空を翔ける鷲医者の異世界行診録

川原源明

文字の大きさ
66 / 102
第7章

第66話 再び迫る黒き影

しおりを挟む
 朝の光に照らされた港町の海面が、不穏な影で覆われていく。

 穏やかだった朝の海が、次第に緊張感に満ちた戦場へと変貌していく。北の沖合から、黒い外套を掲げた船団がじわじわと近づいていた。数は……ざっと見積もって五隻。昨夜の戦闘で失った戦力を補うどころか、それ以上の規模で押し寄せてくる。

 黒羽同盟の組織力と資金力を改めて思い知らされる光景だった。一夜にしてこれほどの戦力を結集できるということは、本拠地の規模は想像以上に大きいのだろう。

 俺は高く舞い上がり、空から船団を観察した。

 上空からの偵察で、敵の戦力と装備を詳細に把握する必要がある。上空からの視界は広い。船の甲板には多数の兵士、その中には魔導装置らしきものを操作する者も見える。さらに、甲板中央に覆いをかけられた大型の樽――嫌な予感しかしない。

 昨夜の戦いで学習した敵が、より強力な装備で再襲来してきている。

(……昨夜の汚染液だ。しかも数が桁違い)

 触れられなくても、嗅覚が微量の揮発成分を拾っている。鷲の鋭敏な感覚が、遠距離からでも危険物質の存在を感知している。昨夜のものより濃い、刺すような刺激臭が海風に混じっていた。

 改良された汚染兵器を積んでいる可能性が高く、被害はさらに深刻になる恐れがある。

 港の防衛隊長が叫ぶ。

「町の防衛線を敷け! 弓隊は南岸へ、投石部隊は高台に!」

 迅速な対応で防衛態勢を整えようとしているが、港町は昨夜の被害で戦力を削られている。連戦となれば、住民の避難と防衛を同時進行する必要がある。

 人員不足と装備の制約が、防衛作戦を困難にしている。



「リィナ、あの樽……やばいぞ。あれを港に近づけるな」

「分かってる! でも船まで届く火力が……」

「だったら、誘導だ」

 直接攻撃が困難なら、別の方法で敵を阻止する必要がある。

 俺は港の外れまで飛び、海面すれすれを高速で滑空する。

 低空飛行による風圧を利用して、敵船の進路を妨害する作戦だった。翼で巻き起こす風が波を乱し、船団の一部が進路を変える。黒羽同盟の操舵手が、目の前の水柱や突風に驚き、わずかに速度を落とす。

 予想通りの効果で、敵の侵攻速度を遅らせることに成功した。

 その瞬間、バルグの投げた大石が船首を直撃し、船の進行がさらに鈍った。

 絶妙なタイミングでの連携攻撃が、敵にダメージを与えている。

「おお、効いたな!」

「だから言っただろ、的を作ってやるって!」

 バルグとの息の合った連携が、劣勢な状況でも有効な攻撃を可能にしている。直接攻撃はできないが、敵の注意と進路を操作するのは俺の役目だ。

 空中からの支援で、地上部隊の攻撃精度を向上させることができる。



 だが、敵もただ遅れるだけではない。

 黒羽同盟も昨夜の戦いから学習しており、対策を講じてきている。船団の一隻から、黒い外套の指揮官らしき人物が魔導装置を展開した。海面に黒い霧が広がり、視界が急速に奪われていく。

 魔術的な霧で、物理的な攻撃だけでなく視界妨害も組み合わせてきた。

(これは……視界妨害と毒霧の併用か)

 単純な煙幕ではなく、毒性を持った霧による複合攻撃だった。港町の防衛線が霧に包まれれば、敵の上陸を防げない。俺は急いで霧の発生源へ向かい、甲板上の魔導器に接近した。

 危険を承知で敵船に接近し、霧の拡散を阻止しようとする。

 直接壊すことはできない。だが、翼で風向きを変え、霧を船団側へ押し返すことはできる。

 物理的な破壊ではなく、環境操作による対抗策を実行する。

 船上の兵士たちが突然の逆風に翻弄され、霧が自軍側を覆って混乱が広がる。

 敵の戦術を逆利用し、自爆的な状況を作り出すことに成功した。その隙をつき、リィナの投擲した火薬瓶が霧の中で爆ぜた。甲板が炎に包まれ、敵の指揮が乱れる。

 チームワークによる連続攻撃で、敵の戦術を無効化している。



 しかし、まだ油断はできない。

 これまでの攻撃で敵にダメージは与えたが、決定打には至っていない。船団の後方、最も大きな一隻の甲板に――見覚えのある黒い槍の影が立っていた。

 最悪の予感が現実となって現れた瞬間だった。

(……やっぱり、生きてたか)

 海に沈んだはずの黒槍の狩人が、傷跡もほとんど見せずにこちらを見据えている。

 重装甲での海中落下から生還するという、常識では考えられない生存力を見せている。あの眼光は、昨夜と同じく一切揺らいでいなかった。

 敗北を経験してもなお、戦士としての意志は微塵も折れていない。

 次の瞬間、奴が大きく跳躍し、港の岸壁めがけて飛び込んできた。

 魔術的な身体強化により、人間離れした跳躍力を発揮している。

「バルグ! リィナ! 狩人来るぞ!」

 仲間に緊急警告を発し、最強の敵の再来に備える。

 再び、港町を揺るがす戦いの幕が上がった。

 昨夜以上に困難な戦いになることは確実で、三人の結束がこれまで以上に試されることになる。黒槍の狩人という最強の敵と、増強された黒羽同盟の戦力。

 しかし、俺たちには昨夜の勝利という経験と、揺るぎない仲間との絆がある。どれほど強大な敵が現れようとも、港町と住民を守り抜いてみせる。

 朝日を背に受けながら、俺たちは再び戦いの渦中へと身を投じた。終わりなき戦いの中で、真の平和を掴むために。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。 これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。 ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。 気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた! これは?ドラゴン? 僕はドラゴンだったのか?! 自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。 しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって? この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。 ※派手なバトルやグロい表現はありません。 ※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。 ※なろうでも公開しています。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー 不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました 今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います ーーーー 間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です 読んでいただけると嬉しいです 23話で一時終了となります

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~

小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ) そこは、剣と魔法の世界だった。 2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。 新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・ 気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...