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第6章 ヴァルメリア
第34話 港封鎖と影の策
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翌朝――。
港湾管理局の執務室に足を踏み入れると、張り詰めた空気が肌を刺した。衛兵隊長や港の責任者たちが険しい表情で集まり、夜通し続いた緊急会議の疲れが皆の顔に刻まれている。窓から差し込む朝陽が、机上に広げられた地図を金色に照らしていた。
机の上には昨夜確認された暗号信号の位置と、密かに出港した三隻の航路予測が記された詳細な海図が展開されている。赤いインクで引かれた予想航路は、まるで血管のように港から四方八方に伸びていた。
「港の封鎖を提案する。最低でも三日間、出入りを制限し、積荷検査を徹底するべきだ」
バルグの声は普段の豪快さとは異なり、冷静で切迫感に満ちていた。彼の提案を受け、衛兵隊長は深いしわを刻んだ額に手を当てながら苦い顔をする。
「市民生活や貿易に影響は出るが……今は背に腹は代えられん。商人ギルドからは猛抗議が来るだろうが、街の安全には代えられない」
こうして、ヴァルメリア建国以来でも異例の港封鎖作戦が発動された。
昼間は検問所での厳重な積荷検査、夜間は港全体を巡回船と監視塔からの見張りで二重に封鎖するという徹底ぶりだ。港に出入りする全ての船舶は強制的に停船検査を受け、積荷から船員一人一人まで身元を確認される。普段なら活気に満ちた港の風景は、武装した兵士たちの姿で一変していた。
◆
俺は日没から明け方までの港上空監視を担当することになった。
翼を持つ俺にとって、高度からの偵察は他の誰にもできない役割だ。海からの侵入者や不審船の動きは、鷲の眼であれば月明かり程度でも見逃すことはない。風の流れを読み、潮の匂いを嗅ぎ分け、わずかな物音でも異変を察知できる。夜の港を見下ろしながら、俺は自分の翼に新たな責任の重さを感じていた。
リィナは港近くの倉庫街で物資検査の補助を行うことになった。薬師としての知識を活かし、怪しい原料や薬品、さらには毒物の類いまで即座に判別する役目だ。彼女の鋭い嗅覚と薬学の知識は、隠匿された危険物を見つけ出すには欠かせない。
「怪しい薬草や鉱物があれば、どんなに巧妙に隠されていても見つけ出してみせる」
リィナの瞳には静かな決意が宿り、その横顔は普段の穏やかさとは違う、戦士としての凛々しさを見せていた。
バルグは港湾封鎖の要となる南側の桟橋で、武装部隊の指揮を任された。彼の戦闘経験と統率力は、もしもの事態に備えた最後の砦となる。大斧を背負った彼の姿は、それだけで不審者たちへの強力な威嚇となっていた。
港封鎖の初日は順調に進んだ。
夕刻になると、俺は翼を広げて港の上空へと舞い上がった。眼下に広がる港は、普段とは違う厳戒態勢の中にある。松明の明かりが規則正しく配置され、巡回する兵士たちの足音が石畳に響いている。検問所では長蛇の列ができ、商人たちが苛立ちながらも検査に応じていた。
夜風が翼を撫でていく。海の匂いに混じって、街の生活の匂い――パンを焼く匂い、魚を干す匂い、そして人々の汗と不安の匂いがする。普段なら夜遅くまで響いている酒場の喧騒も、今夜はどこか抑制されたものだった。
月が中天に昇る頃、港に静寂が訪れた。時折、波が防波堤に打ち付ける音と、見張りの兵士たちが交代する際の短い会話が聞こえるだけだ。巡回船の櫓を漕ぐ音が規則正しく響き、監視塔の松明が海面に揺れる光の道を作っている。
大きな混乱もなく夜が更けていった――しかし、この静寂こそが嵐の前の静けさだったのだ。
二日目の深夜、俺が港の東側を旋回していた時だった。
「西門側で大規模な火災! 倉庫が数棟燃えている!」
緊急の伝令が響いた瞬間、俺は翼をはためかせて現場へ急行した。西の空が不気味な橙色に染まり、黒煙が立ち上っている。風下からでも焦げ臭い匂いが漂ってきて、火災の規模の大きさを物語っていた。炎は既に三棟の倉庫を包み、隣接する建物にも延焼の危険が迫っている。
しかも、その火災現場は偶然にも――いや、偶然ではない――黒羽同盟の過去の活動拠点と目されていた廃倉庫街のすぐ隣だった。
上空から見下ろすと、炎の明るさに照らされて蠢く黒い影がいくつも見える。彼らは火事による混乱を最大限に利用していた。消火活動に当たる人々の間を縫うように動き回り、誰もが火災対応に気を取られている隙を狙っている。
◆
現場に駆けつけると、そこには予想していた光景があった。
炎に照らされて動く黒装束の影――しかし、彼らの行動は略奪や逃走ではなく、火事の混乱に紛れて何かを地下から運び出すことに集中している。重そうな木箱や布に包まれた細長い物体を、手際よく馬車に積み込んでいる。その動きには訓練された組織的な統制があり、単なる盗賊団ではないことは明らかだった。
「港封鎖は囮だったか……!」
バルグの声が怒りで低く響く。彼とリィナも現場に駆けつけ、三人で包囲陣を形成した。リィナの弓が月光に鈍く光り、バルグの戦斧が炎を映して赤く輝いている。
炎の向こう側、煙が立ち込める中心に立っていたのは、長身で片目に黒い眼帯をつけた女剣士だった。銀髪が炎の光を反射して金色に輝き、黒装束の上に纏った外套が風になびいている。腰に下げた細身の剣は、柄に宝石が埋め込まれており、明らかに一級品だ。彼女の存在感は、周囲の部下たちとは格が違っていた。
黒羽同盟の幹部格と見られるその女は、俺たちを一瞥すると挑発的な笑みを浮かべた。
「港で待っている間に、こちらは必要な荷を運び出す。実に効率的だろう?」
その言葉には余裕と嘲笑が込められていた。彼女の隻眼が炎の光を映し、獲物を見つめる肉食獣のような鋭さを放っている。眼帯で隠された方の目に、どんな傷があるのか――それもまた彼女の戦歴を物語っているようだった。
その言葉と同時に、周囲の黒装束たちが一斉に包囲網を狭めてくる。
数を数える暇もない。少なくとも十五人、いや二十人はいるだろう。全員が武装しており、動きに無駄がない。訓練された戦闘集団だ。中には弓を構えた者もいれば、双剣を構えた者、長槍を持った者もいる。まさに多様な武器構成で、あらゆる戦術に対応できる布陣だった。
火の粉が舞う中、俺は翼を大きく広げた。翼の影が炎の光で地面に大きく映り、威嚇の効果を狙う。リィナは既に弓を構え、矢筒から毒矢を取り出している。その矢尻に塗られた毒は、彼女が調合した特製のもので、一撃で敵を無力化する威力を持つ。バルグは愛用の戦斧を担ぎ上げ、低い構えから敵を睨み据えた。
「港も、街も……両方守る!」
俺はそう叫び、炎と影の渦中へと飛び込んだ。
翼を羽ばたかせて上昇すると同時に、眼下の敵の配置を瞬時に把握する。女剣士を中心に扇形に展開した黒装束たち。彼らの武器は剣、短槍、弓――多様だが統制がとれている。俺が空中戦を担当し、リィナとバルグが地上で挟み撃ちにする作戦だ。
俺は急降下で最初の敵に襲いかかった。
黒装束の男が弓を構えた瞬間、俺の爪が彼の肩を掴む。そのまま上空に運び上げ、三メートルほどの高さから地面に落とした。鈍い音と共に男はうめき声を上げて動かなくなる。骨が折れる音が聞こえたが、致命傷ではない――俺は殺すつもりはなく、無力化に留めている。
しかし、敵も空中戦への対策を講じていた。複数の弓手が同時に矢を放ち、俺の翼を狙う。風切り音が耳をかすめ、翼の羽根を一本かすっていく。翼に傷を負えば飛行能力に影響する――俺は急上昇して矢の射程外に逃れた。
「させるか!」
リィナの放った毒矢が弓手の一人に命中し、男は痙攣を起こして倒れた。彼女の毒は即効性があり、相手を確実に無力化する。意識は残るが筋肉が麻痺し、数時間は動けなくなる調合だ。
バルグは正面から敵陣に突進し、戦斧を大きく振り回す。黒装束の剣士が迎撃しようとするが、バルグの力は圧倒的だった。金属のぶつかり合う音が炎の燃え盛る音に混じって響く。剣では戦斧の重量を支えきれず、敵の武器が折れる音がした。
戦闘が激化する中、眼帯の女剣士は冷静に状況を観察していた。
彼女は懐から小さな笛を取り出し、短く鋭い音を鳴らす。すると、まだ無傷だった黒装束たちが一斉に後退を始めた。統制の取れた撤退だ――彼らは最初から長期戦をするつもりはなかったのだ。
「撤退の合図か……!」
俺は急降下で女剣士に向かう。しかし、彼女の反応は素早かった。細身の剣を抜いて俺の爪を受け流し、同時に体を回転させて距離を取る。その剣技は流麗で、一瞬の隙もない。
「翼の騎士か……噂通りの腕前だな」
女剣士の声には敬意と警戒が混じっていた。彼女の剣技は一流で、俺の攻撃をことごとく見切っている。片目でありながら、その動体視力と反射神経は常人を遥かに超えている。
しかし、時間は俺たちに味方していた。火災により町の住民たちが避難し、衛兵隊の増援も駆けつけてくる。女剣士もそれを理解しているようで、撤退の準備を急いでいる。
「今日のところはここまでだ。だが、これで終わりではない」
女剣士は剣を鞘に収めると、背後の馬車に飛び乗った。既に部下たちの多くが撤退を完了しており、荷物の積み込みも終わっている。彼らの目的は最初から荷物の回収であり、俺たちとの戦闘は時間稼ぎに過ぎなかったのだ。
「待て!」
俺が追撃しようとした瞬間、女剣士が何かを地面に投げつけた。煙玉だ――濃い黒煙が一瞬で視界を遮り、俺は方向感覚を失った。煙が晴れた時には、黒装束の一団は既に夜の闇に消えていた。
後に残ったのは、燃え盛る倉庫と、地面に倒れた数人の黒装束たちだけだった。彼らは意識を失っているか毒で動けない状態で、尋問の材料にはなるだろう。しかし、肝心の荷物と幹部は逃げられてしまった。
「くそっ……」
バルグが地面を踏み鳴らし、悔しさを露わにする。リィナも表情を曇らせていたが、すぐに気持ちを切り替えて倒れた敵の手当てに取りかかった。
港封鎖作戦はまだ続行中――しかし、今夜の出来事で明らかになったのは、黒羽同盟の狡猾さと組織力の高さだった。彼らは俺たちの作戦を読み、それを逆手に取って真の目的を果たしていた。
消火活動が本格化する中、俺は再び夜空に舞い上がった。港の封鎖は継続し、街の警戒も強化しなければならない。黒羽同盟との戦いは、まだ始まったばかりだった。
港湾管理局の執務室に足を踏み入れると、張り詰めた空気が肌を刺した。衛兵隊長や港の責任者たちが険しい表情で集まり、夜通し続いた緊急会議の疲れが皆の顔に刻まれている。窓から差し込む朝陽が、机上に広げられた地図を金色に照らしていた。
机の上には昨夜確認された暗号信号の位置と、密かに出港した三隻の航路予測が記された詳細な海図が展開されている。赤いインクで引かれた予想航路は、まるで血管のように港から四方八方に伸びていた。
「港の封鎖を提案する。最低でも三日間、出入りを制限し、積荷検査を徹底するべきだ」
バルグの声は普段の豪快さとは異なり、冷静で切迫感に満ちていた。彼の提案を受け、衛兵隊長は深いしわを刻んだ額に手を当てながら苦い顔をする。
「市民生活や貿易に影響は出るが……今は背に腹は代えられん。商人ギルドからは猛抗議が来るだろうが、街の安全には代えられない」
こうして、ヴァルメリア建国以来でも異例の港封鎖作戦が発動された。
昼間は検問所での厳重な積荷検査、夜間は港全体を巡回船と監視塔からの見張りで二重に封鎖するという徹底ぶりだ。港に出入りする全ての船舶は強制的に停船検査を受け、積荷から船員一人一人まで身元を確認される。普段なら活気に満ちた港の風景は、武装した兵士たちの姿で一変していた。
◆
俺は日没から明け方までの港上空監視を担当することになった。
翼を持つ俺にとって、高度からの偵察は他の誰にもできない役割だ。海からの侵入者や不審船の動きは、鷲の眼であれば月明かり程度でも見逃すことはない。風の流れを読み、潮の匂いを嗅ぎ分け、わずかな物音でも異変を察知できる。夜の港を見下ろしながら、俺は自分の翼に新たな責任の重さを感じていた。
リィナは港近くの倉庫街で物資検査の補助を行うことになった。薬師としての知識を活かし、怪しい原料や薬品、さらには毒物の類いまで即座に判別する役目だ。彼女の鋭い嗅覚と薬学の知識は、隠匿された危険物を見つけ出すには欠かせない。
「怪しい薬草や鉱物があれば、どんなに巧妙に隠されていても見つけ出してみせる」
リィナの瞳には静かな決意が宿り、その横顔は普段の穏やかさとは違う、戦士としての凛々しさを見せていた。
バルグは港湾封鎖の要となる南側の桟橋で、武装部隊の指揮を任された。彼の戦闘経験と統率力は、もしもの事態に備えた最後の砦となる。大斧を背負った彼の姿は、それだけで不審者たちへの強力な威嚇となっていた。
港封鎖の初日は順調に進んだ。
夕刻になると、俺は翼を広げて港の上空へと舞い上がった。眼下に広がる港は、普段とは違う厳戒態勢の中にある。松明の明かりが規則正しく配置され、巡回する兵士たちの足音が石畳に響いている。検問所では長蛇の列ができ、商人たちが苛立ちながらも検査に応じていた。
夜風が翼を撫でていく。海の匂いに混じって、街の生活の匂い――パンを焼く匂い、魚を干す匂い、そして人々の汗と不安の匂いがする。普段なら夜遅くまで響いている酒場の喧騒も、今夜はどこか抑制されたものだった。
月が中天に昇る頃、港に静寂が訪れた。時折、波が防波堤に打ち付ける音と、見張りの兵士たちが交代する際の短い会話が聞こえるだけだ。巡回船の櫓を漕ぐ音が規則正しく響き、監視塔の松明が海面に揺れる光の道を作っている。
大きな混乱もなく夜が更けていった――しかし、この静寂こそが嵐の前の静けさだったのだ。
二日目の深夜、俺が港の東側を旋回していた時だった。
「西門側で大規模な火災! 倉庫が数棟燃えている!」
緊急の伝令が響いた瞬間、俺は翼をはためかせて現場へ急行した。西の空が不気味な橙色に染まり、黒煙が立ち上っている。風下からでも焦げ臭い匂いが漂ってきて、火災の規模の大きさを物語っていた。炎は既に三棟の倉庫を包み、隣接する建物にも延焼の危険が迫っている。
しかも、その火災現場は偶然にも――いや、偶然ではない――黒羽同盟の過去の活動拠点と目されていた廃倉庫街のすぐ隣だった。
上空から見下ろすと、炎の明るさに照らされて蠢く黒い影がいくつも見える。彼らは火事による混乱を最大限に利用していた。消火活動に当たる人々の間を縫うように動き回り、誰もが火災対応に気を取られている隙を狙っている。
◆
現場に駆けつけると、そこには予想していた光景があった。
炎に照らされて動く黒装束の影――しかし、彼らの行動は略奪や逃走ではなく、火事の混乱に紛れて何かを地下から運び出すことに集中している。重そうな木箱や布に包まれた細長い物体を、手際よく馬車に積み込んでいる。その動きには訓練された組織的な統制があり、単なる盗賊団ではないことは明らかだった。
「港封鎖は囮だったか……!」
バルグの声が怒りで低く響く。彼とリィナも現場に駆けつけ、三人で包囲陣を形成した。リィナの弓が月光に鈍く光り、バルグの戦斧が炎を映して赤く輝いている。
炎の向こう側、煙が立ち込める中心に立っていたのは、長身で片目に黒い眼帯をつけた女剣士だった。銀髪が炎の光を反射して金色に輝き、黒装束の上に纏った外套が風になびいている。腰に下げた細身の剣は、柄に宝石が埋め込まれており、明らかに一級品だ。彼女の存在感は、周囲の部下たちとは格が違っていた。
黒羽同盟の幹部格と見られるその女は、俺たちを一瞥すると挑発的な笑みを浮かべた。
「港で待っている間に、こちらは必要な荷を運び出す。実に効率的だろう?」
その言葉には余裕と嘲笑が込められていた。彼女の隻眼が炎の光を映し、獲物を見つめる肉食獣のような鋭さを放っている。眼帯で隠された方の目に、どんな傷があるのか――それもまた彼女の戦歴を物語っているようだった。
その言葉と同時に、周囲の黒装束たちが一斉に包囲網を狭めてくる。
数を数える暇もない。少なくとも十五人、いや二十人はいるだろう。全員が武装しており、動きに無駄がない。訓練された戦闘集団だ。中には弓を構えた者もいれば、双剣を構えた者、長槍を持った者もいる。まさに多様な武器構成で、あらゆる戦術に対応できる布陣だった。
火の粉が舞う中、俺は翼を大きく広げた。翼の影が炎の光で地面に大きく映り、威嚇の効果を狙う。リィナは既に弓を構え、矢筒から毒矢を取り出している。その矢尻に塗られた毒は、彼女が調合した特製のもので、一撃で敵を無力化する威力を持つ。バルグは愛用の戦斧を担ぎ上げ、低い構えから敵を睨み据えた。
「港も、街も……両方守る!」
俺はそう叫び、炎と影の渦中へと飛び込んだ。
翼を羽ばたかせて上昇すると同時に、眼下の敵の配置を瞬時に把握する。女剣士を中心に扇形に展開した黒装束たち。彼らの武器は剣、短槍、弓――多様だが統制がとれている。俺が空中戦を担当し、リィナとバルグが地上で挟み撃ちにする作戦だ。
俺は急降下で最初の敵に襲いかかった。
黒装束の男が弓を構えた瞬間、俺の爪が彼の肩を掴む。そのまま上空に運び上げ、三メートルほどの高さから地面に落とした。鈍い音と共に男はうめき声を上げて動かなくなる。骨が折れる音が聞こえたが、致命傷ではない――俺は殺すつもりはなく、無力化に留めている。
しかし、敵も空中戦への対策を講じていた。複数の弓手が同時に矢を放ち、俺の翼を狙う。風切り音が耳をかすめ、翼の羽根を一本かすっていく。翼に傷を負えば飛行能力に影響する――俺は急上昇して矢の射程外に逃れた。
「させるか!」
リィナの放った毒矢が弓手の一人に命中し、男は痙攣を起こして倒れた。彼女の毒は即効性があり、相手を確実に無力化する。意識は残るが筋肉が麻痺し、数時間は動けなくなる調合だ。
バルグは正面から敵陣に突進し、戦斧を大きく振り回す。黒装束の剣士が迎撃しようとするが、バルグの力は圧倒的だった。金属のぶつかり合う音が炎の燃え盛る音に混じって響く。剣では戦斧の重量を支えきれず、敵の武器が折れる音がした。
戦闘が激化する中、眼帯の女剣士は冷静に状況を観察していた。
彼女は懐から小さな笛を取り出し、短く鋭い音を鳴らす。すると、まだ無傷だった黒装束たちが一斉に後退を始めた。統制の取れた撤退だ――彼らは最初から長期戦をするつもりはなかったのだ。
「撤退の合図か……!」
俺は急降下で女剣士に向かう。しかし、彼女の反応は素早かった。細身の剣を抜いて俺の爪を受け流し、同時に体を回転させて距離を取る。その剣技は流麗で、一瞬の隙もない。
「翼の騎士か……噂通りの腕前だな」
女剣士の声には敬意と警戒が混じっていた。彼女の剣技は一流で、俺の攻撃をことごとく見切っている。片目でありながら、その動体視力と反射神経は常人を遥かに超えている。
しかし、時間は俺たちに味方していた。火災により町の住民たちが避難し、衛兵隊の増援も駆けつけてくる。女剣士もそれを理解しているようで、撤退の準備を急いでいる。
「今日のところはここまでだ。だが、これで終わりではない」
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「待て!」
俺が追撃しようとした瞬間、女剣士が何かを地面に投げつけた。煙玉だ――濃い黒煙が一瞬で視界を遮り、俺は方向感覚を失った。煙が晴れた時には、黒装束の一団は既に夜の闇に消えていた。
後に残ったのは、燃え盛る倉庫と、地面に倒れた数人の黒装束たちだけだった。彼らは意識を失っているか毒で動けない状態で、尋問の材料にはなるだろう。しかし、肝心の荷物と幹部は逃げられてしまった。
「くそっ……」
バルグが地面を踏み鳴らし、悔しさを露わにする。リィナも表情を曇らせていたが、すぐに気持ちを切り替えて倒れた敵の手当てに取りかかった。
港封鎖作戦はまだ続行中――しかし、今夜の出来事で明らかになったのは、黒羽同盟の狡猾さと組織力の高さだった。彼らは俺たちの作戦を読み、それを逆手に取って真の目的を果たしていた。
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