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第7章
第60話 夜の牙が迫る
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夜の帳が完全に降りた。
太陽が地平線の彼方に消え、世界は深い闇に包まれている。星明かりと月光が、戦場を不気味に照らしている。海は黒い鏡のように光を映し、波音は鼓動のように規則正しく響く。
昼間の激しい戦いとは対照的に、夜は静寂に支配されているかのように見える。しかし、その静けさは表面的なものでしかない。暗闇の中で、新たな脅威が息を潜めているのだ。
その静けさを、鋭い金属音が切り裂いた。
黒槍の狩人が、槍の石突きを空中足場に叩きつけ、火花を散らしながら体勢を変える。
これまでとは明らかに異なる動きで、何かの準備を始めているようだった。装甲の隙間から、淡い青白い魔力の光が漏れ始めた。
魔術的な力が活性化し、狩人の能力が大幅に向上しようとしている。
(……まだ本気じゃなかったのかよ)
これまでの激しい戦いでも、狩人は全力を出していなかったのか。嫌な予感が背骨を這い上がる。
狩人の槍先に纏う黒い霧が、夜気と混じり、視界を奪うほど濃くなっていく。
霧は単なる視界妨害ではなく、魔術的な効果を持っているようだ。やがて霧は槍の穂先だけでなく、狩人の全身を包み込み――その輪郭すら曖昧になる。
次の瞬間、消えた。
「ッ!?」
視界から狩人の姿が完全に消えた瞬間、背後から冷たい殺気。
完全な不意打ちで、これまでにない危険な状況だった。反射的に翼を翻すと、槍の刃が羽根を削り、夜風が血の匂いを運ぶ。
わずかな反応の遅れが、致命傷に直結する状況だった。
動きが一段と速い。
重装甲とは思えない軽さで、死角から死角へと飛び移るその姿は、もはや「人型の兵士」というより闇夜を狩る猛禽だった。
魔術によって身体能力が大幅に強化され、これまでの常識では対応できないレベルに達している。
――時間を稼げるかどうかすら怪しい。
こうなると、俺の役割である陽動すら困難になる。仲間たちの作業時間を確保するどころか、自分の生存すら危うい状況だった。
◆
洞窟の奥では、リィナが中央台への薬剤注入を終えたところだった。
汚染液は沈静化し、製造は停止。第一段階の目標は達成できたが、戦いはまだ終わっていない。だが、その直後――奥の影が揺れた。
最初は目の錯覚かと思ったが、明らかに何かが動いている。
ゆらり、と。
人影かと思ったが、違う。影は壁から剥がれるように形を変え、長い腕と爪を持つ黒い塊となって這い出してきた。
これまで遭遇したことのない、新種の敵の登場だった。
「……擬態型!?」
リィナの声に驚愕が込められている。黒羽同盟の実験体か。壁や床に溶け込んで潜み、侵入者を不意打ちする特殊個体だ。
それが三体、同時にリィナたちを包囲する。
完全に計算された配置で、逃げ場を完全に封じている。
衛兵が剣を振るうが、刃は液状の身体に沈み、効果が薄い。
物理攻撃では対処困難な相手で、特殊な対策が必要だった。その間に爪が閃き、衛兵の胸当てを引き裂いた。金属が紙のように裂ける音に、背筋が冷える。
防具すら容易く切り裂く攻撃力で、一撃でも受ければ致命傷になりかねない。
(戦闘しながら出口まで戻るのは……厳しい)
退路はまだ封鎖されている。しかも擬態型は壁や天井からも襲ってくるため、安全な足場はほぼ皆無だった。
三次元的な攻撃に対処しながら、同時に退路を確保するのは至難の業だった。
◆
崖下では、バルグが最後の鎖鎌使いを沈め、荒い息を吐いた。
激しい戦闘で体力を消耗しているが、まだ戦闘能力は十分に残している。だが、その勝利の間隙を狙うように、海面が盛り上がる。
海からの新たな脅威の出現で、戦況は再び混沌としてきた。
ザバァッ――!
水柱と共に現れたのは、漆黒の鱗を持つ大型の海獣だった。
これまでの人型の敵とは全く異なる、巨大な生物兵器の登場だった。胴体だけでバルグの三倍はある巨体が、潮をまとって岩場に這い上がる。
海水を滴らせながら現れたその姿は、まさに海の怪物そのものだった。
「今度は海からか……!」
バルグの声には疲労と警戒が混じっている。背びれの間に人影が見える。黒外套の魔術師が海獣の背に跨がり、手にした杖から海水を操っているらしい。
生物兵器と魔術師の組み合わせで、攻撃パターンは格段に複雑になった。
岩場の足元が一瞬で水に覆われ、足を取られそうになる。
魔術による水の操作で、バルグの得意とする地上戦でのアドバンテージが無効化されつつある。しかも海獣の尾は岩をも砕く威力で振るわれ、避けるだけでも体力を奪われる。
(面倒な組み合わせだな……!)
バルグの戦闘経験でも、これほど複雑な敵との戦いは初めてだった。
◆
三方面同時に、より危険な新手が現れた。
敵の真の実力が発揮され始め、これまでの戦いは前哨戦に過ぎなかったことが明らかになった。どれも時間をかければかけるほど状況が悪化するタイプの敵だ。
夜の海と空、岩場と洞窟。
光の乏しい環境が、敵の暗殺・奇襲能力を最大限に引き出している。これは敵にとって最適な戦闘環境であり、俺たちには不利な条件だった。
俺たちが勝つには、もう迷ってはいけない。
長期戦になれば不利は避けられない。決着を急がなければならない――全員が同時に、極限の判断を迫られていた。
(……次で決める。ここで落ちれば、全員終わりだ)
最後の勝負に賭ける決意を固め、俺は全力を尽くす覚悟を決めた。
翼に力を込め、俺は闇の中で再び狩人を探す。
視界には何も映らないが、気配は感じる。長年の戦闘経験が、目に見えない敵の存在を察知させてくれる。
仲間の戦場も同時に加速している。
リィナは擬態型の包囲を破ろうと薬剤を構え、バルグは海獣の尾を斧で受け止め、岩場に踏みとどまった。
三人それぞれが、最大の危機に直面している。
夜の牙が、三方向から同時に迫ってきていた。
暗闇に潜む敵たちが、一斉に最後の攻撃を仕掛けようとしている。この戦いの帰趨は、次の数分で決まるだろう。
港町の運命、住民たちの安全、そして俺たちの命――すべてがこの瞬間にかかっている。
俺は翼を広げ、見えない敵との最終決戦に臨んだ。星明りだけを頼りに、生死を分ける戦いが始まろうとしていた。
太陽が地平線の彼方に消え、世界は深い闇に包まれている。星明かりと月光が、戦場を不気味に照らしている。海は黒い鏡のように光を映し、波音は鼓動のように規則正しく響く。
昼間の激しい戦いとは対照的に、夜は静寂に支配されているかのように見える。しかし、その静けさは表面的なものでしかない。暗闇の中で、新たな脅威が息を潜めているのだ。
その静けさを、鋭い金属音が切り裂いた。
黒槍の狩人が、槍の石突きを空中足場に叩きつけ、火花を散らしながら体勢を変える。
これまでとは明らかに異なる動きで、何かの準備を始めているようだった。装甲の隙間から、淡い青白い魔力の光が漏れ始めた。
魔術的な力が活性化し、狩人の能力が大幅に向上しようとしている。
(……まだ本気じゃなかったのかよ)
これまでの激しい戦いでも、狩人は全力を出していなかったのか。嫌な予感が背骨を這い上がる。
狩人の槍先に纏う黒い霧が、夜気と混じり、視界を奪うほど濃くなっていく。
霧は単なる視界妨害ではなく、魔術的な効果を持っているようだ。やがて霧は槍の穂先だけでなく、狩人の全身を包み込み――その輪郭すら曖昧になる。
次の瞬間、消えた。
「ッ!?」
視界から狩人の姿が完全に消えた瞬間、背後から冷たい殺気。
完全な不意打ちで、これまでにない危険な状況だった。反射的に翼を翻すと、槍の刃が羽根を削り、夜風が血の匂いを運ぶ。
わずかな反応の遅れが、致命傷に直結する状況だった。
動きが一段と速い。
重装甲とは思えない軽さで、死角から死角へと飛び移るその姿は、もはや「人型の兵士」というより闇夜を狩る猛禽だった。
魔術によって身体能力が大幅に強化され、これまでの常識では対応できないレベルに達している。
――時間を稼げるかどうかすら怪しい。
こうなると、俺の役割である陽動すら困難になる。仲間たちの作業時間を確保するどころか、自分の生存すら危うい状況だった。
◆
洞窟の奥では、リィナが中央台への薬剤注入を終えたところだった。
汚染液は沈静化し、製造は停止。第一段階の目標は達成できたが、戦いはまだ終わっていない。だが、その直後――奥の影が揺れた。
最初は目の錯覚かと思ったが、明らかに何かが動いている。
ゆらり、と。
人影かと思ったが、違う。影は壁から剥がれるように形を変え、長い腕と爪を持つ黒い塊となって這い出してきた。
これまで遭遇したことのない、新種の敵の登場だった。
「……擬態型!?」
リィナの声に驚愕が込められている。黒羽同盟の実験体か。壁や床に溶け込んで潜み、侵入者を不意打ちする特殊個体だ。
それが三体、同時にリィナたちを包囲する。
完全に計算された配置で、逃げ場を完全に封じている。
衛兵が剣を振るうが、刃は液状の身体に沈み、効果が薄い。
物理攻撃では対処困難な相手で、特殊な対策が必要だった。その間に爪が閃き、衛兵の胸当てを引き裂いた。金属が紙のように裂ける音に、背筋が冷える。
防具すら容易く切り裂く攻撃力で、一撃でも受ければ致命傷になりかねない。
(戦闘しながら出口まで戻るのは……厳しい)
退路はまだ封鎖されている。しかも擬態型は壁や天井からも襲ってくるため、安全な足場はほぼ皆無だった。
三次元的な攻撃に対処しながら、同時に退路を確保するのは至難の業だった。
◆
崖下では、バルグが最後の鎖鎌使いを沈め、荒い息を吐いた。
激しい戦闘で体力を消耗しているが、まだ戦闘能力は十分に残している。だが、その勝利の間隙を狙うように、海面が盛り上がる。
海からの新たな脅威の出現で、戦況は再び混沌としてきた。
ザバァッ――!
水柱と共に現れたのは、漆黒の鱗を持つ大型の海獣だった。
これまでの人型の敵とは全く異なる、巨大な生物兵器の登場だった。胴体だけでバルグの三倍はある巨体が、潮をまとって岩場に這い上がる。
海水を滴らせながら現れたその姿は、まさに海の怪物そのものだった。
「今度は海からか……!」
バルグの声には疲労と警戒が混じっている。背びれの間に人影が見える。黒外套の魔術師が海獣の背に跨がり、手にした杖から海水を操っているらしい。
生物兵器と魔術師の組み合わせで、攻撃パターンは格段に複雑になった。
岩場の足元が一瞬で水に覆われ、足を取られそうになる。
魔術による水の操作で、バルグの得意とする地上戦でのアドバンテージが無効化されつつある。しかも海獣の尾は岩をも砕く威力で振るわれ、避けるだけでも体力を奪われる。
(面倒な組み合わせだな……!)
バルグの戦闘経験でも、これほど複雑な敵との戦いは初めてだった。
◆
三方面同時に、より危険な新手が現れた。
敵の真の実力が発揮され始め、これまでの戦いは前哨戦に過ぎなかったことが明らかになった。どれも時間をかければかけるほど状況が悪化するタイプの敵だ。
夜の海と空、岩場と洞窟。
光の乏しい環境が、敵の暗殺・奇襲能力を最大限に引き出している。これは敵にとって最適な戦闘環境であり、俺たちには不利な条件だった。
俺たちが勝つには、もう迷ってはいけない。
長期戦になれば不利は避けられない。決着を急がなければならない――全員が同時に、極限の判断を迫られていた。
(……次で決める。ここで落ちれば、全員終わりだ)
最後の勝負に賭ける決意を固め、俺は全力を尽くす覚悟を決めた。
翼に力を込め、俺は闇の中で再び狩人を探す。
視界には何も映らないが、気配は感じる。長年の戦闘経験が、目に見えない敵の存在を察知させてくれる。
仲間の戦場も同時に加速している。
リィナは擬態型の包囲を破ろうと薬剤を構え、バルグは海獣の尾を斧で受け止め、岩場に踏みとどまった。
三人それぞれが、最大の危機に直面している。
夜の牙が、三方向から同時に迫ってきていた。
暗闇に潜む敵たちが、一斉に最後の攻撃を仕掛けようとしている。この戦いの帰趨は、次の数分で決まるだろう。
港町の運命、住民たちの安全、そして俺たちの命――すべてがこの瞬間にかかっている。
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