空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

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第7章

第49話 港町炎上 ― 影と疫病の二重罠

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 炎と煙が港町の西端を覆い尽くしていた。

 火災は予想以上の規模で、既に倉庫街の一角が炎に包まれている。古い木造倉庫が轟音と共に崩れ落ち、火の粉が潮風に乗って舞い上がる。梁が折れる音、壁が崩壊する音が絶え間なく響き、まるで戦場のような様相を呈していた。黒煙は海の青を塗りつぶし、港全体を焦げた匂いで満たしていく。

 住民たちは慌てて避難しており、衛兵たちが必死に誘導している。しかし、火の勢いが強く、延焼を食い止めるのは困難な状況だった。

「上から行く。バルグは地上で挟み撃ちだ!」

 俺は翼を広げ、煙の上へと舞い上がる。

 高温の上昇気流が翼を持ち上げ、一瞬で高度が上がる。視界は悪いが、上空からなら逃げ道を把握できる。煙の隙間から地上の状況を観察すると、思った通りの光景が広がっていた。

 眼下では黒外套の連中が炎の合間を縫って動き回り、木箱や樽を抱えて倉庫の奥から運び出していた。

 火災の混乱に紛れて、何かを回収している。あれは港の備蓄品――いや、衛兵隊の保管庫から押収した黒羽同盟関連の証拠品かもしれない。証拠隠滅を図っているのか、それとも重要な物資を回収しているのか。

 バルグは火の粉を浴びながら走り、敵の進路を塞いだ。戦斧が一閃し、逃げようとした一人を吹き飛ばす。

 彼の豪快な攻撃は炎の中でも変わらず、敵を容赦なく薙ぎ倒していく。重い戦斧の一撃で、黒装束の男が宙に舞った。

 俺は上から急降下し、樽を抱えた敵の背中を蹴り飛ばす。翼の風圧で煙が散り、敵が驚愕の声を上げた。

 樽が地面に転がり、中身が少し漏れ出す。やはり例の液体だった。これ以上拡散される前に阻止できて良かった。

「クソ鳥がぁっ!」

「鷲だ。間違えるな」

 ――こういう細かい訂正は忘れない。

 戦闘の最中でも、プライドは大事だ。鳥と鷲では格が違う。敵に間違った認識を持たせるわけにはいかない。



 一方その頃、港の中心ではリィナが駆け回っていた。

 感染症の対応は彼女一人にかかっており、状況は刻一刻と悪化している。桟橋近くで新たに五人が倒れ、その中には漁から戻ったばかりの者も含まれている。

 患者の症状は皆同じで、額に触れれば高熱、呼吸は浅く、皮膚には紅斑。明らかに同一の感染症で、しかも症状の進行が早い。

 俺が事前に伝えておいた「感染症の初期症状リスト」が役立ち、リィナは迷わず患者を隔離に回す。

 彼女の判断は迅速で的確だった。薬師としての知識と経験が、この緊急事態で真価を発揮している。

「いや俺は二日酔いだ! 昨日イカを食いすぎただけだ!」

「顔色と舌の色で分かるわ。隔離」

「ぐえっ!?」

 そんなやり取りの横で、衛兵たちが必死に人払いをしていた。

 住民の中には隔離を嫌がる者もいるが、リィナの権威と知識で説得している。感染拡大を防ぐためには、厳格な隔離措置が必要だった。

 しかし、隔離施設も限界に近く、これ以上患者が増えれば対応しきれなくなる恐れがある。根本的な感染源を断つ必要があった。



 火災現場。

 逃走ルートを塞いだ俺たちは、最後の一団に迫っていた。

 敵も必死で、様々な妨害工作を仕掛けてくる。火災の混乱を最大限に利用し、煙幕や炎の壁を盾にして逃走を図っている。

 敵の一人が煙幕玉を投げ、視界が真っ白になる――だが煙の流れから動きを読むのは造作もない。

 風の流れや煙の密度から、敵の位置を特定することができる。鷲の感覚は伊達ではない。翼を一閃、風圧で煙を散らし、バルグが戦斧で最後の逃走者を叩き伏せる。

 バルグとの連携も完璧で、敵は完全に包囲された。もはや逃げ場はない。

「物資は確保した。戻るぞ!」

 俺は戦利品の一部を爪で掴み、すぐさま港中心部へ飛び立った。

 回収した物資の中には、樽や木箱のほか、書類らしきものも含まれている。黒羽同盟の計画書や連絡文書かもしれない。後で詳しく調べる必要がある。

 火災現場では衛兵たちが消火活動を続けており、ようやく鎮火の目処が立ってきている。延焼は食い止められそうだが、被害は甚大だった。



 町の広場に戻ったとき、リィナは腕まくりをして額に汗を光らせていた。

 彼女の疲労は明らかだが、それでも患者の治療を続けている。医師としての使命感が、彼女を支えているのだろう。

 隔離は一応形になっているが、患者の数は増える一方だ。感染源を断たなければ、じきに限界が来る。

 テントや仮設の建物で隔離施設を増設しているが、医療スタッフが不足している。リィナ一人では、これ以上の患者増加に対応できない。

「港の外縁、海からの流入が止まってない……」

 彼女の言葉に、俺は背筋が冷たくなる。

 火事はただの陽動ではなかった。敵はその間に港外から"何か"を入れ続けていたのだ。火災に気を取られている隙に、海から感染源を継続的に投入していたのかもしれない。

 昨夜見た不審な漁船の件もあり、海路からの攻撃は続いている可能性が高い。港の封鎖も、小型船には完全ではないのだろう。

 黒羽同盟はまだ、この町を攻め続けている。

 俺たちが火災対応に追われている間も、別の部隊が海から感染源を投入し続けていたのだ。多方面作戦で守備側を疲弊させ、確実に目的を達成する狡猾な戦略だった。

「どうする? 海の監視を強化するか?」

 バルグが提案したが、人手不足は深刻だった。火災対応、感染症対策、そして海上警備を同時に行うには、明らかに戦力が不足している。

「まずは感染源の特定が先決よ。海のどの辺りから汚染が広がっているかを調べましょう」

 リィナの提案は的確だった。闇雲に海全体を監視するより、感染源を特定して集中的に対処する方が効率的だ。

 俺は再び翼を広げ、港の外海を調査することにした。海上からの脅威を断つために、新たな戦いが始まろうとしていた。

 黒羽同盟との戦いは、まだ終わっていない。むしろ、最も困難な局面を迎えようとしているのかもしれなかった。
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