さずに捨て置けというのだからな。仕方がない。許しはしないが、シェリーと我が国に二度と関わらぬと誓うのであれば、こちらからは手を出しはせん」
「もちろんでございます! 二度と、二度と関わりません!」
ここはレジール国王が答えるところだろうに、第二王子が慌てて縋る。
自分の命を私と違って尊いものだと語ったその口で、その尊厳もかなぐり捨て、必死に許しを請うその姿は滑稽だった。
王家の血統だから尊いのではない。この国を守ってきた王家を国民は尊ぶのだ。
その務めを果たさぬ王家に生贄になれと言われて喜んで命を捧げる国民などいないだろう。
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