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第十五章 金子祐子の憂鬱
開花はせど結実せぬ花 二輪
しおりを挟む「あの子を引き取り、世話を始めたのは。あの子が背負う影に自分を重ねたからかも知れません。ですが暗い闇をさ迷う子供の、如何ばかりとは言えど、力に成りたいと謂う考えから出た事。それには些かの偽りもございません。」
笑顔の下の怯える何かにシンパシーを感じた。 自分と同じでは、と。 意味を捉え間違ったのか。
血の繋がりなど疑う筈もなく、魂の片割れ、蛤の地貝で有りなん。 一対であると。
「たいした収入の無い私には、一人の子供の側に居て、ただ見守る、その程度の事しか出来なくて。それが、あの子であったと云うことです。あの子がこんなに愛おしい……いえ、大事に思える存在に成るとは思いもしませんでしたが。」
嗚呼ああ愛おしい透。 貴方が今の私の全て。
だから手許に……それが許されぬ事だなんて。
「彼がしたいこと、進みたい方向に歩いてくれたなら。それが一番良いことで。立身出世等も彼が望まないのであれば、私にとっても幾らも価値が無いのです。」
「勿論それはそうでしょう、本人の意向を聴いてから。それが順序というものですとも。貴女がどんなに寛容な心で接して来られたのたかについては……色々な方から窺い知っておりますよ。どれ程大事に、実弟と知らず。姉と弟以上……或いは母の様にでしょうか、お察し致します。だからこそ。だからこそ、余計に、祐子様にも幸せを掴んで頂きたい、と僕は考えるのです。」
何を伝えたいのか、部分部分で熱を帯びたそれが違和感を感じさる。
「御主人の金田さんにもお会いして来ました。非常に云いにくい事ですが御主人は、既に結婚生活は破綻している、とおっしゃっておいでで。祐子様には、伴に歩みたいと念える男性が見付かる事を、心より願っている。そうお考えでいらした。貴女は未だお若く美しいのですから、その気がお有りならば幾らでも……」
俄かに藍澤の声のトーンが変わる。 大概、男とは。夫と別居している女をこういう風にしか見ないものなのか。 私が幾つに為れば、この手の目から解放されるのだろう。
「あの方は慈悲で籍を置いてくれているに過ぎません。籍を抜けば中嶋姓に戻される、それが日本の法律でしょう?であるから私が望まない限り、其のままにしてくれる。会ったのであれば、御聞き及んでらっしゃるのでは?結婚自体が私を、中嶋家、あの家から救い出す為に講じた究極の選択だったと。『結婚への召し出しは創造主によって造られた男女の本性に刻みこまれている』『神が結び合わせてくださったものを人が離してはならない』聖婚をした私共に、元来離婚など許されることで無いのです。それに友人としての信頼は互いに変わらず今も持っておりますのよ。」
身を熱くした愛憎はもう無い。 既に昇華され晋人さんへは、敬いと感謝の念しかない。
迷える羊を救い出してくれた聖なる使徒。 踏み出す妻先を灯してくれる師。 初恋のひと。 私を……。
報われることない女として縁の無いぬかるむ湿原に壓し沈めた人……。
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