呪いの騎士と生贄の王女

佐崎咲

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第十三話 欲しいもの

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「たのもーう!」

 ドバンッ! と第三騎士団の修練場の扉が開けられ、現れたプリメラは一目で王女とわかる出で立ちだった。
 美しい白金の髪には輝くティアラが飾られ、柔らかそうな耳たぶには重そうな宝石が揺れている。

「プ、プリメラ王女殿下! またこのようなところに来て、エドワード殿下に叱られますよ!」
「私はお父様の命令でここへ来たのだもの。問題ないわ」

 プリメラはどやっと言う。
 なるほど。前回も騎士団長は『何故ここに』と言っていた。
 プリメラがウィルであり、エドワードに立ち入り禁止を言い渡されていることを知っていたから、周囲の騎士たちよりも一層慌てていたのか。
 責任のある立場というのは辛い。今日もまたどうしたものかとおろおろする騎士団長を綺麗に無視して、プリメラはひたすら鉄アレイを上下させるロードに顔を向けた。

「ロード。お父様が呼んでいるわ。一緒に来てくれる?」

 否やはない。
 だが埃だらけの格好で王の御前に出るわけにはいかない。
 ロードはプリメラに連れられ、侍女によってあれよあれよと身だしなみを整えられようとしたが、そこだけは丁重に断った。
 魔王討伐の話はプリメラによって声高に広められ、結局ロードの呪いなんて根拠のない言い伝えだったのだと誰もが笑うようになった。
 だがそれでも実際に実物が目の前にいると怖いのだろう。
 侍女たちは誰も表情を変えないようにしていたのがわかるが、どこかびくびくとしているのもわかったから。
 ――もしかしたら言い伝えではなく、単にロードのがたいとしかめ面が怖かったのかもしれないが。

 ついでに何故かプリメラまで同室で待機していようとしたのも厳重に断り、一人で着替えを済ませた。
 扉を開けると覗こうとしていたのが丸わかりな格好の王女改め痴女プリメラと合流し、共に玉座の前に座る王の元へと連れて行かれる。
 膝をつくと、斜め前に立つプリメラが優雅に足を引き、腰を折った。

「ロード・クラークスだな。此度の働き、大義であった。褒美をとらせよう。何でも好きなものを言うがいい」
「何でも――。よろしいのですか?」
「もちろんだ。さすがにこの国はやれんがな」

 その軽口をどこまで続けてくれるだろうか。

 暮らしていくのに十分な給金は得ている。
 プリメラが衆目の前で宣言した通り、呪いなどない――正確に言えば、危機的状況にあってさえも呪いの力など発現しない――ことを証明してくれたおかげで、第一騎士団への異動も決まっている。
 騎士団長候補として副団長付きになるとも聞いた。
 だから望んではいけない理由はあれもこれも潰れた。
 だがここに来ても、本当にそれを望んでいいのかと迷いが生じた。
 人一人の人生を巻き込むことへのためらいがあった。
 その隙に、プリメラから「陛下」と声が上がる。

「なんだ、プリメラ」
「彼は大変慎み深い性分ですので、心から望むものを口にできないでおります。ですから、私から提案がございます」
「……ロクな予感がしないが、申してみよ」
「私が嫁ぎます」
「は?」
「彼はこの国を救った英雄ですもの。褒美として国一番の美姫が贈られるのは定石ですわ」
「この国唯一の姫だからそれは間違っていない。しかし――」
「あら。お父様は先程何でも好きなものを言えと仰ったではありませんの」

 いつの間にか父と娘の関係に戻っていることにも気付かない様子で、国王はぬぬぬと渋面を作った。

「いや、しかし受け取る側にとってそれが褒美となるかが重要であろう! おまえのような無鉄砲で言うことも聞かん娘をもらって誰が喜ぶ?」
「欲しいです」

 咄嗟に言葉が転がりでた。
 だが今度こそ、止めはしない。

「私に呪いなどなく不要な力で誰も害することなどないなら、腕に見合った立場をいただけるなら、家族を養えるのなら。――プリメラ王女殿下が受け入れてくれるのなら、一生を共に生きたい」

 ずっと、誰からも疎まれてきた。
 何もかもを諦めてきた。
 だがロードを呪いの騎士と呼ぶ者はもういない。
 それならば、家族がほしい。愛する人と、普通の暮らしをしたい。自分で選んだ自分の人生を生きていきたい。
 だからプリメラに隣にいて欲しい。

 ロードの言葉を受け立ち上がったプリメラは、くるりと振り向き、腰に手を当てた。

「受け入れるも何も、私が嫁ぎたいって言ってるのよ。ってことで、決まりね」

 悠然と、そしてこれまでにないほど艶やかに笑ったプリメラに、ロードは呆気にとられながらもつられて笑みを浮かべた。
 慌てたのは国王のほうだった。

「おい! こら! プリメラ! 勝手に決めるでない!」
「あら。死を命じたいけにえが誰に嫁ごうと、お父様の国政に何の影響もありませんわよね? 本来なら私は既にこの世にいなかったはずで、私を政略のコマとして使う算段などなかったはず」

 耳に痛い言葉だろう。国王はぐっと喉で言葉を噛み潰し、苦々しげに目を伏せた。

「お父様が私に仰ったのですわ。お前は生贄となるのだから覚悟を決めておけと。だから私は生への執着を持たず、いつ死んでもいいものとして生きてきました。お兄様によってそれは撤回されましたけれど、またこの国に何かあれば私は真っ先に『不要』として切り捨てられる存在ですもの。お父様にとって、娘として、この国の王女として価値がない。それが私です」
「そんなことはない……! 私とて苦渋の決断を」
「私、幼い頃にあんなに言いましたのに。それでも生贄をなくすと示してはくださらなかった。決断をするのに苦しんだだけの愛情よりも、私の心身を大事にしてくれ、尊重しようとしてくれる人の傍で生きたいと思っております。ここのところ、どうしたら私と添い遂げられるかずっと考えてくれていたみたいですし」
「全部言うなよ……」

 国王の御前であることなどもはや吹き飛び、額を押さえたロードは思わず項垂れた。
 プリメラには早く前を向いて欲しい。耳が赤いのを見られたくない。
 しかししっかりと見られたようで、ふふ、と小さな笑いが聞こえた。
 プリメラはくるりと国王に向き直ると、凛としたその目を真っすぐに向けた。

「この国の王女たちには結婚も愛も夢も何も許されておりませんでした。けれど私は、ありえなかったはずの日々を与えられた。だからこそ日々これでよいのかと迷いながら、何を為すべきか悩みながら生きてまいりました。ですが私の元生贄として果たすべき役目もやっと終えました。今後はイザベラお姉様と、ブリジットお姉様、それから代々生贄とされた王女たちが夢に描いたのであろう日々を生きていきたいと思います」

 国王はその目を受け止めながら、ぐっと眉を寄せた。
 その顔に滲むのは葛藤か、後悔か。

「プリメラ王女殿下が私の守りなど必要ないくらい強いことはよく存じております。それでも私はこの身を賭けて、一生プリメラ王女殿下を守り抜くと誓います。ですからどうか、プリメラ王女殿下の傍にいることをお許しください」

 プリメラがちらりとロードを振り向き、笑みを浮かべる。
 それから国王に向かってまっすぐに目を向ける。

「私一人くらい、望んだ方と添い遂げさせてください」

 イザベラもブリジットも、生きているけれど。
 イザベラは子供が三人もいるけれど。
 代々の王女たちも、もしかしたら同じように生き延びてきたのかもしれないけれど。

 だが国王はそれを知らない。
 代々の犠牲があるとわかっていて、プリメラにもそれを強いたのだ。
 死んでいるはずの人間に、今さら何を求めようというのか。
 そんな身勝手は神が許そうとも代々の王女が許さない。
 プリメラの強い瞳に負けたように、やがて国王は深いため息を吐き出した。

「――わかった。もう、よい。好きにせい」

 その言葉に、プリメラはにこりと笑みを返した。

「ありがとうございます、国王陛下」
「すまなかったな、プリメラ」

 プリメラはそれには答えず、深い一礼を返した。
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