あなたが読むかぎり

川原源明

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第1章 Whispr ―語られすぎた物語―

第4話 “誰か”が、ユイになった

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 空気が変わった。

 倉庫の中に立ち込めていた埃と腐臭が、妙に遠のいた気がした。

 でも、それは風が吹いたからじゃない。──音が、していたのだ。

 誰かが、林の中を踏みしめて近づいてくる。さっき感じた、第三の足音。

 ぐしゃり、ぐしゃりと、湿った地面を踏む音。

 ふたりは息をひそめて身を伏せた。理久が棚の隙間から静かに外をのぞく。

「一人だ。……女」

「ユイ?」

 ひなたがささやくように尋ねた。

 だが、理久は黙って首を横に振る。

________________________________________
 外を歩く人影は、確かに制服姿の女子だった。

 黒髪で、痩せ型で、背格好もユイのSNSに載っていた情報と一致する。

 けれど──顔が、違う。

 いや、「違う」のではない。顔が“曖昧”だった。

 輪郭は見える。目鼻もある。けれど、見ているはずなのに、細部が記憶に残らない。

 まるで、夢で見た人の顔を思い出せないような、ぼやけた感覚。

 理久は目を細め、ポケットからスマホを取り出す。

________________________________________

 タイムラインに、新しい投稿があった。

09:52「今度は、君たちの番だね」

「……やっぱり、操作してるのは“本人”じゃない」

 理久が言った。言葉に冷気が混じっていた。

「このアカウント、今投稿してるやつは“ユイ”のふりをしてる。けど──文体が違う。前はもっと、戸惑ってた。助けを求めてた。でも今は、違う」

「“誰か”が、ユイになりすまして投稿してる……ってこと?」

「ああ」

________________________________________

 外の“彼女”は、倉庫の前まで来ていた。

 扉の隙間から中をのぞき、何かを確認している様子だった。

 理久がひなたを手で制して、身を伏せさせる。

 彼の目は、探るように相手の動きを追っていた。

 やがて“彼女”は、扉に手をかけ──そして、すぐに立ち去った。

 足音は、倉庫の裏手へと消えていった。
________________________________________

「……今の、“誰か”がユイを殺した犯人?」

「それは、まだわからない。でも──あれは“ユイ”の投稿に反応してここに来た。つまり、アカウントと実体が結びついてる。ただの悪戯じゃない」

「じゃあ、このまま放っておいたら……また、誰かが“成り代わられる”?」

 理久は答えず、スマホの画面をじっと見つめていた。

 画面の中、ユイのアカウントには固定ツイートが設定されていた。

 それは、数日前の投稿の再ピン留めだった。

『このアカウントは、次の“語り部”を待っています』

________________________________________

「……語り部?」

 ひなたが小さくつぶやいた。

 理久はスマホを閉じて立ち上がった。

「わかった。これ、単なる成り代わりじゃない。“物語”そのものを乗っ取る構造になってる」

「どういうこと?」

「ユイはたぶん、何かを“見てしまった”。そして“語った”。でも──その語りが“語り手”を作り替える。“語る者”が、喰われる構造になってる。SNSっていう場を通して、な」

________________________________________

 ひなたはぞっとした。

 言葉を交わすことで、何かが侵食してくる。

 誰かの記録が、誰かのふりをして、また別の“誰か”を引き寄せる。

「じゃあ……次の語り部って……」

「俺たちのどっちかかもな。あるいは──すでに、別の誰かが引き寄せられてるかもしれない」
________________________________________

 そのとき、スマホがもう一度震えた。

09:57「次は、あの子にしようか」

 その投稿には、ひなたの学校名と、イニシャルが添えられていた。

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