あなたが読むかぎり

川原源明

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第1章 Whispr ―語られすぎた物語―

第10話 観測者と目撃者

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 ──コン、コン。

 扉の向こうから、またノックが響いた。
 だがその音は、あまりにも整然としていて、人間の感情を一切感じさせなかった。

 ひなたは手を止め、呼吸を潜める。
 自分の中で何かが崩れ始めていた。歩いた、止まった、手を伸ばした──そのすべてが、“先に”記録されていた。

 自分の行動が、誰かの目に、誰かの意志に“書き込まれている”。

「開けちゃだめだ、ひなた!」

 理久の声が、スマホから響いた。イヤホン越しの音。
 彼は今、パララックス記憶研究所──通称**PML(ピーエムエル)**のデータアーカイブを掘り続けていた。

「お前、未来のログが“観測”されてる。
 でも逆に言えば、“観測された未来”には、まだ実行の自由があるかもしれない」

「……どういうこと?」

「記録されるだけじゃ“固定”されない。
 本当に危ないのは、“記録された通りに動いた瞬間”、“実況が成立”してしまう」

 実況とは、あくまで行動と記述の一致によって成立する“物語”。
 だから、実況ログが存在していても、その通りに動かなければ成立しない可能性がある。

「つまり……“ずらせば”いい?」

「そう。たった一秒でも、一歩でもずらせば、“それは別の出来事”として記録される。
 ログが破綻する。実況のシーケンスに“ノイズ”が入る」

 理久の言葉に、ひなたは震えながらもうなずいた。

 扉の前で、ひなたはスマホ画面を確認する。
 次の投稿は、まだ来ていない。

    12:28「たすけて、理久……」

 その直前、扉を開ける記述の時間──12:26。
 現在の時刻は、12:25と59秒。

「……やるしかない」

 彼女は扉の前から、一歩、右にずれた。

 その瞬間──

    12:26「扉を開けた。中に誰かがいた」

 投稿は──上がらなかった。

 数秒後、《Whispr》の画面に、**“接続エラー”**が表示された。
 実況が中断されたことを示す、システム上の警告だった。

「……やった……?」

 そのとき、理久から着信が入る。

「お前、動き変えたな」

「うん……扉の前から動いた。“未来のログ”と一致しない動きにした」

「成功だ。**記録と現実の差異が生まれた。**つまり、
 《Whispr》は“語りと視点の一致”がないと動作できない」

 だが、喜ぶ間もなく、画面が再接続された。
 今度は、“別のアカウント”からの通知。

    @viewer_X_17:「……観測失敗。視点断絶。次の目撃者を検索中」

「“観測者”……?」

 理久が低く唸るように言った。

「実況者は語り手。けれど、その背後には**“観測者”という上位存在がいる**。
 記録するのはその存在。“目撃”をトリガーに、物語が生成される」

 その存在──**viewer(観測者)**は、視点を媒介として“語らせる”だけでなく、
 物語構造そのものを再構築する力を持つ可能性があった。

 語り手が拒否すれば、次の目撃者を探し始める。

 だが、その探索範囲は《Whispr》上に限らない。“共有された者全て”が対象になる。

「理久……つまり……」

「俺も狙われる。お前から“共有”された時点で、俺も候補になってる」

 そのとき、ひなたのスマホが震えた。

    @viewer_X_17:「君の“相棒”は、語る資質があるようだね」

 スクリーンに、理久の教室での後ろ姿が映し出された。
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