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第6章 ヴァルメリア
第33話 黒羽の影、街を覆う
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火薬による都市破壊計画を間一髪で阻止した翌日――。
ヴァルメリアの空は雲一つない美しい青色に澄み切っていたが、街全体を包む空気は昨夜の事件の影響で重く沈んでいた。表面的には平常通りの日常が営まれているように見えるが、人々の表情には明らかな不安の色が浮かんでいる。
市場では買い物客が小声で「黒羽同盟」の不吉な名前を囁き合い、子供を早めに家へ連れ帰る母親の姿が普段より目立っている。昨夜の大規模な爆破未遂事件は、衛兵隊が公式発表で詳細を伏せているにも関わらず、口コミによって瞬く間に街全体へと広まっていた。民衆の不安は日に日に高まりを見せている。
俺たちは宿の薄暗い一室に集まり、それぞれの得意分野を活かして情報収集と分析を続けていた。
バルグは大きな地図を机に広げて、これまでの黒羽同盟の活動拠点である廃倉庫街と港湾地区、北区の商館通りを赤い線で結び、敵の行動範囲と移動パターンを軍事的観点から詳細に分析している。
リィナは薬師仲間たちからの連絡を時系列順に整理し、怪しい物資の不自然な動きや流通ルートの異常を、細かい字で几帳面に書き出していた。
俺は窓辺で昨夜の戦闘で傷ついた翼の手入れをしながら、同時に街路の人々の動きを鋭い視線で監視していた――その時だった。
◆
俺の視界に、路地をゆっくりと歩く黒い外套の男が映った。
一見すると普通の商人風の服装を装っているが、その歩き方のリズムや周囲を観察する際の視線の動かし方が、明らかに素人のものではない。訓練された者特有の警戒心が動作の端々に現れている。
しかも、その右手には白い封筒がしっかりと握られていた。
俺は即座に窓から飛び立ち、屋根から屋根へと伝いながら男を追跡する。人気のない路地の角で急降下し、鋭い嘴で封筒を素早く奪い取った。
男は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに感情を消して無言で背を向け、まるで最初からそこにいなかったかのように路地の奥へと消えていった。追跡しようとしたが、その気配は完全に途絶えてしまった。
宿へ戻り、仲間たちの前で封筒を慎重に開ける。
中には一枚の黒い羽根と、整った筆跡で書かれた手紙が入っていた。
> 「鷲と二人の影へ。次は市民の血が川を染める。止められるなら止めてみろ――黒羽同盟より」
短い文面にもかかわらず、冷たい殺気と確固たる殺意が紙面から滲み出ていた。これは単なる脅しではない。
バルグは黙って太い拳を握りしめ、リィナは薬師らしい冷静さを保ちながらも眉を深く寄せて息を呑んだ。
◆
さらに昼過ぎ、港湾管理局から衛兵隊を通じて急報が入る。
貨物船三隻分の大量の積荷が、何者かによって夜間に密かに積み替えられ、行き先を明かすことなく早朝に出港したという。港湾記録では極めて異例の事態だった。
積荷目録を詳しく調べると、火薬や明らかな毒物は記載されていなかったが、「高級香料」「染料」「薬草」といった名目の商品がやたらと多く記録されている。
リィナがその品目リストを薬師としての専門知識で分析すると、それらの多くが適切に組み合わせれば毒物生成の重要な原料になり得ることを即座に指摘した。
「……奴ら、港を拠点として外部に仲間を増やしたり、毒物製造拠点を拡散させる気だな」
バルグの低く抑えた声に、部屋の空気がさらに重くなる。
もしこのまま放置すれば、黒羽同盟の犯罪活動範囲はヴァルメリア一都市を越えて大陸全体にまで広がり、もはや手がつけられない規模になってしまうだろう。
◆
その夜、俺たちは効率的な監視のため三方向に分かれて行動することにした。
俺は港周辺の上空を飛行しながらの広域監視を担当する。バルグは廃倉庫街周辺での威嚇的巡回パトロールを行い、敵の動きを牽制する。リィナは薬師仲間のネットワークを通じた物資流通ルートの逆探知を継続する。
刺青の男は今夜も直接姿を見せてはいないが、明らかにこちらの行動パターンを探るための"撒き餌"を街の各地に戦略的に仕掛けている気配が濃厚にあった。
港の沖合いを翼を広げて滑空しながら、俺は雲間から覗く三日月を見上げる。
あの挑戦状に書かれていた恐ろしい言葉――「市民の血が川を染める」。
これは単なる脅しの文句ではなく、近い将来に必ず実行される血塗られた予告だと、長年の経験から培われた本能が強く警告していた。
そして、遥か遠くの暗い海上で、小さな光が規則正しく二度瞬いた。
船舶同士の暗号信号――敵は既に、次の破壊的な一手を着実に打ち始めている。
冷たい海風が俺の羽毛を震わせる中、新たな戦いの始まりを予感させる不吉な兆候が、夜の闇に次々と現れ始めていた。
ヴァルメリアの空は雲一つない美しい青色に澄み切っていたが、街全体を包む空気は昨夜の事件の影響で重く沈んでいた。表面的には平常通りの日常が営まれているように見えるが、人々の表情には明らかな不安の色が浮かんでいる。
市場では買い物客が小声で「黒羽同盟」の不吉な名前を囁き合い、子供を早めに家へ連れ帰る母親の姿が普段より目立っている。昨夜の大規模な爆破未遂事件は、衛兵隊が公式発表で詳細を伏せているにも関わらず、口コミによって瞬く間に街全体へと広まっていた。民衆の不安は日に日に高まりを見せている。
俺たちは宿の薄暗い一室に集まり、それぞれの得意分野を活かして情報収集と分析を続けていた。
バルグは大きな地図を机に広げて、これまでの黒羽同盟の活動拠点である廃倉庫街と港湾地区、北区の商館通りを赤い線で結び、敵の行動範囲と移動パターンを軍事的観点から詳細に分析している。
リィナは薬師仲間たちからの連絡を時系列順に整理し、怪しい物資の不自然な動きや流通ルートの異常を、細かい字で几帳面に書き出していた。
俺は窓辺で昨夜の戦闘で傷ついた翼の手入れをしながら、同時に街路の人々の動きを鋭い視線で監視していた――その時だった。
◆
俺の視界に、路地をゆっくりと歩く黒い外套の男が映った。
一見すると普通の商人風の服装を装っているが、その歩き方のリズムや周囲を観察する際の視線の動かし方が、明らかに素人のものではない。訓練された者特有の警戒心が動作の端々に現れている。
しかも、その右手には白い封筒がしっかりと握られていた。
俺は即座に窓から飛び立ち、屋根から屋根へと伝いながら男を追跡する。人気のない路地の角で急降下し、鋭い嘴で封筒を素早く奪い取った。
男は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに感情を消して無言で背を向け、まるで最初からそこにいなかったかのように路地の奥へと消えていった。追跡しようとしたが、その気配は完全に途絶えてしまった。
宿へ戻り、仲間たちの前で封筒を慎重に開ける。
中には一枚の黒い羽根と、整った筆跡で書かれた手紙が入っていた。
> 「鷲と二人の影へ。次は市民の血が川を染める。止められるなら止めてみろ――黒羽同盟より」
短い文面にもかかわらず、冷たい殺気と確固たる殺意が紙面から滲み出ていた。これは単なる脅しではない。
バルグは黙って太い拳を握りしめ、リィナは薬師らしい冷静さを保ちながらも眉を深く寄せて息を呑んだ。
◆
さらに昼過ぎ、港湾管理局から衛兵隊を通じて急報が入る。
貨物船三隻分の大量の積荷が、何者かによって夜間に密かに積み替えられ、行き先を明かすことなく早朝に出港したという。港湾記録では極めて異例の事態だった。
積荷目録を詳しく調べると、火薬や明らかな毒物は記載されていなかったが、「高級香料」「染料」「薬草」といった名目の商品がやたらと多く記録されている。
リィナがその品目リストを薬師としての専門知識で分析すると、それらの多くが適切に組み合わせれば毒物生成の重要な原料になり得ることを即座に指摘した。
「……奴ら、港を拠点として外部に仲間を増やしたり、毒物製造拠点を拡散させる気だな」
バルグの低く抑えた声に、部屋の空気がさらに重くなる。
もしこのまま放置すれば、黒羽同盟の犯罪活動範囲はヴァルメリア一都市を越えて大陸全体にまで広がり、もはや手がつけられない規模になってしまうだろう。
◆
その夜、俺たちは効率的な監視のため三方向に分かれて行動することにした。
俺は港周辺の上空を飛行しながらの広域監視を担当する。バルグは廃倉庫街周辺での威嚇的巡回パトロールを行い、敵の動きを牽制する。リィナは薬師仲間のネットワークを通じた物資流通ルートの逆探知を継続する。
刺青の男は今夜も直接姿を見せてはいないが、明らかにこちらの行動パターンを探るための"撒き餌"を街の各地に戦略的に仕掛けている気配が濃厚にあった。
港の沖合いを翼を広げて滑空しながら、俺は雲間から覗く三日月を見上げる。
あの挑戦状に書かれていた恐ろしい言葉――「市民の血が川を染める」。
これは単なる脅しの文句ではなく、近い将来に必ず実行される血塗られた予告だと、長年の経験から培われた本能が強く警告していた。
そして、遥か遠くの暗い海上で、小さな光が規則正しく二度瞬いた。
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