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第四章 ヒロインは世界を救う、かもしれない

8.アレクとイリーナ

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「暖人って……苗佳の兄で、この世界のゲームを創った人よね?」
「そう。私と同じように、アレクも夢を見たんですって」

 四年前。それはイリーナが苗佳の記憶を夢に見たよりも前のことだったが、暖人の記憶には苗佳の記憶のその先があったという。

「細かいことはアレクに直接聞いてほしい。だけど、アレクはずっと、ユニカが死んでしまうバッドエンドを避けるために動いてたのよ。それだけは確かなこと」

 だから、アレクは応えてくれなかったのか。
 だから他の男を見ろと言ったのか。
 攻略対象たちが私に好意を持つように。

「だけどなかなか思うようにはいかなかったみたい。謎の言動のあれこれもそのせい――。まあ、それも本人に直接聞いて。私から語られるのは、アレクも本意じゃないでしょうから」

「イリーナはそれをいつ知ったの?」

「二回目にユニカの家に行ったときよ。ティールームで待っていたらアレクが来たの。私が何をしようとしてるのか意図を探りに来たみたいだった。私がユニカをモテさせたいって話をしたら、あっちから暖人の記憶があるって話をし始めたの。それで、協力しよう、って」

 フリードリヒから聖剣の乙女の話を聞いた日のことだ。
 馬車で家に帰り着いたとき、ちょうどアレクが出てくるところだった。あの時既にイリーナとは話し終えていたんだろう。
 そう言えばあの日、イリーナの様子が少々おかしかったことを思い出す。
 やっと腑に落ちた。

「どうしてすぐに話してくれなかったの? わかってればもっとうまく――」

 言いながらも答えには気づいていた。
 アレクに口止めされていたのだろう。

「アレクがユニカのバッドエンドを回避しようとしてると知ったら、ユニカはアレクが死ぬ通常ルートを回避しようとするでしょう。全力でみんなから嫌われようとするでしょう。あなたが自分よりアレクを選ぶのは誰の目にも明らかだったから。だからそれを伏せたまま、聖剣の乙女としての役割を全うすることに全力を注がせようとしたのよ」

 私は愕然とした。
 私だけが知らなかった事実。
 私がいつもアレクに守られていた事実。

「だけど、アレクだって死ぬつもりじゃなかったと思うわよ。いろいろ考えてるみたいだった。だからフリードリヒたちにもいろいろと入れ知恵してたみたい。ゲームのストーリーにない展開なら、ユニカもアレクも想定から外れてくれるんじゃないかって目論見があったみたいだし。まあ、結局刺されはしたけど、アレクもゲームみたいに即死はしなかったんだから成功したと言っていいんじゃないかしら」

 まだアレクの生死は定かではない。
 ここはゲームの世界ではないから、怪我が一瞬で治ることもなければ、怪我をしたままアレクが帰ってくることもできない。
 待つしかないとはわかっている。
 けれど、その話を聞けばなおさらもどかしかった。
 本当にアレクは無事帰ってくるだろうか。
 アレクは生きて帰って来てくれるだろうか。
 胸がぎゅっと痛んだ。


 早くアレクに会いたい。
 いろいろアレクの口から聞きたい。
 それよりもまず何よりも、アレクが無事だとこの目で実感したかった。
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邪魔者というなら私は自由にさせてもらいますね

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