空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

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第7章

第59話 反撃の咆哮

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 黒槍の狩人の眼光が、夕闇の中で獣のように光った。

 狩人としての本能が、獲物が反撃に転じたことを察知している。俺の突っ込み回避で生まれたわずかな間合いの乱れ――その一瞬を、俺は逃さない。

 これまでは守勢に回っていたが、ここからは攻守逆転の時間だ。

 翼を大きく広げ、空気を切り裂く音と共に急上昇。

 全力での上昇で、一気に高度を稼ぐ。狩人の槍が反応して追うが、既に俺は視界の外へ抜け出していた。

 重装甲の身をひねり、空中足場を蹴って追ってくるその執念は恐ろしいが、今の俺は逃げるつもりはなかった。

 狩人の追跡能力は異常だが、俺も空中戦のプロフェッショナルだ。三次元の空間を自由に移動できる俺の優位性を、今こそ発揮する時だった。

(ここからは、俺が狩る番だ)

 立場の逆転を宣言し、俺は本格的な反撃を開始する。風の層を読み、逆光になる位置を選び、狩人の死角から急降下。

 空中戦における戦術的優位を最大限に活用し、地上の戦士では対応困難な角度から攻撃を仕掛ける。

 狩人は勘で槍を振るうが、その刃先は俺の影すら捉えられない。

 これまでの正確無比な攻撃が嘘のように、狩人の動きに迷いが生じている。翼の先端で生じる乱気流が、重装甲の狩人の動きをわずかに狂わせた。

 空中戦では、わずかなバランスの乱れが致命的な隙を生む。狩人の完璧だった動きに、初めて破綻が見えた。

「……!」

 低い唸り声。

 狩人の表情に、初めて焦りの色が浮かんでいる。こいつの集中が俺に全て向いた。その瞬間、俺は仲間の戦場へと風圧を飛ばす。

 上空での戦いを利用して、地上の仲間たちを援護する作戦だった。わずか数秒の攻防が、地上の二人にとっては決定的な時間稼ぎになる。



 洞窟の奥。

 リィナは煙と汚染液の混じった空気の中、喉を焼くような刺激に咳をこらえて進んでいた。

 有毒な蒸気が立ち込める中での作業は、常人なら数分で意識を失うほど過酷だった。暴発型の樽は半分以上が制御不能となり、内部で泡立ちながら熱を発している。

 化学反応が進行し、樽の内圧が限界に達しているのが分かる。

 樽の表面が裂け、中から緑色の霧と液体が同時に噴き出した。

 高温高圧で噴出する汚染物質は、接触すれば即座に重篤な被害をもたらす危険なものだった。その瞬間、リィナは素早く小瓶を投げ込み、化学的中和を開始。

 彼女の薬学知識が、この危険な状況を乗り切る唯一の手段だった。液体と薬剤が混ざり合い、白く膨れ上がる発泡が霧を押し返す。

「今よ、全部反応させて!」

 リィナの指示で、衛兵たちが同時に複数の樽へ薬剤を投げつける。

 連携した攻撃で、敵の汚染物質を一網打尽にする作戦だった。次々と化学反応が連鎖し、爆発音と閃光が洞窟を照らす。

 爆発というよりも、巨大な蒸気釜が一斉に弾けたかのような轟音だ。

 衝撃波で黒外套の増援が吹き飛び、洞窟の入り口付近まで後退する。

 敵の陣形が完全に崩れ、リィナたちに反撃の機会が生まれた。リィナはその隙を逃さず、中央の製造台へと駆け上がった。

 彼女の手に握られているのは、最後の切り札――汚染物質を完全に無力化する高濃度薬剤だ。

 これまでの戦いで温存してきた、最強の対抗手段だった。これを注ぎ込めば、島全体の汚染液が一時的に無力化される。

「……やらせるか!」

 増援の一人が短剣を振りかざし突進するが、直後、天井からの落石がその進路を塞いだ。

 偶然ではない。耳を澄ませば、遠くで空を裂く轟音――あれは、俺が狩人を翻弄して生じた風圧だ。

 空中戦の余波が洞窟にまで影響を与え、リィナを援護している。三人の連携が、意図しない形で機能していた。



 崖下では、バルグが鎖鎌の使い手たちを完全に押し返していた。

 拘束から解放された彼の戦闘力は圧倒的で、敵は完全に劣勢に回っている。拘束が解けたことで、その戦斧は岩壁ごと敵を粉砕する勢いを取り戻している。

 バルグの本領発揮で、形勢は一気に逆転していた。

 鎖が空を切り、岩肌に弾かれる音が響くたび、バルグの斧は寸分の狂いなく敵の足場を崩す。

 地形を利用した戦術で、敵の機動力を封じている。ひと振りで岩片と共に敵を海へと叩き落とし、波間に消える悲鳴が響いた。

 海面への墜落は、重装備の敵にとって致命的だった。

「次はお前らだ!」

 バルグの声には勝利への確信が込められている。残る二人が左右から鎖を絡めてくるが、バルグは逆にそれを掴み、全身の力で引き寄せる。

 力勝負では、バルグに敵う者はいない。引き寄せられた敵は、重戦士の筋力を前に抵抗すらできず、至近距離で斧の餌食となった。

 海風が血の匂いを運び、潮と鉄の混じった匂いが鼻を刺す。

 戦闘の激しさを物語る光景だった。崖上からの援護は途絶え、眼下の海はもはや敵にとって安全地帯ではなくなった。



 三方向の戦場が同時に動いた。

 それぞれの戦いが連携し、相乗効果を生み出している。俺は狩人の正面へ再び躍り出て、翼で突風を巻き起こし、奴の足場を乱す。

 リィナは中央台に薬剤を流し込み、製造工程を完全に停止させた。バルグは最後の鎖鎌使いを岩壁に叩きつけ、その息の根を止めた。

 三人の同時攻撃で、敵の計画の根幹を破壊することに成功した。

 ――それでも、戦いは終わらない。

 黒槍の狩人はなおも俺の前に立ち塞がり、洞窟の奥からはさらに重装備の増援の足音が響いてくる。

 敵も最後の抵抗を試みており、油断は禁物だった。しかし、確かに流れは変わった。もはや敵だけが攻める戦場ではない。

 主導権は完全に俺たちの手に移り、敵は守勢に回っている。

(ここから先は……全員で、叩き潰す)

 最終段階に入った戦いで、俺は仲間たちとの連携を深めていく。夕陽は完全に沈み、空は深い藍色に包まれていた。

 夜戦の幕が上がる――決着まで、あとわずか。

 星明りが海面を照らし、戦場に神秘的な光を投げかけている。美しい夜景だが、その下で繰り広げられる戦いは熾烈を極めていた。

 黒羽同盟の野望を打ち砕くために、俺たちは最後の力を振り絞って戦い続ける。港町の平和を取り戻すその日まで、決して諦めることはない。
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