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第五章 国王陛下はお仕置きを始めます
1.国王陛下の逆鱗
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仮面の男は、自害できぬように拘束され、ノールトに連れて行かれた。
これからいろいろと尋問されるのだろうが、自害しようとしたくらいだから口を割ることはないだろう。
カゲは一度姿を隠していたが、部屋にラスと私とユーティスだけになると戻って来た。
「さっきは助けてくれてありがとう、カゲ」
さん、をつけるべきか迷ったけど、なんかあざといかなと思ってやめた。
「朝飯をもらったから。」
カゲは淡々とそれだけを答えた。
ええ? あのサンドイッチがなかったら私が殺されそうになっててもスルーしてたの?
どうリアクションしていいか迷っていると、カゲがふっと笑った気配があった。
「冗談だ」
顔を隠されていると冗談は読み取りにくい。
黒い布から出ている目が少しだけ細められていた。
案外人懐っこいのかもしれない。
「陛下の命令だよ。たぶんこの時を狙ってくるだろうとわかってたから、僕もカゲも警戒してたんだ」
ラスが答えてくれて、なるほどと思う。
そう言えばユーティスも、毒に倒れた時は我が家に避難しに来てた。王宮にいると狙われるからと。
だけど私には逃げ場がない。家はもう知られているし、ルーラン伯爵邸だってそう。
「いつまでも逃げていても埒が明かぬ。尻尾を掴まなければ追い詰められていくばかりだ。俺が幼かった頃と違って、今はこいつらがいるからな。攻めに転じた」
ラスが「えへ」とかわいらしくウインクして見せるのは女装してた頃の名残か、素か。
そういうのを囮って言うんじゃなかったっけ、と思うけど、嬉しくはあった。ユーティスがただ一方的に狙われていたあの頃とは違うのだということが。いや、殺されそうになったのは私だけど。
「でも、じゃあ、アイリーンのクッキーも、王宮に来て最初の一皿に毒が盛られてたのも、全部メーベラ様の差し金だったってこと?」
「いや。アイリーンのクッキーについては、別に疑わしき人物がいる。前菜の毒はノールトの配下の者がもう捕らえている。うまく人を使っていたようだが、足がついた。あれは俺を狙ったものだった」
手荒い毒の歓迎者については捕まらないまま終わるのではないかと思っていたから驚いた。それだけユーティスの手となり足となり動いてくれる人がいるということでもあるのだろう。
ふと、護衛の一人に諜報員がいると言っていたことを思い出す。もしかしたらその人が暗躍していたのかもしれない。
「そうだ、アイリーンは? 今どうしてるの」
そう言うと、ユーティスは何故かラスと目を見合わせた。
それからラスが答えてくれる。
「アイリーン嬢は表向き、地下牢に囚われてることになってるよ」
表向きとはどういうことか。
「危うくぶっ殺しかけたけど、リリアが『アイリーンじゃない』って言ってたからね。あの後、その場にいた侍女とアイリーンから話を聞き出したんだ」
「ぶっこ……?!」
私は目を剥いた。こんなにかわいい顔をして、ラスがそんな物騒な言葉を吐くとは。
平然と言われたところにユーティスの腹黒さとはまた違った怖さがある。
思いもよらぬ一面を見た思いだった。
ラスの話によると、アイリーンはシェフにクッキーを作らせた後に何人かで試食したが、その時は食べても何も異常がなかったという。
それと、アイリーンが持ってきたクッキーはシェフが作ったものではないと答えたという。シラを切っている可能性もあるが、見たところそんな様子でもなかったそうだ。
とすれば、クッキーがどこかで入れ替えられたと考えるのが妥当だろう。
アイリーンにリリアと会うまでの間の行動と会った人を細かく確認していき、出かける前に訪ねてきたというワーズ伯爵の次女キャロラインが疑惑に上がった。
キャロラインとは数か月前に親しく話すようになり、共にお茶会を開く仲間のうちの一人だったという。
そこで、私が王妃として選ばれたという話題になったとき、みなは口々に文句を言った。そしてアイリーンが代表で、その人となりを確かめに行くという話になったんだそうだ。
私が薬師で、宮廷薬師ダーナーの娘だという事実は知れ渡っていた。
大方、ユーティスが毒対策に選んだのだろうと令嬢たちは結論づけていた。ご慧眼だ。
だから用済みとなれば、またチャンスもめぐってくるかもしれない。その辺りも探るつもりだったようだ。重ね重ね女の洞察力は侮れない。
それでアイリーンがクッキーを携え出かけようとしていたところ、たまたま近くを通ったからとキャロラインが寄ったのだという。
クッキーは事前にキャロラインたちとのお茶会で試食会をしていた。
私が好きだというドライフルーツも混ぜ込んである。嫌いだからと口をつけないとなれば、アイリーンを信用していないということになる。それは宣戦布告と受け取る。そう決めていたらしい。
だからアイリーンはキャロラインに言われていた。
「しっかりとリリア様が口にするところを見てから食べるのですよ。そうでなければ、リリア様が私たちを信用したことにはなりませんから」
今考えれば、それは毒が混入してあることがわかっていて、リリアに先に食べさせるためだったのではないかと思われた。
アイリーンが何を、どんな包みで持って行くのか。キャロラインは事前に知っていた。
それなら、毒入りの物とすり替えることもできたのではないか。
話し終えたラスの後を引き取り、ユーティスが口を開いた。
「それでキャロラインを調べさせた。だがワーズ伯爵に次女はいなかった。妾の子を隠しているのかとも思ったが、それもないようだ。今、アイリーンから聞き取った容貌にあう者を探させている。まあ、とうに行方をくらましているだろうが俺のカゲを甘くみてもらっては困る。決して逃しはしない」
きっと、それも諜報用のカゲに探らせているのだろう。
ユーティスがくくくくっと腹黒く笑ってるのが怖い。
アイリーンの持ってきたクッキーは、後でラスに持って来てもらおう。宮廷薬師の人たちが既に調べてるだろうけど、私も気になることがあったから。
「で、結局アイリーンはどうなったの? 『表向きは』、ってことは、実際はどこにいるの?」
「ルーラン伯爵邸だよ」
ラスの言葉のあまりの意外さに、私は目を見開いた。
だけど、なんとなく納得した。
「アイリーンが犯人じゃないだろうってことは、たぶん確かだろうと思う。だけどアイリーンを疑ってないと犯人に知れると、今度は口封じされるかもしれない。だからアイリーンを疑って投獄し尋問中ってことにしてある。けど王宮に置いとくと危ないからルーラン伯爵夫人にお願いしたんだ」
ルーラン伯爵夫人とアイリーンなら、仲良くやれそうだ。
そんなことを思って、ほっとした。
「アイリーンも利用されたんだろうね。王妃とアイリーンが一気に消えれば、その他の者たちにも再び道が開かれる。だけどそんな物騒な物を持ち込んだ彼女のことも、俺は許してないけどね」
ラスがさらりと言った。笑ってもいないのが逆に怖い。
そしてさりげなくユーティスも頷いていた。
この二人に任せておくと危ない。私はそう悟った。
「だけどアイリーンとは仲良くなれると思うよ。だから――」
言いかけた私の言葉を、ユーティスが乗っ取った。
「そうだな。今回のことで十分に貸しはできた。公爵家には今後我々のためによく働いてもらえるだろう。だからちゃんと生かしているだろう?」
怖い。話を変えよう。
「最初の疑問に戻るけど、じゃあ前菜毒事件とお菓子毒事件と、さっきの襲撃はそれぞれ違う人に狙われてたってことなの?」
「辿って行くうち一つにつながる可能性もまだあるがな。だが、元第三王妃メーベラの護衛は、おそらくどこともつながってはいまい。いまや権力闘争とは何の関与もないからな」
でも、だったら何故メーベラ様に狙われたんだろう。
その私の疑問がわかったんだろう。ユーティスは一つ頷いた。
「明日、メーベラから話を聞く」
ユーティスの言葉に、「私も行く」と言えば、「ばかもの」と返された。
「おまえはまず快復することを考えろ」
そう言って私は再びベッドに寝かされた。
ラスが部屋を出て行くと、私はベッドサイドに座るユーティスをくるりと振り向いた。
ユーティスはじっと私を見ていた。
一人横になっているところを見られるのはちょっと恥ずかしい。
「ねえ、ユーティス」
「何だ」
「ごめんね?」
「……何がだ」
ユーティスの黒曜石の瞳が怖いくらいにじっと私を見る。
うーん。
「私が迂闊にも毒にやられたこと」
「おまえはアイリーンを信じたんだろう。毒を盛る人間ではないと」
「そうだけど。だから、怒ってるんでしょ?」
そう問えば、ユーティスは小さく息を吐き出した。
「おまえに怒っているのではない」
「アイリーンだって利用されたのよ」
「だとしてもしかるべき法で裁かれる。俺が裁くわけではない」
いや、公爵令嬢を『そいつ』って言っといて怒ってないわけないじゃん……。
「だったら、なんでそんなに怖い目をしてるのよ」
ユーティスの黒曜石の瞳が痛い。さっきから冷静に話しているように見えるけど、絶対怒っている。その瞳は怒りに染まっている。
答えないまま、ユーティスは私の右耳に触れた。ユーティスに嵌められた黒曜石のピアスを、弄ぶ。
ちょ、ちょっと。あんまり耳に触るのはやめてほしいんだけど。
そう言えば、私が寝てる間にも触れられていたような。
確かにそのピアスはユーティスのものだけど、私の耳はユーティスの所有物じゃない、気軽に触るなと言いたい。
抗議の声を上げようとしたら、やっとユーティスの声が返った。
「俺が何に腹を立てているかなど、おまえは気にしなくていい。ただ体を休めていろ。すべて俺が片を付ける」
いやいやいやいや、怖いって。
片を付ける、って、何をよ!
「顔色がまた蒼くなってきているぞ。本当に寝ろ」
仕方なく言葉をしまう。
言われた通り、喋り過ぎて疲れていた。
ユーティスはまだ私の手を握っていた。
「ユーティス、大丈夫だよ」
「何がだ」
「私は死なないよ」
そう言えば、ユーティスの黒曜石の瞳が細められた。
「俺が死なせない。地獄に足をつっこもうが、連れ戻しに行くからな」
私は笑って、目を瞑った。
正直、毒が抜けきっていない体でたくさん喋って考えたから、ちょっと限界だった。
ユーティスの手にぬくもりが戻ってきていた。
その温かさを感じながら、私はあっという間に眠りに落ちた。
眠っている間、ユーティスの指が何度も黒曜石のピアスに触れるのを感じていた。
愛しそうに、なくなってしまうのを恐れるように、確かめるように、そっと、何度も。
くすぐったいのに、何故だかそれが心地いい気がして、私はそのまま眠り続けた。
これからいろいろと尋問されるのだろうが、自害しようとしたくらいだから口を割ることはないだろう。
カゲは一度姿を隠していたが、部屋にラスと私とユーティスだけになると戻って来た。
「さっきは助けてくれてありがとう、カゲ」
さん、をつけるべきか迷ったけど、なんかあざといかなと思ってやめた。
「朝飯をもらったから。」
カゲは淡々とそれだけを答えた。
ええ? あのサンドイッチがなかったら私が殺されそうになっててもスルーしてたの?
どうリアクションしていいか迷っていると、カゲがふっと笑った気配があった。
「冗談だ」
顔を隠されていると冗談は読み取りにくい。
黒い布から出ている目が少しだけ細められていた。
案外人懐っこいのかもしれない。
「陛下の命令だよ。たぶんこの時を狙ってくるだろうとわかってたから、僕もカゲも警戒してたんだ」
ラスが答えてくれて、なるほどと思う。
そう言えばユーティスも、毒に倒れた時は我が家に避難しに来てた。王宮にいると狙われるからと。
だけど私には逃げ場がない。家はもう知られているし、ルーラン伯爵邸だってそう。
「いつまでも逃げていても埒が明かぬ。尻尾を掴まなければ追い詰められていくばかりだ。俺が幼かった頃と違って、今はこいつらがいるからな。攻めに転じた」
ラスが「えへ」とかわいらしくウインクして見せるのは女装してた頃の名残か、素か。
そういうのを囮って言うんじゃなかったっけ、と思うけど、嬉しくはあった。ユーティスがただ一方的に狙われていたあの頃とは違うのだということが。いや、殺されそうになったのは私だけど。
「でも、じゃあ、アイリーンのクッキーも、王宮に来て最初の一皿に毒が盛られてたのも、全部メーベラ様の差し金だったってこと?」
「いや。アイリーンのクッキーについては、別に疑わしき人物がいる。前菜の毒はノールトの配下の者がもう捕らえている。うまく人を使っていたようだが、足がついた。あれは俺を狙ったものだった」
手荒い毒の歓迎者については捕まらないまま終わるのではないかと思っていたから驚いた。それだけユーティスの手となり足となり動いてくれる人がいるということでもあるのだろう。
ふと、護衛の一人に諜報員がいると言っていたことを思い出す。もしかしたらその人が暗躍していたのかもしれない。
「そうだ、アイリーンは? 今どうしてるの」
そう言うと、ユーティスは何故かラスと目を見合わせた。
それからラスが答えてくれる。
「アイリーン嬢は表向き、地下牢に囚われてることになってるよ」
表向きとはどういうことか。
「危うくぶっ殺しかけたけど、リリアが『アイリーンじゃない』って言ってたからね。あの後、その場にいた侍女とアイリーンから話を聞き出したんだ」
「ぶっこ……?!」
私は目を剥いた。こんなにかわいい顔をして、ラスがそんな物騒な言葉を吐くとは。
平然と言われたところにユーティスの腹黒さとはまた違った怖さがある。
思いもよらぬ一面を見た思いだった。
ラスの話によると、アイリーンはシェフにクッキーを作らせた後に何人かで試食したが、その時は食べても何も異常がなかったという。
それと、アイリーンが持ってきたクッキーはシェフが作ったものではないと答えたという。シラを切っている可能性もあるが、見たところそんな様子でもなかったそうだ。
とすれば、クッキーがどこかで入れ替えられたと考えるのが妥当だろう。
アイリーンにリリアと会うまでの間の行動と会った人を細かく確認していき、出かける前に訪ねてきたというワーズ伯爵の次女キャロラインが疑惑に上がった。
キャロラインとは数か月前に親しく話すようになり、共にお茶会を開く仲間のうちの一人だったという。
そこで、私が王妃として選ばれたという話題になったとき、みなは口々に文句を言った。そしてアイリーンが代表で、その人となりを確かめに行くという話になったんだそうだ。
私が薬師で、宮廷薬師ダーナーの娘だという事実は知れ渡っていた。
大方、ユーティスが毒対策に選んだのだろうと令嬢たちは結論づけていた。ご慧眼だ。
だから用済みとなれば、またチャンスもめぐってくるかもしれない。その辺りも探るつもりだったようだ。重ね重ね女の洞察力は侮れない。
それでアイリーンがクッキーを携え出かけようとしていたところ、たまたま近くを通ったからとキャロラインが寄ったのだという。
クッキーは事前にキャロラインたちとのお茶会で試食会をしていた。
私が好きだというドライフルーツも混ぜ込んである。嫌いだからと口をつけないとなれば、アイリーンを信用していないということになる。それは宣戦布告と受け取る。そう決めていたらしい。
だからアイリーンはキャロラインに言われていた。
「しっかりとリリア様が口にするところを見てから食べるのですよ。そうでなければ、リリア様が私たちを信用したことにはなりませんから」
今考えれば、それは毒が混入してあることがわかっていて、リリアに先に食べさせるためだったのではないかと思われた。
アイリーンが何を、どんな包みで持って行くのか。キャロラインは事前に知っていた。
それなら、毒入りの物とすり替えることもできたのではないか。
話し終えたラスの後を引き取り、ユーティスが口を開いた。
「それでキャロラインを調べさせた。だがワーズ伯爵に次女はいなかった。妾の子を隠しているのかとも思ったが、それもないようだ。今、アイリーンから聞き取った容貌にあう者を探させている。まあ、とうに行方をくらましているだろうが俺のカゲを甘くみてもらっては困る。決して逃しはしない」
きっと、それも諜報用のカゲに探らせているのだろう。
ユーティスがくくくくっと腹黒く笑ってるのが怖い。
アイリーンの持ってきたクッキーは、後でラスに持って来てもらおう。宮廷薬師の人たちが既に調べてるだろうけど、私も気になることがあったから。
「で、結局アイリーンはどうなったの? 『表向きは』、ってことは、実際はどこにいるの?」
「ルーラン伯爵邸だよ」
ラスの言葉のあまりの意外さに、私は目を見開いた。
だけど、なんとなく納得した。
「アイリーンが犯人じゃないだろうってことは、たぶん確かだろうと思う。だけどアイリーンを疑ってないと犯人に知れると、今度は口封じされるかもしれない。だからアイリーンを疑って投獄し尋問中ってことにしてある。けど王宮に置いとくと危ないからルーラン伯爵夫人にお願いしたんだ」
ルーラン伯爵夫人とアイリーンなら、仲良くやれそうだ。
そんなことを思って、ほっとした。
「アイリーンも利用されたんだろうね。王妃とアイリーンが一気に消えれば、その他の者たちにも再び道が開かれる。だけどそんな物騒な物を持ち込んだ彼女のことも、俺は許してないけどね」
ラスがさらりと言った。笑ってもいないのが逆に怖い。
そしてさりげなくユーティスも頷いていた。
この二人に任せておくと危ない。私はそう悟った。
「だけどアイリーンとは仲良くなれると思うよ。だから――」
言いかけた私の言葉を、ユーティスが乗っ取った。
「そうだな。今回のことで十分に貸しはできた。公爵家には今後我々のためによく働いてもらえるだろう。だからちゃんと生かしているだろう?」
怖い。話を変えよう。
「最初の疑問に戻るけど、じゃあ前菜毒事件とお菓子毒事件と、さっきの襲撃はそれぞれ違う人に狙われてたってことなの?」
「辿って行くうち一つにつながる可能性もまだあるがな。だが、元第三王妃メーベラの護衛は、おそらくどこともつながってはいまい。いまや権力闘争とは何の関与もないからな」
でも、だったら何故メーベラ様に狙われたんだろう。
その私の疑問がわかったんだろう。ユーティスは一つ頷いた。
「明日、メーベラから話を聞く」
ユーティスの言葉に、「私も行く」と言えば、「ばかもの」と返された。
「おまえはまず快復することを考えろ」
そう言って私は再びベッドに寝かされた。
ラスが部屋を出て行くと、私はベッドサイドに座るユーティスをくるりと振り向いた。
ユーティスはじっと私を見ていた。
一人横になっているところを見られるのはちょっと恥ずかしい。
「ねえ、ユーティス」
「何だ」
「ごめんね?」
「……何がだ」
ユーティスの黒曜石の瞳が怖いくらいにじっと私を見る。
うーん。
「私が迂闊にも毒にやられたこと」
「おまえはアイリーンを信じたんだろう。毒を盛る人間ではないと」
「そうだけど。だから、怒ってるんでしょ?」
そう問えば、ユーティスは小さく息を吐き出した。
「おまえに怒っているのではない」
「アイリーンだって利用されたのよ」
「だとしてもしかるべき法で裁かれる。俺が裁くわけではない」
いや、公爵令嬢を『そいつ』って言っといて怒ってないわけないじゃん……。
「だったら、なんでそんなに怖い目をしてるのよ」
ユーティスの黒曜石の瞳が痛い。さっきから冷静に話しているように見えるけど、絶対怒っている。その瞳は怒りに染まっている。
答えないまま、ユーティスは私の右耳に触れた。ユーティスに嵌められた黒曜石のピアスを、弄ぶ。
ちょ、ちょっと。あんまり耳に触るのはやめてほしいんだけど。
そう言えば、私が寝てる間にも触れられていたような。
確かにそのピアスはユーティスのものだけど、私の耳はユーティスの所有物じゃない、気軽に触るなと言いたい。
抗議の声を上げようとしたら、やっとユーティスの声が返った。
「俺が何に腹を立てているかなど、おまえは気にしなくていい。ただ体を休めていろ。すべて俺が片を付ける」
いやいやいやいや、怖いって。
片を付ける、って、何をよ!
「顔色がまた蒼くなってきているぞ。本当に寝ろ」
仕方なく言葉をしまう。
言われた通り、喋り過ぎて疲れていた。
ユーティスはまだ私の手を握っていた。
「ユーティス、大丈夫だよ」
「何がだ」
「私は死なないよ」
そう言えば、ユーティスの黒曜石の瞳が細められた。
「俺が死なせない。地獄に足をつっこもうが、連れ戻しに行くからな」
私は笑って、目を瞑った。
正直、毒が抜けきっていない体でたくさん喋って考えたから、ちょっと限界だった。
ユーティスの手にぬくもりが戻ってきていた。
その温かさを感じながら、私はあっという間に眠りに落ちた。
眠っている間、ユーティスの指が何度も黒曜石のピアスに触れるのを感じていた。
愛しそうに、なくなってしまうのを恐れるように、確かめるように、そっと、何度も。
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