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第3話
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またしばらく経ってファロウ伯爵邸に連れられていくと、今度はルーシーは庭園にいた。
よくわからない行動ばかりとるルーシーだったが、女の子らしく花を愛でたりもするのだなあと感心した。
けれどよくよく見れば、ルーシーは時折にやり、と笑っている。
完全に企んでいる。
何をしているのだろう、とうずくまっているルーシーの傍に行き、「何をしてるの?」とそっと声をかけた。
「罠。」
ただ一言答えたルーシーの手元を見れば、通路に生えていた草と草をつなげて結んでいた。
よく見るとあちこちにある。
そう言えば、先日うちに来ていたときに使用人からまた何やら聞いていたことを思い出した。
『罠、っていうと、兎とか猪とか、そういうのを捕まえるやつか? え? 猪が捕まるような罠? それはちょっと物騒だし、特別な道具も必要になるからなあ。兎なら、そこらの草と草を結んでおけばいいさ。勝手につまずいて転ぶから見てな。だけどお邸に兎も猪も出やしないだろう? 何のためにそんなこと聞くんだい』
ルーシーがなんと答えていたのかはわからない。
ただ、こうしてファロウ伯爵邸の庭園でこんなものをこしらえているということは、兎が出るのだろうか。
「あ。そろそろ来る。隠れるよ」
ぱっと何かに気付いたルーシーは、私の手を掴んで走り出した。
温室の陰に隠れると、ルーシーはそっと目だけを出すようにして罠の辺りを見張った。
同じようにしてルーシーの視線の先を探っていると、やがてファロウ伯爵夫人が侍女を二人引き連れてやってきた。
またか。
正直私はそう思った。
夫人は見事に罠に嵌まり、「きゃああっ!」と悲鳴を上げ、つんのめった。
「もうっ、なんなの?! ちゃんと手入れをしておきなさい!」
辛うじて転倒はせずに済んだものの、苛立ち声を荒げた夫人に、付き従っていた侍女たちはおろおろと頭を下げた。
しかししばらく歩いてまたつんのめる。
「ちょっ……、誰?! わざとね?!」
夫人は苛立たしげに足元を何度も見たけれど、絶妙な加減で結ばれていた草はぷちりと切れていて、ルーシーの悪だくみの跡は見当たらなくなっているようだった。
夫人は重そうに膨らんだドレスの裾で足元が見えなかったのだろう。
「ルーシー……、また、あの子の仕業ね……?」
冷たい声がわなわなと震えて、きっと周囲を睨み渡した。
そこまでを見届けたルーシーはさっと頭を引っ込め、私の手を掴んで再び走り出した。
温室沿いをくるりと回って邸の中へと入ると、お茶を飲みながら談笑を交わす父の元へと送り届けられた。
「おお、どうしたクラン。ルーシーと遊んでいたのか?」
「はい。クランは私が花摘みをしていたのを手伝ってくれたのです。楽しい時を過ごせました」
そう言って淑女の礼をとると、ルーシーは私を置いてそのまま退室して行ってしまった。
もしかして、体よく追い払われたのだろうか。
この後彼女はどうするつもりかと気になったけれど、さすがに追いかけるわけにはいかない。
「いやあ、ルーシーはあまり周りに心を開かなくて心配していたが、やはり年の近い者同士だと話も弾むのだろう。久しぶりに楽しげなあの子を見たよ」
私にはあまりいつもと変わって見えなかったが、あれで楽しい顔をしていたのだろうか。
ファロウ伯爵の言葉に、私は内心で思わず首を傾げてしまった。
他にも彼女はいろいろな物や情報を我が家で仕入れては持ち帰り、試していた。
彼女が何かしているのを見かけると、私は声をかけるようになった。
だが何のためにそれをしているのかわからないまま手伝っていると、大抵それは罠で、そしてまた何故か必ずと言っていいほどファロウ伯爵夫人が引っ掛かった。
その度に『大人の女の人が怒ると本当は怖いんだな』と思い知らされた。
いつの間にか観察と言うよりは傍で手伝ったり見守ったりするようになっていたけれど、相変わらず彼女はよくわからないままだった。
けれど、その目的についてはやっとわかった。
火を自分で起こして干し肉を食べる。そして数々の罠。
それらを合わせて考えれば、おのずと答えは導き出された。
旅に出るための準備をしているのだ。
ルーシーは冒険者になりたいのだろう。
いたずらそうに笑うあの顔を見れば、なおさらそうだとしか思えない。
そう思っていたのに、だんだんとルーシーの奇行は見られなくなっていった。
家にこもることが多くなり、そのうち邸の中でもあまり見かけなくなった。
あんなに実験や罠づくりにのめりこんでいたのに、何故だろう。
けれど少し考えればわかることだった。
そもそもルーシーは伯爵令嬢だ。
どんなに突飛な行動をする子だったとしても、準備をしたとしても、冒険者になんてなれるわけがない。
許されるわけがないのだと。
そんなことはわかりきっていたはずなのに、楽しそうに企むルーシーを見ていたら、なんでもできそうな気になってしまっていた。
そしてある日、ファロウ伯爵家にお邪魔していた私は不意に聞いてしまった。
「あなたは本当にダメな子ね。タスクード伯爵家に嫁ぐのだから、しっかりしなければならないのよ。もうそんな我儘は捨てなさい」
我が家の家名を持ち出されたお説教に、私は全身が冷えるような思いだった。
そうだ。
彼女の自由を奪っているのは、何より私との結婚なのだ。
そのために淑女たれと、いたずらな彼女は封印させられているのだ。
日に日に元気を失うルーシーを見ていられず、私はついに彼女に婚約解消を申し出た。
十二歳の時だった。
思えば私は幼すぎたのだ。色々なことを考え、戦っていた彼女と比べて、あまりにも。
よくわからない行動ばかりとるルーシーだったが、女の子らしく花を愛でたりもするのだなあと感心した。
けれどよくよく見れば、ルーシーは時折にやり、と笑っている。
完全に企んでいる。
何をしているのだろう、とうずくまっているルーシーの傍に行き、「何をしてるの?」とそっと声をかけた。
「罠。」
ただ一言答えたルーシーの手元を見れば、通路に生えていた草と草をつなげて結んでいた。
よく見るとあちこちにある。
そう言えば、先日うちに来ていたときに使用人からまた何やら聞いていたことを思い出した。
『罠、っていうと、兎とか猪とか、そういうのを捕まえるやつか? え? 猪が捕まるような罠? それはちょっと物騒だし、特別な道具も必要になるからなあ。兎なら、そこらの草と草を結んでおけばいいさ。勝手につまずいて転ぶから見てな。だけどお邸に兎も猪も出やしないだろう? 何のためにそんなこと聞くんだい』
ルーシーがなんと答えていたのかはわからない。
ただ、こうしてファロウ伯爵邸の庭園でこんなものをこしらえているということは、兎が出るのだろうか。
「あ。そろそろ来る。隠れるよ」
ぱっと何かに気付いたルーシーは、私の手を掴んで走り出した。
温室の陰に隠れると、ルーシーはそっと目だけを出すようにして罠の辺りを見張った。
同じようにしてルーシーの視線の先を探っていると、やがてファロウ伯爵夫人が侍女を二人引き連れてやってきた。
またか。
正直私はそう思った。
夫人は見事に罠に嵌まり、「きゃああっ!」と悲鳴を上げ、つんのめった。
「もうっ、なんなの?! ちゃんと手入れをしておきなさい!」
辛うじて転倒はせずに済んだものの、苛立ち声を荒げた夫人に、付き従っていた侍女たちはおろおろと頭を下げた。
しかししばらく歩いてまたつんのめる。
「ちょっ……、誰?! わざとね?!」
夫人は苛立たしげに足元を何度も見たけれど、絶妙な加減で結ばれていた草はぷちりと切れていて、ルーシーの悪だくみの跡は見当たらなくなっているようだった。
夫人は重そうに膨らんだドレスの裾で足元が見えなかったのだろう。
「ルーシー……、また、あの子の仕業ね……?」
冷たい声がわなわなと震えて、きっと周囲を睨み渡した。
そこまでを見届けたルーシーはさっと頭を引っ込め、私の手を掴んで再び走り出した。
温室沿いをくるりと回って邸の中へと入ると、お茶を飲みながら談笑を交わす父の元へと送り届けられた。
「おお、どうしたクラン。ルーシーと遊んでいたのか?」
「はい。クランは私が花摘みをしていたのを手伝ってくれたのです。楽しい時を過ごせました」
そう言って淑女の礼をとると、ルーシーは私を置いてそのまま退室して行ってしまった。
もしかして、体よく追い払われたのだろうか。
この後彼女はどうするつもりかと気になったけれど、さすがに追いかけるわけにはいかない。
「いやあ、ルーシーはあまり周りに心を開かなくて心配していたが、やはり年の近い者同士だと話も弾むのだろう。久しぶりに楽しげなあの子を見たよ」
私にはあまりいつもと変わって見えなかったが、あれで楽しい顔をしていたのだろうか。
ファロウ伯爵の言葉に、私は内心で思わず首を傾げてしまった。
他にも彼女はいろいろな物や情報を我が家で仕入れては持ち帰り、試していた。
彼女が何かしているのを見かけると、私は声をかけるようになった。
だが何のためにそれをしているのかわからないまま手伝っていると、大抵それは罠で、そしてまた何故か必ずと言っていいほどファロウ伯爵夫人が引っ掛かった。
その度に『大人の女の人が怒ると本当は怖いんだな』と思い知らされた。
いつの間にか観察と言うよりは傍で手伝ったり見守ったりするようになっていたけれど、相変わらず彼女はよくわからないままだった。
けれど、その目的についてはやっとわかった。
火を自分で起こして干し肉を食べる。そして数々の罠。
それらを合わせて考えれば、おのずと答えは導き出された。
旅に出るための準備をしているのだ。
ルーシーは冒険者になりたいのだろう。
いたずらそうに笑うあの顔を見れば、なおさらそうだとしか思えない。
そう思っていたのに、だんだんとルーシーの奇行は見られなくなっていった。
家にこもることが多くなり、そのうち邸の中でもあまり見かけなくなった。
あんなに実験や罠づくりにのめりこんでいたのに、何故だろう。
けれど少し考えればわかることだった。
そもそもルーシーは伯爵令嬢だ。
どんなに突飛な行動をする子だったとしても、準備をしたとしても、冒険者になんてなれるわけがない。
許されるわけがないのだと。
そんなことはわかりきっていたはずなのに、楽しそうに企むルーシーを見ていたら、なんでもできそうな気になってしまっていた。
そしてある日、ファロウ伯爵家にお邪魔していた私は不意に聞いてしまった。
「あなたは本当にダメな子ね。タスクード伯爵家に嫁ぐのだから、しっかりしなければならないのよ。もうそんな我儘は捨てなさい」
我が家の家名を持ち出されたお説教に、私は全身が冷えるような思いだった。
そうだ。
彼女の自由を奪っているのは、何より私との結婚なのだ。
そのために淑女たれと、いたずらな彼女は封印させられているのだ。
日に日に元気を失うルーシーを見ていられず、私はついに彼女に婚約解消を申し出た。
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思えば私は幼すぎたのだ。色々なことを考え、戦っていた彼女と比べて、あまりにも。
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