タブー的幻想録

ももいろ珊瑚

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第十六章 聖人は薔薇の耽美の中に

迷える心に添えるようにと思う

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 泣くのを必至に堪えているのだろう、目は赤く為り頬が強張っている。

「私と父の関係はご存知でしょう。」

 (矢張りそうか)

「養女でいらっしゃることは知っておりますよ。お父様に何か無理を言われたのですか? 家に戻れと申されたのかあの方は。」

「いいえそのような事ではございません。確かにそれは家を離れて以来ずっと言われていますけれど、その事ではありません。ですが寧ろ私は。叶うことなら戻りたく無い! このまま、あの人の手から逃れたい。」

 ここまで言って我慢できずに彼女は泣き出した。

 (何があったと云うんだ。こんなにも哀しみに沈んで。貴女あなたに何が)

「安心なさい。何を聞いても誰にも言わない。全部を私に吐き出しなさい。私はその為に此処にいるのですから。」

 躊躇はしなかった、彼女の肩を抱きしめた。

 (女の人の体こんなに華奢なものなのか、彼女が哀しみにくれているからだろうか、子供と大差ない心許無い肩。そう謂えば彼女は甘えてきた事は無かったな、他の人達に甘えていた姿も見たことが無い様に思える、無邪気に笑う姿もだ)


 雨が、降り始めた。
 それはぽつぽつから途端に夕立に替わった。
 彼女が泣き止むには未だ時間が掛かりそうだった。 夏とは云え濡れ鼠に為っては風邪をひかせてしまう。

 彼女が離れるのを嫌い、嫌々する様に胸に顔を擦り付けるのを宥めながら、一先ず傍に在る東屋まで連れて来る事は出来た。

 頭や肩はすっかり降雨を吸ってしまっていた。
 ポケットから取り出したハンカチーフで髪を拭いてやると、彼女は驚いた様に両手を私の背中から外して跳び退いた。

「私ったら、なんてこと、ごめんなさい。縋り付くなんて、いけない事をしてしまって。」

「何を言ってるのですか。私が抱き寄せたのですよ、胸を貸したのはこちらからです。それに気になさる事でも無い。いつだってこうして私に吐き出してくれて良かったのに。何かを抱えておられると前から感じていました、私は待っていたのですよ。もっとお話しましょう。」

 祐子ゆうこさんが真っ赤な顔で、アーモンドの様な目をより大きくさせてじっと私を見上げた。

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