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第6章 ヴァルメリア
第29話 市場裏倉庫での決戦
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翌日――ヴァルメリアの市場は、温かい陽光に包まれた平和そのものの光景を見せていた。
色とりどりの露店からは香ばしい焼き菓子や異国の香辛料の芳醇な香りが心地よく漂い、買い物客たちが満足そうな笑顔で行き交っている。商人たちの明るい呼び込みの声、子供たちの無邪気な笑い声、荷車の軋む音が混じり合って、活気に満ちた日常の交響曲を奏でている。だが俺たちは、この華やかで平和な表層の下に潜む暗く恐ろしい流れの存在を知っている。昨夜の危険な潜入で判明した「裏倉庫の存在」が、この活気ある市場のすぐ裏側にあるとは実に皮肉な話だ。
「……昼間に強行突入するのは現実的じゃないな」
バルグが人々の自然な動きを観察しながら、戦士としての経験に基づいて低く言う。
「そうね。表向きは完全に普通の商業倉庫だもの。夜に毒物を運び出してるなら、潜入作戦はやっぱり日没後が最適よ」
リィナが的確に頷き、薬草袋を肩にかけ直す。昼間の偵察で得た情報を整理しているようだ。
俺はというと――近くの菓子屋の露店から漂う甘くて魅惑的な匂いに、思わず鼻(正確には嘴)をひくつかせていた。袋いっぱいの焼き菓子を抱えて意気揚々と戻ってくる自分の理想的な未来像が、頭の中で鮮やかに再生される。
「……鳥さん、もう一度言うけど任務中だからね」
「わかってる。完全にわかってるとも」
もちろん、全然わかってない。心の半分は既に甘味のことで占められている。
◆
夜が深まり――再び目立たない黒い外套に身を包んだ二人と合流し、俺たちは市場裏の薄暗い路地へと慎重に足を踏み入れた。昼間の賑やかな喧騒が嘘のように、裏通りは物音ひとつなく静寂に包まれている。石畳に足音が響かないよう、全員が細心の注意を払って移動する。
目標の裏倉庫の前には、予想通り二人の見張りが無言で立っていた。昨夜の塔の衛兵よりも粗暴で危険な雰囲気を醸し出しており、手には使い込まれた刃こぼれの多い片刃剣をぶら下げている。明らかに実戦経験豊富な荒くれ者たちだった。
「正面から一気に倒すか?」
バルグが愛用の戦斧を肩に担ぎながら、戦士らしい直截的な提案をする。
「いや、騒ぎになって増援を呼ばれる前に、静かに片付ける」
俺は翼を広げて屋根伝いに大きく回り込み、見張りたちの完全な死角である背後から音もなく急降下する。翼の一撃で見張りの一人を壁際に強く押し込み、脳震盪で気絶させた。もう一人は気づいて振り返ったが、バルグが素早く接近して軽く殴っただけで意識を失って沈黙した。
リィナが昨夜に手に入れた鍵を慎重に差し込み、周囲を警戒しながら重い扉をゆっくりと開ける。
◆
倉庫内部は、外見からは到底想像もできないほど整然と組織化されていた。大小様々な木箱がまるで軍事倉庫のようにきっちりと積まれ、人が通れる通路まで計算し尽くされた効率的な配置になっている。その一角には、黒羽同盟の不吉な刻印が押された毒物の樽が数十個も規則正しく並んでいた。
「……この恐ろしい量、下手をしたら都市全体の水源を汚染できるわ」
リィナが薬師として深刻な表情で眉をひそめる。
その時、倉庫の奥の暗がりから複数の足音が統率を取って近づいてきた。
現れたのは、昨夜の塔で取り逃がした黒装束の男――しかも今回は六人の屈強な部下を引き連れている。全員が武装しており、明らかに戦闘準備を整えていた。
「ほう……鳥ごときがこんな重要な場所まで辿り着くとはな」
「鳥ごときって失礼なことを言うな。俺は糖分を深く愛する高等生命体だ」
余計なことを口走ってしまった。バルグの肩が微かに震えているのが見える。
◆
狭い倉庫内での激しい戦闘が一気に始まった。
バルグが得意の正面突撃で敵の注意を引きつけ、俺が上空から急襲攻撃を仕掛け、リィナは正確な矢で敵の武器を狙って動きを封じる。三方向からの同時攻撃という完璧な連携だった。
暗殺者たちの動きは確かに素早く訓練されているが、予想外の三方向からの立体的な攻撃に完全に対応しきれず、次々と床に倒れていく。
最後の一人をバルグが力任せに壁に叩きつけた瞬間――
戦闘の衝撃で樽の山が不安定に揺れ始めた。
「うわっ、これはやばい!」
俺は慌てて翼でバランスを取り、崩れそうな樽を必死に支えようとして……うっかり一つを嘴で押してしまった。
ゴロゴロゴロ……と樽が床を転がり、中から意外なものが転げ出てきた。毒物ではなく、色とりどりの干し果物の豪華な詰め合わせだった。
「……毒じゃないのか?」
「たぶん、表向きの偽装用ね。本物の毒物と見分けがつかないように混ぜてあるのよ」
リィナがため息混じりに冷静に分析する。
「……これは重要な証拠として回収する必要がある」
「はいはい、証拠として回収ね」
リィナの呆れた視線が痛いが、干し果物は確保した。
◆
激しい戦闘の後、俺たちは決定的な証拠となる毒物樽と、生け捕りにした暗殺者二人を引き連れ、密かに衛兵隊の信頼できる隊長の元へ引き渡した。長時間の尋問と証拠品の分析により、黒羽同盟の組織構造の一部が明らかになるだろう。
これでヴァルメリア内部の毒物流通ルートは一時的に完全に断たれたはずだ。少なくとも数週間は、この都市への毒物供給は停止する。
だが、最大の脅威である刺青の男の姿は相変わらず見えない――あの恐ろしい本当の敵は、必ずどこかで鋭い牙を剥いて反撃してくるだろう。
戦利品の干し果物を嘴にくわえながら、俺は星空を見上げた。
――甘味と危険は、どうやらいつもセットでやってくるらしい。だが、それもまた人生の醍醐味というものかもしれない。
色とりどりの露店からは香ばしい焼き菓子や異国の香辛料の芳醇な香りが心地よく漂い、買い物客たちが満足そうな笑顔で行き交っている。商人たちの明るい呼び込みの声、子供たちの無邪気な笑い声、荷車の軋む音が混じり合って、活気に満ちた日常の交響曲を奏でている。だが俺たちは、この華やかで平和な表層の下に潜む暗く恐ろしい流れの存在を知っている。昨夜の危険な潜入で判明した「裏倉庫の存在」が、この活気ある市場のすぐ裏側にあるとは実に皮肉な話だ。
「……昼間に強行突入するのは現実的じゃないな」
バルグが人々の自然な動きを観察しながら、戦士としての経験に基づいて低く言う。
「そうね。表向きは完全に普通の商業倉庫だもの。夜に毒物を運び出してるなら、潜入作戦はやっぱり日没後が最適よ」
リィナが的確に頷き、薬草袋を肩にかけ直す。昼間の偵察で得た情報を整理しているようだ。
俺はというと――近くの菓子屋の露店から漂う甘くて魅惑的な匂いに、思わず鼻(正確には嘴)をひくつかせていた。袋いっぱいの焼き菓子を抱えて意気揚々と戻ってくる自分の理想的な未来像が、頭の中で鮮やかに再生される。
「……鳥さん、もう一度言うけど任務中だからね」
「わかってる。完全にわかってるとも」
もちろん、全然わかってない。心の半分は既に甘味のことで占められている。
◆
夜が深まり――再び目立たない黒い外套に身を包んだ二人と合流し、俺たちは市場裏の薄暗い路地へと慎重に足を踏み入れた。昼間の賑やかな喧騒が嘘のように、裏通りは物音ひとつなく静寂に包まれている。石畳に足音が響かないよう、全員が細心の注意を払って移動する。
目標の裏倉庫の前には、予想通り二人の見張りが無言で立っていた。昨夜の塔の衛兵よりも粗暴で危険な雰囲気を醸し出しており、手には使い込まれた刃こぼれの多い片刃剣をぶら下げている。明らかに実戦経験豊富な荒くれ者たちだった。
「正面から一気に倒すか?」
バルグが愛用の戦斧を肩に担ぎながら、戦士らしい直截的な提案をする。
「いや、騒ぎになって増援を呼ばれる前に、静かに片付ける」
俺は翼を広げて屋根伝いに大きく回り込み、見張りたちの完全な死角である背後から音もなく急降下する。翼の一撃で見張りの一人を壁際に強く押し込み、脳震盪で気絶させた。もう一人は気づいて振り返ったが、バルグが素早く接近して軽く殴っただけで意識を失って沈黙した。
リィナが昨夜に手に入れた鍵を慎重に差し込み、周囲を警戒しながら重い扉をゆっくりと開ける。
◆
倉庫内部は、外見からは到底想像もできないほど整然と組織化されていた。大小様々な木箱がまるで軍事倉庫のようにきっちりと積まれ、人が通れる通路まで計算し尽くされた効率的な配置になっている。その一角には、黒羽同盟の不吉な刻印が押された毒物の樽が数十個も規則正しく並んでいた。
「……この恐ろしい量、下手をしたら都市全体の水源を汚染できるわ」
リィナが薬師として深刻な表情で眉をひそめる。
その時、倉庫の奥の暗がりから複数の足音が統率を取って近づいてきた。
現れたのは、昨夜の塔で取り逃がした黒装束の男――しかも今回は六人の屈強な部下を引き連れている。全員が武装しており、明らかに戦闘準備を整えていた。
「ほう……鳥ごときがこんな重要な場所まで辿り着くとはな」
「鳥ごときって失礼なことを言うな。俺は糖分を深く愛する高等生命体だ」
余計なことを口走ってしまった。バルグの肩が微かに震えているのが見える。
◆
狭い倉庫内での激しい戦闘が一気に始まった。
バルグが得意の正面突撃で敵の注意を引きつけ、俺が上空から急襲攻撃を仕掛け、リィナは正確な矢で敵の武器を狙って動きを封じる。三方向からの同時攻撃という完璧な連携だった。
暗殺者たちの動きは確かに素早く訓練されているが、予想外の三方向からの立体的な攻撃に完全に対応しきれず、次々と床に倒れていく。
最後の一人をバルグが力任せに壁に叩きつけた瞬間――
戦闘の衝撃で樽の山が不安定に揺れ始めた。
「うわっ、これはやばい!」
俺は慌てて翼でバランスを取り、崩れそうな樽を必死に支えようとして……うっかり一つを嘴で押してしまった。
ゴロゴロゴロ……と樽が床を転がり、中から意外なものが転げ出てきた。毒物ではなく、色とりどりの干し果物の豪華な詰め合わせだった。
「……毒じゃないのか?」
「たぶん、表向きの偽装用ね。本物の毒物と見分けがつかないように混ぜてあるのよ」
リィナがため息混じりに冷静に分析する。
「……これは重要な証拠として回収する必要がある」
「はいはい、証拠として回収ね」
リィナの呆れた視線が痛いが、干し果物は確保した。
◆
激しい戦闘の後、俺たちは決定的な証拠となる毒物樽と、生け捕りにした暗殺者二人を引き連れ、密かに衛兵隊の信頼できる隊長の元へ引き渡した。長時間の尋問と証拠品の分析により、黒羽同盟の組織構造の一部が明らかになるだろう。
これでヴァルメリア内部の毒物流通ルートは一時的に完全に断たれたはずだ。少なくとも数週間は、この都市への毒物供給は停止する。
だが、最大の脅威である刺青の男の姿は相変わらず見えない――あの恐ろしい本当の敵は、必ずどこかで鋭い牙を剥いて反撃してくるだろう。
戦利品の干し果物を嘴にくわえながら、俺は星空を見上げた。
――甘味と危険は、どうやらいつもセットでやってくるらしい。だが、それもまた人生の醍醐味というものかもしれない。
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