お父様、ざまあの時間です

佐崎咲

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2.どうやって『ざまあ』するか考えるのが私の趣味でした

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 私の二つ年上の旦那様、ルービス=シガロード伯爵は聞き上手だった。だから私は溜まりにたまったものを吐き出すように、何でも話してしまった。それも初夜に。
 なんてタイミングでなんて話をしてしまったのかと思うけど、おかげで今では私の一番の理解者だった。
 初夜もちゃんと雰囲気たっぷりにやり直してくれた。今でも思い出す度に顔が赤らむほど。
 私には出来過ぎた旦那様だ。
 私がルービスを好きになるのに時間はかからなかった。

 ルービスがこんな私を受け入れてくれたのは、この国の貴族の枠に嵌まらない、とても合理的な考え方をする人だったことが大きいと思う。
 それに柔軟で、行動力もある。この世界の貴族社会の在り方にもやもやを抱いていた私にとって、ルービスは稀有な人だった。
 例えばルービスは、伯爵夫人としての務めを果たすだけでは手持ち無沙汰だった私に、仕事の手伝いをさせてくれた。父にお荷物を押し付けられるようにして結婚した私にも、この邸での存在意義を見出せた。
 毎日活き活きとして、充実していた。

 私達はとても気が合ったし、互いを尊重し合えるいい関係を築けていた。
 ルービスが私を見る目にも、ちゃんと熱がこもっているのを感じていた。
 そこに気持ちがあることを感じられた。 

 幸せだった。

 そんな私たちの元に初めて訪れた父が金の無心をしてきたわけだから、ルービスは始めむっとした。
 ルービスは、私がどんな扱いを受けてきたのかも知っていたから。

 こんなことがあったときのために、かねてから準備は進めていた。
 だから、父に招待されていた今夜のディナーで、一気に片を付けることにした。

 さてさて、場は整いましたよ、お父様。

     ◇

「今日はよく来てくれた。私はシガロード家との繋がりを今後さらに密にしていきたいと考えている。今宵はその第一歩と捉えてくれたらいい。好きなだけ飲み、好きなだけ食べ、楽しんでいってほしい」

 既にお酒で顔を赤くし満面の笑みを浮かべている父に、ルービスはにこりと笑みを返した。

「お誘いいただきありがとうございます。私も妻もこのような機会があればと待ち望んでおりました」

「おお、おお、そうか。ユミリアは顔もそれほどいいわけでもなく、頭もそれほどいいわけでもなく、不出来な娘ではあるが、迷惑をかけてはおらんかな?」

 自分が押し付けた娘の修飾語くらい っておけよ。
 身内を貶して相手を上げるのは日本人的だが、この人の場合は単に貶しているだけ。貶すような人間を嫁にやったのかと文句を言われても仕方のないことなのに、本当に頭に栄養が足りていない。
 酒で分別がつかなくなっているのではなく、最初からこういう人。

「いえいえ、迷惑だなんて滅相もない。ユミリアが来てくれたことを我が家は心から喜んでいるのですよ。おかげで毎日が華やかで、とても楽しく過ごさせていただいております」

 うう、ありがたいけどそれくらいでいいよ、ルービス。
 お世辞だとわかっていても、背中がもぞもぞする。
 私が縮こまっているのに気付いたのか、ルービスが私に笑みを向けてくれる。

「本当だよ」

 私に小さくそう呟いて。
 私は俯いて赤らんだ顔を隠したけれど、ワインをあおる父にはそんなことは見えてもいないだろう。
 父にとっては最後の晩餐になるかもしれない。好きなだけ飲み、好きなだけ食べ、楽しめばいいわ、お父様。

 ワインで口をしめらせて、ルービスが口を開いた。

「ところで。先日制定された法はご存じですか?」

「んん? そんなものあったかな。私は誰からもそんな話は聞いておらんが」

 誰も伝えないはずはないから、父の耳を通過し目が滑っていったのだろう。
 受け取る気がなければ紙はただの紙だ。

「婚外子であるユミリアを大切に大切に育てていらした方には関係のない話ではあると思いますが、この度社交界の風紀を著しく乱す者を取り締まる法律ができたのですよ」

「ほう」

 父の空になったグラスには真っ赤なワインがゆるゆると注がれた。

「ここ十数年というもの、あちこちの貴族があちこちで婚外子を作り、家庭内が乱れるという家が後をたたないのですよ。どこもかしこも義姉妹、義母から虐げられるかわいそうな女児がおり、大きく成長するにつれ、義姉妹間でやったやられたの応酬が続き、王子を巻き込んだり、偽の聖女が現れたり、特に最も困っているのが婚約破棄が乱発されていることです」

「ふーむ、世間ではそのようなことになっておったか。まあよく耳にすることではあったが、二人の娘に素晴らしい相手を見つけてきた私には関係のない話だからな」

「そうですね。しかし世間では、あまりに婚約破棄が繰り返されるため、誰も彼もが疑心暗鬼で誰も結婚したがらないというところまで来ておりまして。これでは秩序も家の存続もあったものではありません」

 まあ、そうだな、と再びグラスをあおった父はさらに顔を真っ赤にして適当に頷いた。

「そこで、今後貴族が婚外子を作ることは一切禁止されました」

 王家の存続のために側室が必要な王族は除いて、という話と、子ができない夫婦など、配偶者が共にそれを認めた場合は届け出を出せばよい、という話は関係のない父の耳は通り過ぎていったことだろう。
 今もご機嫌でワインをあおっている。

「法の制定より以前に生まれている場合でも、きちんと養育しなければ厳罰が下ります。妻や娘たちだけでなく、子を産んだ女性に対しても責任を持って世話をしなければなりません。それら関係者のうち一人でも不満がある場合はその解消に全力で取り組むこと。改善されない場合は当主の座を降りてもらうか、他の家に接収するなど、法に基づき相応の判断が下されます。ざっくりお話しするとこのような感じですね」

「ほう。まあユミリアは婚外子ではあるが、家族の誰からもそのような不満をぶつけられたことはないな。我が家はみな幸せに暮らしておったというわけだ」

 もう過ぎたことと他人事の父は、グラスに再びワインを注がせる。
 不満をぶつけたところでどうにかする甲斐性も持っていないと皆に見抜かれているだけだ。
 何もしてくれない父に期待する方がどうかしている。そんなんでは自分の心身が持たないと皆知っているのだから。
 私が膝の上で握り締めた拳に、ルービスがそっと手を重ねてくれた。
 穏やかな目が私を宥めてくれ、それからルービスは思い出したように戸をちらりと見やった。

「そう言えば。今日は何やら私達の他にも招いている方がおられるそうですね」

あれは機嫌を損ねて部屋から出てはこんし、娘1あれは婿がいなくなってから引きこもったままだ。他には誰も来たりはせんよ」

 そう言ってグラスを置いた父に、ルービスは「はて」と顎に手を添えた。

「今宵は、外に何人もお集まりになっていらっしゃるようですが?」
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