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第三章 偽聖女なのに神殿とか

10.最後の逢瀬

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 スイニーは言いたいことを言い終えると、「では後はよろしくお願いしますね」と、ぱっと姿を消した。
 どことなく詰めていた息を吐き出すと、リヒャルトも同じようにしてソファに深くもたれた。

「まさか神と対峙することになろうとはな」

「私も聖女なんて形だけのつもりだったから、本物中の本物と話すことになるなんて思いもしなかったわ」

 各地を回る間、神や聖女を信じている人たちとたくさん触れ合ったから、複雑な気持ちではあった。

「それで。旅はどうだった」

 そう言えばその報告をしていなかったと気が付いて、私はがばりと隣のリヒャルトを振り向いた。

「そうよ! いっぱい話したいことがあるの!」

 そう言って、旅で気が付いたことや教会内の人間関係などを思い出せる限りリヒャルトに話した。
 リヒャルトは時折相槌を打ちながら聞いていたけど、まるで本題はそこにはないというように、再び「それで」と話を継いだ。

「黒髪の神官がいただろう。何かと世話を焼いてくれたはずだが」

「ああ、ザイバックさんのこと? すごくよくしてくれたよ。色々と気にかけて話しかけたりもしてくれたから、おかげで旅の間も楽しく過ごせたし、いい思い出になったよ」

 世話係としてつけられたわけでもないのに、食事は足りているか、足にマメはできていないかとよく気にしてくれた。
 話す機会も一番多かった気がする。

「ザイバックから話は聞いている。私が送り込んだんだ」

「そうだったの?!」

 教会にも繋がってる人がいたのかと驚いたけど、城にだって女官長みたいに教会側と繋がっている人がいるのだから当然と言えば当然だ。
 でもリヒャルトが私のことを気にかけて送り込んでくれたのだと思うと、なんだか嬉しくなる。
 目的を果たすためのサポート、なんだろうけど。

「ザイバックとは随分仲を深めたようだな」

 いろんな人と話はしたけど、教会で親しく話せる特定の人というのはあまりいなかった。
 毎日のように話したのはザイバックくらいだ。

「うん、旅が終わってあまり話す機会がなくなって、寂しいくらい」

 笑って答えれば、暗がりの中でリヒャルトのアイスブルーの瞳が冷徹に輝いた気がした。
 月の光が反射して冷たく見えただけだろうか。
 確かめるようにじっと見返すと、その口元はおもしろくなさそうに引き結ばれていた。

「忘れるな。おまえは私の婚約者だ」

「わかってるわよ。解消される間柄だってことは」

「そうじゃない」

 リヒャルトは私の言葉にかぶせるように否定した。
 それから言葉を探すようにしていたけれど、一つ首を振って息を吐き出した。

「いや、何でもない。今言うべきことではなかったな。怪しまれぬうちに城へ戻らねば」

 時計を見れば、いつの間にか随分と時間が経っていた。

「うん――。気を付けて」

 何かを振り切るように背を向けたリヒャルトに何か言いたいのに、何も言えなかった。



 リヒャルトが窓の外に消えた後も、私はぼんやりと窓辺に佇んでいた。

 行かないで。

 たぶん言いたかったのは、その言葉だったのだと思う。
 でも言ったところで意味がないとわかっていたから。だから口にできなかったのだと思う。

 もうすぐ終わりを迎える関係なのに、引き留めて何を言おうというのか。
 目的のために一緒にいただけなのだから。

 リヒャルトが私を解放しようとしてくれたように、私もリヒャルトを解放しなければならない。
 そう言い聞かせた。

     ◇

 翌日、大司教と数人の神官が秘密裏に拘束された。
 聖女に大司教の都合のいい託宣を言わせていたなどと証拠のないことで罪とするのは難しい。
 不正に貶めようとする陰謀だと言われてしまえば、水掛け論になってしまうから。

 だけど大司教一派が貴族から個人的に金銭を受け取っていた証拠ならばあちらこちらから出てきた。
 それから裏で人を雇い、不都合な人物を消していた事実も明らかになった。
 私がミレーネから聞き取った神殿内の相関図を元に、大司教と結託していた人のあてをつけておいたことも昨日リヒャルトに話しておいたけれど、それも助けとなったようだ。
 勿論、スイニーの指摘も。

 そして。

 今、私の目の前には大勢の人が集まっていた。
 立っているのは、広場に張り出した城のバルコニー。
 振り返れば、人々には見えない所にリヒャルトが立っている。
 アイスブルーの瞳が頷いて、私は人々に向き直った。

 ざわざわと集まった人たちに微笑を向けると、歓声が沸き、それから鎮まった。

「今日みなさんにお集りいただいたのは、神のお告げをお伝えするためです」
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