空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

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第7章

第57話 夕闇の三重危機

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# 第57話:三つの絶体絶命

 黒槍の狩人の槍が、またも空気を裂いた。

 攻撃の精度は異常で、俺の回避行動を完全に読んでいる。かすめただけで羽先が痺れ、感覚が鈍くなる。魔術的な麻痺効果は蓄積していき、戦闘を続けるほど俺の動きは鈍くなっていく。

 もし直撃を受ければ、飛行不能は避けられない。そして、海面への墜落は確実に死を意味するだろう。

(くそっ、こいつ、間合いの読みが異常に正確だ)

 狩人は一切焦らず、俺の回避パターンを見切って少しずつ追い詰めてくる。

 まるで狩りを楽しんでいるかのような余裕があり、確実に獲物を仕留める算段を立てている。攻撃の間隔は短く、呼吸を整える暇すらない。

 海面の反射光が視界を揺らし、夕暮れの空気は冷たく、肺に刺さるようだ。高度な飛行戦闘は想像以上に体力を消耗し、俺の限界も近づいている。

 しかし、ここで倒れるわけにはいかない。仲間のため、港町のために、俺は戦い続けなければならない。



 洞窟内部では、リィナが暴発型の樽を相手に悪戦苦闘していた。

 予想外の敵の出現で、作戦は大幅に遅れている。薬剤を投げ、封印を試みるたびに、別の樽が暴れて蓋を吹き飛ばす。

 魔術的に活性化された汚染物質は、通常の対処法では制御が困難だった。化学反応で液体を固めても、完全に止めるには数秒かかり、その間に別の個体が襲いかかってくる。

「っ……! 数が多すぎる……!」

 リィナの声には焦りが込められている。これまでの冷静さを保つのが困難なほど、状況は悪化していた。

 衛兵の一人が液体を浴び、悲鳴を上げて倒れた。

 肌に触れた部分が赤黒く変色し、腐食が進んでいく。汚染物質の威力は想像以上で、わずかな接触でも深刻な被害をもたらす。

 リィナは即座に中和剤を振りかけるが、処置の遅れは致命的だ。

 衛兵の状態は安定せず、緊急な医療措置が必要な状況だった。しかし、戦闘の最中では十分な治療を施すことは困難だ。

「持ちこたえて! あと少しで……!」

 そう言いながらも、出口の方から黒外套の増援が入り込んでくる影が見えた。

 洞窟への侵入が発覚し、敵も対応を開始している。洞窟が包囲されるまで、そう時間はかからない。退路が絶たれれば、全滅は免れない状況だった。



 崖下では、バルグが鎖鎌使い三人と互角以上に渡り合っていた。

 彼の戦闘能力は高く、数的不利な状況でも押し負けていない。しかし、敵は崖の上からも援護射撃を加えてくる。

 立体的な攻撃で、バルグの動きを制限しようとしている。鎖が岩肌に打ち込まれ、彼の足場を削るたびに石が海へと落ちた。

 戦闘可能な足場が徐々に狭くなり、バルグの機動力も制限されつつある。

「足元を狙いやがるか……!」

 バルグが斧で鎖を叩き切ると同時に、別の鎖が足首を絡め取った。

 敵の連携は巧妙で、一つの攻撃を防いでも次の攻撃が即座に続く。そのまま全力で引き上げられ、体が宙に浮く。

「おっと――!」

 慌てて岩に斧を打ち込み、なんとか落下は免れるが、鎖は外れない。

 岩に打ち込んだ斧が支点となり、かろうじて墜落を防いでいるが、この状態では反撃も困難だ。敵が一気に距離を詰め、捕縛にかかる。

 生け捕りという命令を受けた敵は、バルグを無力化することに集中している。



 そして空では――

 黒槍の狩人が、いよいよ本気を出した。

 これまでも十分に強力だったが、まだ余力を残していたようだ。背負っていた小型の魔導器が淡く光を放ち、足元の空中足場が一気に数を増す。

 魔術的な装備を本格的に稼働させ、戦闘能力を大幅に向上させている。狩人はそれらを連続で踏み、常に俺の死角を取る動きで迫ってきた。

 三次元的な機動により、俺の予測を上回る動きを見せている。

(……まずい、この動きは読めない!)

 これまでの戦闘経験では対応できないレベルの敵で、俺の技術では太刀打ちが困難だった。

 俺は急上昇して距離を取ろうとするが、狩人はほぼ同じ速度で追い上げてくる。

 魔術的な身体強化により、飛行生物に匹敵する機動力を獲得している。そして――槍が、真正面から突き出された。

 完璧なタイミングでの攻撃で、回避は困難だった。避ければ次は仲間の方向。受ければ飛行不能。

 どちらを選んでも、状況は最悪に傾く。

 俺は一瞬、時間が止まったような感覚を覚えた。この局面をどう乗り切るか、最適解が見つからない。

 その瞬間、洞窟から爆音が響き、同時に崖下からバルグの怒号が上がった。

 三方面すべてで、状況が同時に崩れ始めたのだ。これは偶然ではなく、敵の計算された戦術だろう。俺たちの連携を断ち切り、個別に撃破する狙いだ。

(……全員、このままじゃ……!)

 仲間たちの危機が俺の心を揺さぶる。しかし、今の俺には自分の戦いで精一杯だった。

 夕陽はほぼ沈み、海と空の境目が紫に染まっていく。

 美しい光景だが、それは同時に時間の経過を物語っている。勝負を決する時間が、残りわずかしかないことを告げていた。

 三方向での戦いはそれぞれが絶体絶命の状況に陥り、このままでは全員が敗北する可能性が高い。しかし、諦めるわけにはいかない。

 港町の住民たちが俺たちの帰りを待っている。平和な日常を取り戻すために、何としても勝利しなければならない。

 俺は最後の力を振り絞り、黒槍の狩人との決着に臨んだ。仲間を信じ、自分の役割を全うすることが、唯一の希望だった。

 戦いの行方は、この数分で決まる。運命の分かれ道で、俺たちは最後の賭けに出なければならない。
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