あなたが読むかぎり

川原源明

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第1章 Whispr ―語られすぎた物語―

第3話 足音

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 ひなたは、気づいてしまった。

 ──足音の数が合わない。

 理久の前を歩く自分と、その背後に続く理久。

 それだけのはずなのに、背中の向こう側から──もう一組、異なるリズムの足音が微かに混じっている気がする。

 左右に揺れながら、ぐしゃり、ぐしゃり、と湿った地面を踏みしめるような音。

「……ちょっと、待って」

 ひなたが立ち止まると、理久も足を止めて振り返った。

「どうした」

「……誰か、ついてきてない?」

「気のせいだろ」

 そう言いながらも、理久は林の奥へ視線を向けた。

 枝葉の間から差す光が斜めに揺れて、地面に影を落としている。

 だがそこには、何もいない。

 風も止み、鳥の鳴き声も聞こえない。

 まるで、この場所だけが時間から取り残されているようだった。

________________________________________
 そのとき──またしても、ユイのアカウントからツイートがあった。

09:38「足音が止まらない。後ろに、いる」

09:39「もう、逃げられないのかな」

「おい、これ……」

 理久が呟いた。スマホの画面をひなたに見せる。

「位置情報、さっきより明らかに近づいてる。距離にして……たぶん、百メートルもない」

「……えっ?」

「この“ユイ”のアカウント、今現在も何かしらの通信端末で動いてる可能性がある。GPS誤差を加味しても、ほぼこの林の中だ」

「じゃあ……まだ、この近くに……」

「それが本人なら、な」
________________________________________

 林道は、次第に上り坂になっていった。

 踏みしめるたびに、足元の落ち葉が滑る。木々の間に、ぽっかりと開けた空間が見えてきた。

 そこには──古びたトタン屋根の、倉庫のような建物がぽつんと建っていた。

「……なんで、こんな場所に……?」

 ひなたが思わず声を漏らす。

 看板も表札もない。窓は木板で打ちつけられ、入り口の引き戸は錆びついて斜めに歪んでいた。

 だが、その扉の前には──新しめのスニーカーの足跡が、くっきりと残っていた。

「この足跡……最近のだ」

 理久がかがみこみ、スマホで写真を撮る。

「この土の乾き具合、今朝の雨のあとに付いたものだな。つまり……ほんの数時間前に誰かがここに来た」

「ユイ……?」

 ひなたの声に、理久は小さく首を振った。

「まだ断定はできない。だが、投稿時刻とGPSの一致を考えると──中に何かがあるかもしれない」

________________________________________

 錆びた取っ手に手をかけ、理久が扉を引く。

 ギィ……という音と共に、倉庫の内部がゆっくりと露わになる。

 埃と錆と、何かが腐ったような甘い匂いが、押し寄せる。

 外から差し込む光に浮かび上がったのは、朽ちかけた棚、倒れた脚立、破れたダンボール──

 そして、奥の壁際に、放り投げられたようなリュックサックだった。

 ひなたが近づくと、それは──

「……このタグ、“Yui”って……」

 バッグの内側、名前を書くスペースにボールペンで小さくそう書かれていた。

 ひなたは、言葉を失った。
________________________________________

 そのとき、またツイートが更新された。
09:44「気づいてくれた?」

09:45「なら、見て。そこにあるよ」

________________________________________
「……そこ?」

 理久が反応するより早く、ひなたが棚の隙間に手を差し入れた。

 紙の感触──そして、ビニールに包まれた何か。

 引き抜いたそれは、濡れて乾いたような紙の束。数ページに渡る、手書きのメモ。

 走り書きのように、乱れた文字でこう記されていた。

『助けて。わたし、見つかった。あの人──顔が、同じじゃなかった。なのに、わたしの名前を呼んだ』

『わたしじゃない。あれは、わたしじゃない』

________________________________________

 ひなたは震える手でページをめくる。

 最後のページには、こう書かれていた。

『もしこれを見たなら、お願い。あのアカウントを、止めて。わたしはもう──』

 そこまでで、文字は途切れていた。
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