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第7章
第61話 夜明け前の決着
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夜の空気が、肌を刺すほど冷たくなってきた。
海上の戦いは長時間に及び、体温が奪われ続けている。吐く息は白く、月光がその輪郭を淡く照らす。疲労と寒さが身体に蓄積し、動きも鈍くなりつつある。
海の彼方から吹く風が、血と鉄の匂いを運んでくる。
戦闘の激しさを物語る匂いが、戦場全体に漂っている。
――戦場が、凍りつくような緊張感に包まれていた。
これまでの戦いとは明らかに異なる、極限の緊張状態だった。黒槍の狩人の気配が、周囲の闇と完全に同化している。
まるで空そのものが敵になったかのようだ。
視覚では捉えることができず、他の感覚に頼るしかない状況だった。耳を澄ませば、ほんのわずかな空気の歪み――それだけが、奴の接近を知らせる。
音もなく、姿も見えない敵との戦いは、精神的な負担も大きい。
(来る……!)
直感が危険を察知した瞬間、真下から槍の穂先が突き上がった。
完全な死角からの攻撃で、回避は困難だった。反射で身を翻すが、刃は足の爪先をかすめ、焼けるような痛みが走る。
麻痺の効果がすぐに広がり、足の感覚が鈍っていく。
毒の蓄積により、飛行能力にも影響が出始めている。このままでは戦闘継続が困難になる可能性があった。
それでも、退く気はなかった。
仲間のため、港町のために、俺は最後まで戦い抜く決意を固めている。
俺は敢えて距離を詰め、槍の間合いの内側――狩人が最も嫌がる位置に潜り込む。
長槍使いにとって、至近距離は最大の弱点だ。翼で巻き起こす乱気流が、奴の足場を不安定にする。
闇夜に溶けるような敵の姿が、一瞬だけ月明かりに照らされた。
ついに敵の位置を視認できた。これは絶好の反撃のチャンスだった。
(見えた――!)
渾身の翼打ちで狩人を後方に吹き飛ばし、間合いを逆転させる。
全力の攻撃で、戦況を一変させることに成功した。この一瞬が、仲間の反撃の号令となるはずだった。
三人の連携により、敵の完璧だった布陣に綻びが生じている。
◆
洞窟内部。
擬態型が壁から剥がれ、液状の体を波のように押し寄せてくる。
物理的な攻撃では対処困難な敵で、これまでの戦闘経験が通用しない相手だった。天井、壁、床――どこからでも攻撃が来る。
衛兵たちの剣が虚しく霧散し、爪が肩や脇腹を裂くたび、赤い飛沫が石壁に散った。
通常の武器では効果が薄く、特殊な対策が必要な状況だった。
リィナは背中を冷たい岩壁につけ、息を整えた。
絶体絶命の状況で、最後の手段を使う決断を迫られている。胸元のポーチには、たった一瓶だけ残った高濃度試薬。
これを使えば周囲の擬態型を一掃できるが、同時に洞窟内の空気すら汚染する危険がある。
(使えば……自分も無事じゃ済まない。でも、ここで使わなきゃ全滅だ)
決断は一瞬だった。
仲間と衛兵たちの命を守るため、リィナは自らの危険を顧みない選択をした。
リィナは瓶の封を歯で噛み切り、液体を床に叩きつけた。
紫色の液が岩肌を這い、瞬く間に熱と光を発し始める。化学反応により、強力な毒性ガスが発生し、擬態型の生体機能を麻痺させる。
擬態型の身体が硬直し、黒い煙を上げながら縮んでいく。
悲鳴とも泡立つ音ともつかない不快な音が洞窟中に響いた。液状の身体が固形化し、動きを完全に封じられている。
「……今のうちに出口へ!」
衛兵たちが反射的に走り出す。
リィナの指示に従い、一刻も早く毒性ガスから逃れようとする。その背後で、リィナは試薬の影響を最小限に抑えるため布で口を覆いながら、最後尾で擬態型の動きを監視していた。
自分の安全よりも仲間の安全を優先する、彼女の献身的な行動だった。
◆
崖下では、海獣が巨大な尾を振り上げた。
その質量と速度は凄まじく、直撃すれば致命的な被害を受けるのは確実だった。それはまるで城門を叩き壊す衝撃槌のようで、直撃すれば人間など粉砕される。
バルグは斧を両手で構え、その一撃を受け止めた。
正面から巨大な攻撃を受け止めるという、常識では考えられない行動だった。
衝撃が腕から背骨まで突き抜ける。
凄まじい衝撃で、内臓にまでダメージが及んでいる。足場の岩が砕け、海水が足元を洗う。
しかしバルグは踏みとどまった――いや、踏みとどまるために、尾を受けた瞬間に一歩踏み込み、巨体との距離を詰めたのだ。
攻撃を受け流すのではなく、あえて受け止めることで反撃の機会を作り出す高等戦術だった。
「近ぇ方が……やりやすい!」
バルグの声には確信が込められている。斧の刃が月光を反射し、海獣の首筋へと振り下ろされる。
渾身の一撃で、海獣の急所を狙った攻撃だった。分厚い鱗が悲鳴のような音を立て、深々と割れた。
黒外套の魔術師が悲鳴を上げ、制御が乱れる。
海獣と魔術師の連携が崩れ、形勢が一気に逆転した。
海獣の動きが鈍ったその隙に、バルグは崖壁を蹴って更に高く跳び、背びれの付け根――急所へと渾身の一撃を叩き込んだ。
完璧なタイミングでの追撃で、海獣の戦闘能力を完全に奪った。
海獣が絶叫し、海面に崩れ落ちていく。
巨体が海に沈む様は壮観で、バルグの勝利を象徴していた。
◆
三方向同時の反撃が、夜の戦場を震わせた。
計画通りの連携攻撃で、敵の態勢を完全に崩すことに成功した。黒槍の狩人は体勢を崩し、擬態型はほぼ壊滅、海獣は制御を失って沈み始める。
しかし――敵の全滅にはまだ至っていない。
最後の敵である黒槍の狩人が、まだ健在だった。狩人は不敵な笑みを浮かべ、槍を再び構え直していた。
月光を背負うその姿は、まるで夜そのものを武器にした怪物のようだ。
これまでの敗北にも動じることなく、最後まで戦い抜く意志を見せている。
(ここからが本当の最終局面だ……!)
真の一騎打ちが、今始まろうとしている。俺は仲間たちの気配を感じながら、翼を広げた。
リィナとバルグが各自の戦いに勝利したことで、俺も最後の力を振り絞る決意を固めた。
夜風が頬を打ち、鼓動が加速する。
決戦の時が、ついに訪れた。この一撃で、すべてを終わらせる。
そうしなければ、誰一人として夜明けを迎えられない――。
港町の平和、仲間の命、すべてをかけた最後の戦いが、今始まろうとしていた。
海上の戦いは長時間に及び、体温が奪われ続けている。吐く息は白く、月光がその輪郭を淡く照らす。疲労と寒さが身体に蓄積し、動きも鈍くなりつつある。
海の彼方から吹く風が、血と鉄の匂いを運んでくる。
戦闘の激しさを物語る匂いが、戦場全体に漂っている。
――戦場が、凍りつくような緊張感に包まれていた。
これまでの戦いとは明らかに異なる、極限の緊張状態だった。黒槍の狩人の気配が、周囲の闇と完全に同化している。
まるで空そのものが敵になったかのようだ。
視覚では捉えることができず、他の感覚に頼るしかない状況だった。耳を澄ませば、ほんのわずかな空気の歪み――それだけが、奴の接近を知らせる。
音もなく、姿も見えない敵との戦いは、精神的な負担も大きい。
(来る……!)
直感が危険を察知した瞬間、真下から槍の穂先が突き上がった。
完全な死角からの攻撃で、回避は困難だった。反射で身を翻すが、刃は足の爪先をかすめ、焼けるような痛みが走る。
麻痺の効果がすぐに広がり、足の感覚が鈍っていく。
毒の蓄積により、飛行能力にも影響が出始めている。このままでは戦闘継続が困難になる可能性があった。
それでも、退く気はなかった。
仲間のため、港町のために、俺は最後まで戦い抜く決意を固めている。
俺は敢えて距離を詰め、槍の間合いの内側――狩人が最も嫌がる位置に潜り込む。
長槍使いにとって、至近距離は最大の弱点だ。翼で巻き起こす乱気流が、奴の足場を不安定にする。
闇夜に溶けるような敵の姿が、一瞬だけ月明かりに照らされた。
ついに敵の位置を視認できた。これは絶好の反撃のチャンスだった。
(見えた――!)
渾身の翼打ちで狩人を後方に吹き飛ばし、間合いを逆転させる。
全力の攻撃で、戦況を一変させることに成功した。この一瞬が、仲間の反撃の号令となるはずだった。
三人の連携により、敵の完璧だった布陣に綻びが生じている。
◆
洞窟内部。
擬態型が壁から剥がれ、液状の体を波のように押し寄せてくる。
物理的な攻撃では対処困難な敵で、これまでの戦闘経験が通用しない相手だった。天井、壁、床――どこからでも攻撃が来る。
衛兵たちの剣が虚しく霧散し、爪が肩や脇腹を裂くたび、赤い飛沫が石壁に散った。
通常の武器では効果が薄く、特殊な対策が必要な状況だった。
リィナは背中を冷たい岩壁につけ、息を整えた。
絶体絶命の状況で、最後の手段を使う決断を迫られている。胸元のポーチには、たった一瓶だけ残った高濃度試薬。
これを使えば周囲の擬態型を一掃できるが、同時に洞窟内の空気すら汚染する危険がある。
(使えば……自分も無事じゃ済まない。でも、ここで使わなきゃ全滅だ)
決断は一瞬だった。
仲間と衛兵たちの命を守るため、リィナは自らの危険を顧みない選択をした。
リィナは瓶の封を歯で噛み切り、液体を床に叩きつけた。
紫色の液が岩肌を這い、瞬く間に熱と光を発し始める。化学反応により、強力な毒性ガスが発生し、擬態型の生体機能を麻痺させる。
擬態型の身体が硬直し、黒い煙を上げながら縮んでいく。
悲鳴とも泡立つ音ともつかない不快な音が洞窟中に響いた。液状の身体が固形化し、動きを完全に封じられている。
「……今のうちに出口へ!」
衛兵たちが反射的に走り出す。
リィナの指示に従い、一刻も早く毒性ガスから逃れようとする。その背後で、リィナは試薬の影響を最小限に抑えるため布で口を覆いながら、最後尾で擬態型の動きを監視していた。
自分の安全よりも仲間の安全を優先する、彼女の献身的な行動だった。
◆
崖下では、海獣が巨大な尾を振り上げた。
その質量と速度は凄まじく、直撃すれば致命的な被害を受けるのは確実だった。それはまるで城門を叩き壊す衝撃槌のようで、直撃すれば人間など粉砕される。
バルグは斧を両手で構え、その一撃を受け止めた。
正面から巨大な攻撃を受け止めるという、常識では考えられない行動だった。
衝撃が腕から背骨まで突き抜ける。
凄まじい衝撃で、内臓にまでダメージが及んでいる。足場の岩が砕け、海水が足元を洗う。
しかしバルグは踏みとどまった――いや、踏みとどまるために、尾を受けた瞬間に一歩踏み込み、巨体との距離を詰めたのだ。
攻撃を受け流すのではなく、あえて受け止めることで反撃の機会を作り出す高等戦術だった。
「近ぇ方が……やりやすい!」
バルグの声には確信が込められている。斧の刃が月光を反射し、海獣の首筋へと振り下ろされる。
渾身の一撃で、海獣の急所を狙った攻撃だった。分厚い鱗が悲鳴のような音を立て、深々と割れた。
黒外套の魔術師が悲鳴を上げ、制御が乱れる。
海獣と魔術師の連携が崩れ、形勢が一気に逆転した。
海獣の動きが鈍ったその隙に、バルグは崖壁を蹴って更に高く跳び、背びれの付け根――急所へと渾身の一撃を叩き込んだ。
完璧なタイミングでの追撃で、海獣の戦闘能力を完全に奪った。
海獣が絶叫し、海面に崩れ落ちていく。
巨体が海に沈む様は壮観で、バルグの勝利を象徴していた。
◆
三方向同時の反撃が、夜の戦場を震わせた。
計画通りの連携攻撃で、敵の態勢を完全に崩すことに成功した。黒槍の狩人は体勢を崩し、擬態型はほぼ壊滅、海獣は制御を失って沈み始める。
しかし――敵の全滅にはまだ至っていない。
最後の敵である黒槍の狩人が、まだ健在だった。狩人は不敵な笑みを浮かべ、槍を再び構え直していた。
月光を背負うその姿は、まるで夜そのものを武器にした怪物のようだ。
これまでの敗北にも動じることなく、最後まで戦い抜く意志を見せている。
(ここからが本当の最終局面だ……!)
真の一騎打ちが、今始まろうとしている。俺は仲間たちの気配を感じながら、翼を広げた。
リィナとバルグが各自の戦いに勝利したことで、俺も最後の力を振り絞る決意を固めた。
夜風が頬を打ち、鼓動が加速する。
決戦の時が、ついに訪れた。この一撃で、すべてを終わらせる。
そうしなければ、誰一人として夜明けを迎えられない――。
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