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第三章 国王陛下と王宮

5.国王陛下の戦い方

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「勿論だけど、私たちに出される食事って毒見済みなんでしょう?」

 これからのことを考えるにあたっては、まず安全に食事が摂れるようにならねばならない。
 朝早くにルーラン伯爵邸で朝食をいただいたものの、キツキツに引き絞って着るドレスが待っていたから軽めだったし、お昼はばたばたしていて食べ損ねた。
 そして夜は一皿目から毒。
 もうお腹がぺっこぺこだ。これではそもそもこれからの戦いを生き抜けない。

「ああ。それでも毒が盛られていたということは、考えられるのは二つだ。遅効性の毒だったか、毒見の後に仕込まれたか」
「今回はたぶん後者よね。給仕がわかりやすく震えあがってたから。一応毒見役の無事は確認しておいた方がいいと思うけど」
「ああ。だが今後は前者の可能性もある。毒見もあてにはならんな」
「うん。ユーティスが子供の頃も、当然対策もしてたのに毒に倒れてたわけだから。全ての物を疑ってかかったほうがいいわね」

 ずっと考えていた。
 毒がどこに仕込まれているのか。
 毒見が意味をなしていないというのであれば、他にも食器やテーブル、椅子など触れるところに毒が塗られているとか、丸薬のようにして時間差で症状が現れる仕掛けがしてあるとか、様々な可能性が考えられる。
 一番恐ろしいのは、相手が闇雲に狙うがあまり無差別になること。
 保管してある野菜や仕入れたなど魚など食材そのものに毒を仕込まれては、被害はユーティスや私だけに留まらない。
 私が王宮にやってきた一日目からこんな手荒い歓迎をしたくらいだ。何をしでかしてもおかしくはない。

「そうなると、王宮にあるものはもう口にできんな」
「うん。わたしたちが口にする可能性があると、仕込まれる。そうすると毒見役の人を始めとして犠牲が出る。利用される人もね。だから私たちは一切手をつけないって示さないと。それには私、考えてたことがあるんだよね。ノールトにはいろいろ怒られそうなんだけど、命を守るためだし」

 私の提案を一通り聞くと、ユーティスは「なるほどな」と一つ頷いた。

「明日からやってみるぞ。まあ確かにノールトはぶつくさと文句を言うだろうが、そこは任せておけ」

 一人で考えてたことだから、どう言われるか想像がつかなかった。一先ず的外れではなかったことにほっとする。
 少しは役に立てたならいいんだけど。

「ノールトへの説明……説得かな、は任せる。ただ、パーティやお茶会に招かれた時はどうしたらいいかな。一切手をつけないっていうのも角が立つわよね」
「出席せずに済めばいいが、リリアの味方を作っておかねばらなんし、反発を抑えるにも必要な時は来るだろうな。その時は抜き打ちで出席者に毒見をしてもらうことにしよう。自分が毒をくらうかもしれぬとわかっては混入すまい」

 おお。なかなかにえげつないことを考える。

「でも、毒の混入を指示した人がパーティに出るとは限らないよね。どうせ貴族のみなさんが自ら毒を盛ることの方が少ないんでしょうし」

 今日だってそうだ。毒というのは自らが直接手を下さずに済んでしまう。
 指示した人間を見つけずらいし、本人にも罪の意識が芽生えにくい。
 だから厄介なのだ。そして王宮で毒が流行る理由でもあるだろう。リスクを最小限に、手軽に邪魔者を消す手段として。
 今日私が狙われたのも、政治的なものではなく、単なる嫉妬かもしれない。

「確かに。しかも一度この手を使えば、以降は自分も毒見をさせられるとわかってしまうのだからなおさら自分がいないパーティに実行者を紛れ込ませるだろう。それで貴族が死ねば、国王の政治の犠牲だと言われかねん」
「そうなると食事には一切手をつけない理由をつけるしかないわ。まあユーティスは断っても国王だから角は立たないだろうけど、問題は私よね。お腹が激ゆるだってことにしておくか」
「はっはっは! それはいい。今日も早々に退出したことだ、噂を広めるのに役立つだろう」

 ユーティスがいつまでもおかしそうに笑うので、「笑いすぎ」と脇腹をつつくとさらに笑った。
 そうだった、この人、脇腹が弱いんだった。
 面白くなって、えい、えい、といつまでもつついていると、不意にその腕を掴まれた。
 はっと気づけば、ユーティスの黒曜石の瞳が怪しく光っている。

「リリア。調子に乗ると痛い目を見るぞ」

 言葉は小物こものの脅しだけど、その目と力は私に抗えるものではなかった。

「ごめんって。久しぶりに笑ってるの見たから楽しくなっちゃって、つい」
「そうだな。リリアには久しく会っていなかったから、笑うことも忘れていた。こうして気安く話すのもずいぶん久しぶりだ」

 ずっと仮面をかぶっていたのだから、それはそうだろう。あんな口がつりそうな笑いばっかりしてたら健康に悪い。
 そう思う間にも、何故かユーティスの黒曜石の瞳が間近に迫る。
 近い近い近い。

「な、なによ」
「俺を弄んだ仕返しが必要だと思ってな」
「仕返しって。対等なやつでよろしく」
「先に煽ったやつが難しい注文をつけるな」

 だから近い近い近い。
 近づく黒曜石の瞳から逃げるうち、私はぽすり、と布団に倒れ込んでいた。
 いつの間にか私の両腕はユーティスに搦めとられている。

「今日のような無茶は、もうするな。生きた心地がしない」

 どこか声に嘆願のようなものが混じっていた。
 それでも私は断言はしなかった。

「なるべくね?」

 だってこれが私の仕事だから。
 その答えに、ユーティスは黒曜石の瞳を揺らした。
 自分が課した仕事だとわかっているからだろう。それでも私を心配してくれているのはわかる。ユーティスは腹黒だけど、鬼じゃない。
 王としてやらねばならないことと、幼馴染を案じる心が両立できないんだろう。

「本当はこんなところになど、連れて来たくはなかった」

 矛盾している。それがわかっているのだろう。ユーティスの顔がわずかに苦しそうに歪められた。

 私は、そう思ってくれているとわかっただけで、いつかのユーティスに対する怒りがすっと溶けていくのがわかった。
 頭では理解していたことだった。
 毒に精通していて、信頼できる人が他にいないことも。だから私が必要なことも。毒に詳しいということは諸刃の剣だから。
 だけどあんな強引なやり口で素直に従えという方がどうかしている。
 それでも、そうせざるを得なかったユーティスの事情もわかるのだ。周囲を納得させる理由が必要だった。だって、いくらユーティスが信頼していると言っても、私はただの薬屋だから。

 不意にユーティスの指が、そっと伸びた。私の右耳の黒曜石のピアスに触れる。
 思わず、体がピクリと震える。

 だから!
 耳はやめてってば!

 と言いたかったけれど、ユーティスの瞳がこれ以上ないというくらいに楽しそうに細められていたから、わなわなと震えて何も言えなかった。
 くそう。
 確かに対等な仕返しだ。

「おまえは耳が弱いな」

 うるさい!
 わかってても言語化するな!

 そっとその手が頬に触れた。
 細くて長い指先が、つ、と頬を撫でる。
 また体がピクリと反応してしまう。
 なんかもうわかんないけど、やめてほしい。
 なんでユーティスが触れるだけでこんなにくすぐったいのだろう。
 なんでこんなに顔が熱くなるんだろう。

 ユーティスが妖しく笑った。
 あ、なんかやばい気がする。私の直感がそう言っていた。
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