国王陛下は仮面の下で笑う ~宮廷薬師がダメなら王妃になれ、ってどういうことですか~

佐崎咲

文字の大きさ
36 / 43
第六章 国王陛下と進む道

2.国王陛下を想う

しおりを挟む
 結局ユーティスは他の人との急な面会が入って、話はまた改めてということになった。

 扉の外にいたラスと二人、廊下を歩く。ラスは私の斜め後ろ。赤く腫れた目を見ないようにしてくれた。
 気まずくて、何か話さなきゃと口を開く。

「ユーティスも大変だね。いつも忙しくて」

「ああ、公爵との面会が入ったらしいね。アイリーンのこととかこれからのこととかいろいろと話があるみたいだよ」

「そう言えばアイリーンはあれから大丈夫かしら。会いに行きたいな」

「アイリーンも王宮に来るみたいだよ」

 もう首謀者は捕まったのだからルーラン伯爵邸に隠れている必要もないだろうけど、何故王宮に?
 そう考えて、侍女ズに聞いた話を思い出す。
 アイリーンはユーティスの婚約者候補だったのだ。
 ユーティスは今、王宮内の様々な改革に乗り出そうとしてる。
 実現には公爵の力が大きく関わると言っていた。

 そこまで考えて、ああ、アイリーンが王妃になるのだと気が付いた。
 私に協力してほしいと言っていたのは、その時になったら王宮を去れということだったんじゃないだろうか。
 後で話すと言ってずっと後回しになっていたし、言いにくかったのかもしれない。
 でも、もともと期間限定だと言ってたのだから、いまさらなのに。

 もしかしたら、私がユーティスを好きになってしまったことに、気が付いているのだろうか。
 だから言い出しにくくなってしまったのかもしれない。

 そう考えれば、ノールトが私を邪険にするのもわかる。
 全部繋がってしまった。

 あーあ。
 廊下を歩く足が重くなった。

「帰るか。私の薬屋に」

 ぽつりと呟けば、ラスが訝しげに聞きとがめた。

「リリア?」

「薬師の私がやれることはやったしさ。後は私じゃなくてもいいわけで。ここにいる理由はなくなった」

 ラスの足が止まった。
 どうしたのかと、私も足を止め振り返る。

「リリアはそれでいいの?」

 聞かれて、うーん、と苦く笑って首を傾げる。

「手を伸ばしても届かない星を欲しがるのは嫌なのよ」

 私は薬屋店主。
 ユーティスは国王。
 アイリーンのように王妃としての教育を受けてきたわけじゃない。
 この国のことも、政治もよくわからない。
 いくらルーラン伯爵夫人の養子になったところで、中身まで変わるわけじゃない。私に身に付いたのは付け焼刃の淑女教育だけ。
 私の好きという気持ちだけで何がどうなるわけでもない。ユーティスに伝えたところで、困らせるだけだ。
 もう一度前に向き直り、歩き出そうとした私の手をラスがぱしっと掴んだ。

「俺なら手、届くよ」

 私よりも大きくて、節くれだった手。掌にはいくつも固い剣ダコができている。女の子だと思ってたときには気が付かなかった。

「じゃあこれでいいや、っていうような女だと思う?」

「思ってないから好きなんだよ。だけど言っておかないといつまでもこっち見てくれないでしょ?」

 手を取ったままのラスが私の前に回りこみ、翡翠色の瞳がじっと私の目を覗き込んだ。

「……本気?」

「うん、本気」

 ずっと女友達だと思ってたから、男の姿に戻ったあともその感覚でいた。
 気の置けない友達。ずっとそう思っていたから、ラスもそうだと勝手に思っていた。

「……いつから?」

「さあ……? かわいいラスちゃんだった頃からかな? 陛下がどうして俺に女装させてリリアに会わせたのか、わりとすぐにわかったよ。リリアは面白いし、おさげにダサ眼鏡でもかわいいし、飽きないし。ずっと傍にいたらそりゃ好きにもなるよね」

 さりげなく面白いの意が重ねられてた気がしたけど、そこはつっこまずにおくべきか。

「薬屋に戻るなら、今度は、『陛下に心底から嫌われて王宮を追い出された』って噂を流せば利用価値も見出されなくなるだろうし。そしたら護衛対象じゃなくなる。二人で平和に薬屋やろうよ。どっちにしろ、リリアを連れて逃げるまであとカウント1だったし」

「え?」

 最後の一言に、きょとんとなる。

「言ったでしょ。俺がリリアの専属護衛になると決めた時、陛下と契約したって。契約内容は、リリアの意思に沿うこと。全てのものからリリアを守ること。『全てのもの』には陛下も含まれてる。陛下は自らリリアを手放すことはできないから。だからあと一回、リリアが危険な目に遭ったら俺はリリアを連れて王宮から出るつもりだったんだよ。毒からは守れなかったし、やっぱり王宮は危険がいっぱいだからね」

 これは陛下の命令でもあるし、俺が契約する条件でもあったんだよ、とラスは言った。

 ユーティスには忠誠を誓っていないとラスが言っていたことを思い出す。それはこういうことだったのか。
 ラスがユーティスに与しない第三者としての立場でいることで、ユーティスは常にわが身を振り返る必要があった。それはある意味貴重な存在だったことだろう。
 そのラスを連れて出て行くなんて、私にはできない。ラスはユーティスにとって必要な人だ。
 何より。
 私はラスの気持ちに応えることはできない。

 いつもの笑みを浮かべたまま、ラスは私の顔を覗き込んだ。

「で、俺の一世一代の告白に対する答えは?」

 聞かなくてもわかってる。そんな顔してるくせに。

「私、ユーティスが好き。きっと私は薬屋店主に戻っても、ユーティスを忘れることはできない」

 それを言葉にするのはとても力がいることだった。
 最後の砦を自ら踏み倒すほどの勇気がいった。
 でも言ってしまうと、妙にすとんと胸に落ち着くものがあった。

「知ってたよ」

「ごめんね。ラス、ありがとう」

 そう言うとラスは繋いだ手を引いて歩き出し、それからそっとその手を離した。



 胸が痛い。

 いつからユーティスを好きになってたんだろう。
 思えば、毒に苦しむユーティスをあれほど助けたいと願い、毒の勉強を始めたのも、そういうことだったのかなあ。
 気づいてしまったら、辛いだけだから。だから、ずっと見ないフリしてたんだって、今ではわかる。
 私の中にはずっとユーティスがいた。
 国王になってしまって、店に来てくれなくなって。忘れようともした。
 でも忘れられるわけもなかった。
 そんなときに突如として現れたのだ。
 いつもいつも、ユーティスが来るのは突然だった。

 そうしてユーティスは、いつの間にか私の知らないところであの手この手で罠を張り巡らせていた。
 すっかり罠に嵌まりこんで、結局心までがんじがらめにされてしまった。

「リリア様」

 不意に、思考に沈む私の背中に声がかけられた。

 ごめん。だけど、今一番聞きたくない声だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

白い結婚で結構ですわ。殿下より、私の自由のほうが大事ですので

鍛高譚
恋愛
「第二王子との婚約? でも殿下には平民の恋人がいるらしいんですけど? ――なら、私たち“白い結婚”で結構ですわ。お好きになさってくださいな、殿下」 自由気ままに読書とお茶を楽しむのがモットーの侯爵令嬢・ルージュ。 ある日、突然“第二王子リオネルとの政略結婚”を押しつけられてしまう。 ところが当の殿下は平民の恋人に夢中で、 「形式上の夫婦だから干渉しないでほしい」などと言い出す始末。 むしろ好都合とばかりに、ルージュは優雅な“独身気分”を満喫するはずが…… いつしか、リナという愛人と妙に仲良くなり、 彼女を巡る宮廷スキャンダルに巻き込まれ、 しまいには婚約が白紙になってしまって――!? けれどこれは、ルージュが本当の幸せを掴む始まりにすぎなかった。 自分を心から大切にしてくれる“新しい旦那様”候補が現れて、 さあ、思い切り自由に愛されましょう! ……そして、かの王子様の結末は“ざまぁ”なのか“自業自得”なのか? 自由気ままな侯爵令嬢が切り開く、 “白い結婚破談”からの痛快ざまぁ&本当の恋愛譚、はじまります。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。その伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかしーー 「私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」 微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。 正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

処理中です...