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第7章
第69話 囮の翼
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路地の奥で、黒槍の狩人とバルグの斧が再びぶつかり合う。重い金属音が狭い空間に響き渡り、壁の石が欠けて飛び散った。火花が舞い散り、石畳に焼け跡のような痕を残している。俺はその上空、わずかに旋回しながら隙をうかがっていた。
狩人の動きは研ぎ澄まされており、バルグの巨腕でも押し切ることができない。黒い鎧に身を包んだその姿は、まるで死神のような威圧感を放っている。槍の穂先から立ち上る黒いオーラは、魔力による強化の証拠だ。一撃一撃が致命的な威力を秘めており、正面から受ければバルグといえども無傷では済まない。
その証拠に、バルグの斧の柄には既にひび割れが走り、汗が額を伝っている。戦闘開始から既に十分以上が経過しているが、狩人の攻撃の手は一向に緩まない。むしろ、時間が経つにつれて動きが鋭さを増しているように見えた。
このままでは、時間切れで別働隊が到着し、完全包囲が成立する。港の北側から回り込んできている敵部隊の足音が、海風に混じってかすかに聞こえてくる。彼らがここまで到達するのは、あと十分程度だろう。
(……なら、包囲が完成する前に、奴を外へ引っ張り出す)
腹をくくった。港の防衛線を維持するためには、狩人を戦場から引き離すしかない。それも、確実にこちらを追ってくる形で誘導する必要がある。この狭い路地での戦闘を続けていれば、やがてバルグの体力が限界に達し、狩人の勝利は決定的となる。
俺の心臓が激しく鼓動を打っている。これから実行しようとする作戦は、成功すれば戦況を好転させるが、失敗すれば俺自身が狩人に捕らえられる危険がある。だが、他に選択肢はない。仲間たちの命と港町の安全を守るためには、この賭けに出るしかなかった。
◆
俺は急降下して狩人の背後すれすれを通過し、翼で突風を叩き込んだ。強烈な風圧が狩人のマントを翻し、黒い布が一瞬宙に舞い上がる。わずかに動きが止まった瞬間を狙い、さらに挑発を加える。
「おい、こっちだ!」
声に込めた嘲りと挑戦の響きは、狭い路地に響き渡る。同時に爪先で岸壁を軽くかすめ、わざと石片を飛ばして狩人の頬を掠らせた。小さな破片が黒いヘルメットに当たり、金属音を立てる。
その瞬間、狩人の全身が一瞬凍りついた。まるで獲物を見つけた猛獣のように、殺気が一点に集中する。ヘルメットの下の眼が、鋭く俺を射抜く。その視線には、確かな敵意と狩猟本能が宿っていた。
槍先がゆっくりと持ち上がり、完全に俺へと照準を合わせた。狩人の意識が、地上のバルグから空中の俺へと移った証拠だ。黒いオーラが槍身を這い上がり、穂先で渦巻いている。明らかに次の標的として、俺を認識したのだ。
(よし……食いついた)
内心で安堵しながらも、緊張は高まる一方だった。これから始まる追撃戦は、一歩間違えれば命に関わる。だが、港を守るためには必要な犠牲だ。
バルグが短く頷き、俺の意図を察して防御から攻撃へ転じた。狩人の注意が俺に向いている隙を突き、渾身の力で斧を振り下ろす。しかし、狩人はその攻撃を一閃で受け流し、そのままの流れで俺を追って路地を飛び出した。
予想していたとはいえ、狩人の反応速度と判断力に背筋が寒くなる。あの状況で瞬時に標的を切り替え、しかもバルグの攻撃を完璧に処理した上で追撃に移る。人間の域を超えた戦闘能力だ。
◆
俺は港の外壁を越え、沖合へ向かって一直線に飛ぶ。翼を大きく羽ばたかせ、最大速度で海上へ向かった。背後から風を裂く音が響く。槍が空気を切り裂く独特の音が、着実に距離を詰めてくる証拠だ。
振り返ると、狩人は港の屋根を蹴り、時には煙突や旗竿を足場にして俺を追ってきている。重装甲とは思えない軽やかさで、まるで重力を無視しているかのような動きだ。その執念深さに、改めて相手の恐ろしさを実感する。
上空から見れば、港内の戦況がわずかに好転しているのが分かる。狩人という最大の脅威が戦場を離れたことで、南岸の防衛線が持ち直している。リィナも自由に動けるようになり、爆薬を使って敵の小舟を次々と炎上させていた。
だが、俺自身は逃げ切るつもりはない。この追撃戦を、狩人ごと沖合にある難破船の方へ誘導する計画だった。そこは数年前の海難事故で半沈状態になった大型船が引っかかっており、海底は鋭い岩礁だらけ。人間が落ちれば鎧ごと砕かれる危険地帯だ。
潮風が強くなり、海の匂いが濃厚になってくる。下に見える海面は深い青色を湛え、時折白い泡を立てて岩礁の存在を示している。あの水中に落ちれば、重い鎧を着た狩人といえども自由な動きは取れないはずだ。
(あと少しで岩礁帯……そこまで誘い込めれば)
心の中で距離を測りながら、俺は飛行ルートを微調整する。狩人を確実に危険海域まで誘い込むには、絶妙なタイミングで回避行動を取る必要がある。
◆
その時、狩人の槍が風を切って迫った。黒いオーラを纏った穂先が、俺の羽根を狙って一直線に飛んでくる。間合いを読み違えていた。奴の投擲能力は、予想以上に高い。
ぎりぎりで進路を変え、槍を回避する。しかし、狩人の攻撃はそれで終わりではなかった。奴は海面に着水すると同時に、水を蹴って横滑りのように間合いを詰めてくる。まるで海面を地面のように扱う異常な技術だ。
その動きで俺の翼に槍を引っかけようとしてくる。慌てて回避するが、槍先が羽根をかすめ、冷たい痛みが走った。数枚の羽根が宙に舞い、海面に散った。
(くっ……この距離じゃ、時間稼ぎできねぇ)
当初の計画は変更せざるを得ない。岩礁帯まで誘い込むより先に、直接的な足止めを仕掛ける必要がある。狩人の追撃能力は想像以上で、このままでは逆に捕まってしまう危険がある。
俺の脳裏に、リィナの調合した薬品の存在が浮かんだ。腰の小袋に入れている「瞬間硬化薬」──水と反応して急速に粘度を増す特殊な液体だ。完全な拘束は無理でも、短時間の足止めにはなるはずだ。
◆
俺は急上昇し、真上から狩人の頭上へ急降下した。翼を思い切り羽ばたかせ、海水を巻き上げて狩人の視界を覆う。塩水の飛沫が宙に舞い、一時的に視界を遮った。
その一瞬の隙を突き、腰の小袋からリィナが調合した「瞬間硬化薬」を海面へぶちまける。小瓶の中身が海水と混ざり合い、白く濁った液体が瞬く間に粘性を帯びた。化学反応による独特の匂いが立ち上る。
狩人の足が海中でわずかに沈み、動きが鈍った。完全拘束には至らないが、数秒間の足止めにはなる。その証拠に、狩人が足を上げようとするたびに、粘着質の液体が糸を引いて抵抗している。
――その数秒で十分だ。俺は岩礁帯までの距離を一気に詰め、奴を誘い込むルートを再構築する。今度こそ、確実に危険海域まで誘導してみせる。
(ここで仕留める……!)
沖の陽光が波に砕け、鋭い岩肌が黒く口を開けていた。難破船の残骸が見える距離まで来ている。あの船体に狩人を叩きつけることができれば、さしもの奴も無事では済まないはずだ。
しかし、狩人も簡単には諦めない。粘着液から足を引き抜くと、今度は海面を滑るように移動して距離を詰めてくる。その執念深さと適応力に、改めて相手の恐ろしさを思い知らされた。
最終局面が近づいている。この勝負、どちらが先に限界を迎えるかの我慢勝負だ。俺は歯を食いしばり、最後の力を振り絞って翼を動かした。港町の平和と仲間たちの命がかかった戦いに、絶対に敗北は許されない。
海風が頬を叩き、潮の香りが鼻腔を刺激する。眼下に広がる紺碧の海と、その先に待つ岩礁の迷宮。この美しくも危険な舞台で、俺と黒槍の狩人との最終決戦が始まろうとしていた。
狩人の動きは研ぎ澄まされており、バルグの巨腕でも押し切ることができない。黒い鎧に身を包んだその姿は、まるで死神のような威圧感を放っている。槍の穂先から立ち上る黒いオーラは、魔力による強化の証拠だ。一撃一撃が致命的な威力を秘めており、正面から受ければバルグといえども無傷では済まない。
その証拠に、バルグの斧の柄には既にひび割れが走り、汗が額を伝っている。戦闘開始から既に十分以上が経過しているが、狩人の攻撃の手は一向に緩まない。むしろ、時間が経つにつれて動きが鋭さを増しているように見えた。
このままでは、時間切れで別働隊が到着し、完全包囲が成立する。港の北側から回り込んできている敵部隊の足音が、海風に混じってかすかに聞こえてくる。彼らがここまで到達するのは、あと十分程度だろう。
(……なら、包囲が完成する前に、奴を外へ引っ張り出す)
腹をくくった。港の防衛線を維持するためには、狩人を戦場から引き離すしかない。それも、確実にこちらを追ってくる形で誘導する必要がある。この狭い路地での戦闘を続けていれば、やがてバルグの体力が限界に達し、狩人の勝利は決定的となる。
俺の心臓が激しく鼓動を打っている。これから実行しようとする作戦は、成功すれば戦況を好転させるが、失敗すれば俺自身が狩人に捕らえられる危険がある。だが、他に選択肢はない。仲間たちの命と港町の安全を守るためには、この賭けに出るしかなかった。
◆
俺は急降下して狩人の背後すれすれを通過し、翼で突風を叩き込んだ。強烈な風圧が狩人のマントを翻し、黒い布が一瞬宙に舞い上がる。わずかに動きが止まった瞬間を狙い、さらに挑発を加える。
「おい、こっちだ!」
声に込めた嘲りと挑戦の響きは、狭い路地に響き渡る。同時に爪先で岸壁を軽くかすめ、わざと石片を飛ばして狩人の頬を掠らせた。小さな破片が黒いヘルメットに当たり、金属音を立てる。
その瞬間、狩人の全身が一瞬凍りついた。まるで獲物を見つけた猛獣のように、殺気が一点に集中する。ヘルメットの下の眼が、鋭く俺を射抜く。その視線には、確かな敵意と狩猟本能が宿っていた。
槍先がゆっくりと持ち上がり、完全に俺へと照準を合わせた。狩人の意識が、地上のバルグから空中の俺へと移った証拠だ。黒いオーラが槍身を這い上がり、穂先で渦巻いている。明らかに次の標的として、俺を認識したのだ。
(よし……食いついた)
内心で安堵しながらも、緊張は高まる一方だった。これから始まる追撃戦は、一歩間違えれば命に関わる。だが、港を守るためには必要な犠牲だ。
バルグが短く頷き、俺の意図を察して防御から攻撃へ転じた。狩人の注意が俺に向いている隙を突き、渾身の力で斧を振り下ろす。しかし、狩人はその攻撃を一閃で受け流し、そのままの流れで俺を追って路地を飛び出した。
予想していたとはいえ、狩人の反応速度と判断力に背筋が寒くなる。あの状況で瞬時に標的を切り替え、しかもバルグの攻撃を完璧に処理した上で追撃に移る。人間の域を超えた戦闘能力だ。
◆
俺は港の外壁を越え、沖合へ向かって一直線に飛ぶ。翼を大きく羽ばたかせ、最大速度で海上へ向かった。背後から風を裂く音が響く。槍が空気を切り裂く独特の音が、着実に距離を詰めてくる証拠だ。
振り返ると、狩人は港の屋根を蹴り、時には煙突や旗竿を足場にして俺を追ってきている。重装甲とは思えない軽やかさで、まるで重力を無視しているかのような動きだ。その執念深さに、改めて相手の恐ろしさを実感する。
上空から見れば、港内の戦況がわずかに好転しているのが分かる。狩人という最大の脅威が戦場を離れたことで、南岸の防衛線が持ち直している。リィナも自由に動けるようになり、爆薬を使って敵の小舟を次々と炎上させていた。
だが、俺自身は逃げ切るつもりはない。この追撃戦を、狩人ごと沖合にある難破船の方へ誘導する計画だった。そこは数年前の海難事故で半沈状態になった大型船が引っかかっており、海底は鋭い岩礁だらけ。人間が落ちれば鎧ごと砕かれる危険地帯だ。
潮風が強くなり、海の匂いが濃厚になってくる。下に見える海面は深い青色を湛え、時折白い泡を立てて岩礁の存在を示している。あの水中に落ちれば、重い鎧を着た狩人といえども自由な動きは取れないはずだ。
(あと少しで岩礁帯……そこまで誘い込めれば)
心の中で距離を測りながら、俺は飛行ルートを微調整する。狩人を確実に危険海域まで誘い込むには、絶妙なタイミングで回避行動を取る必要がある。
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その時、狩人の槍が風を切って迫った。黒いオーラを纏った穂先が、俺の羽根を狙って一直線に飛んでくる。間合いを読み違えていた。奴の投擲能力は、予想以上に高い。
ぎりぎりで進路を変え、槍を回避する。しかし、狩人の攻撃はそれで終わりではなかった。奴は海面に着水すると同時に、水を蹴って横滑りのように間合いを詰めてくる。まるで海面を地面のように扱う異常な技術だ。
その動きで俺の翼に槍を引っかけようとしてくる。慌てて回避するが、槍先が羽根をかすめ、冷たい痛みが走った。数枚の羽根が宙に舞い、海面に散った。
(くっ……この距離じゃ、時間稼ぎできねぇ)
当初の計画は変更せざるを得ない。岩礁帯まで誘い込むより先に、直接的な足止めを仕掛ける必要がある。狩人の追撃能力は想像以上で、このままでは逆に捕まってしまう危険がある。
俺の脳裏に、リィナの調合した薬品の存在が浮かんだ。腰の小袋に入れている「瞬間硬化薬」──水と反応して急速に粘度を増す特殊な液体だ。完全な拘束は無理でも、短時間の足止めにはなるはずだ。
◆
俺は急上昇し、真上から狩人の頭上へ急降下した。翼を思い切り羽ばたかせ、海水を巻き上げて狩人の視界を覆う。塩水の飛沫が宙に舞い、一時的に視界を遮った。
その一瞬の隙を突き、腰の小袋からリィナが調合した「瞬間硬化薬」を海面へぶちまける。小瓶の中身が海水と混ざり合い、白く濁った液体が瞬く間に粘性を帯びた。化学反応による独特の匂いが立ち上る。
狩人の足が海中でわずかに沈み、動きが鈍った。完全拘束には至らないが、数秒間の足止めにはなる。その証拠に、狩人が足を上げようとするたびに、粘着質の液体が糸を引いて抵抗している。
――その数秒で十分だ。俺は岩礁帯までの距離を一気に詰め、奴を誘い込むルートを再構築する。今度こそ、確実に危険海域まで誘導してみせる。
(ここで仕留める……!)
沖の陽光が波に砕け、鋭い岩肌が黒く口を開けていた。難破船の残骸が見える距離まで来ている。あの船体に狩人を叩きつけることができれば、さしもの奴も無事では済まないはずだ。
しかし、狩人も簡単には諦めない。粘着液から足を引き抜くと、今度は海面を滑るように移動して距離を詰めてくる。その執念深さと適応力に、改めて相手の恐ろしさを思い知らされた。
最終局面が近づいている。この勝負、どちらが先に限界を迎えるかの我慢勝負だ。俺は歯を食いしばり、最後の力を振り絞って翼を動かした。港町の平和と仲間たちの命がかかった戦いに、絶対に敗北は許されない。
海風が頬を叩き、潮の香りが鼻腔を刺激する。眼下に広がる紺碧の海と、その先に待つ岩礁の迷宮。この美しくも危険な舞台で、俺と黒槍の狩人との最終決戦が始まろうとしていた。
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