あなたが読むかぎり

川原源明

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第2章 ウブカタバコ ―言葉にしてはいけない箱―

第31話 語られるべき人

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「語り手、変更完了」

 それは、理久のタブレットにだけ届いた通知だった。

 ひなたの端末には、何も来ていない。

 スクリーンの中で、ただその一文が、どこにも送信元を持たずに表示されている。

「理久……何が“完了”したってこと?」

 彼はゆっくりと目を開けた。

 疲弊が滲む表情の奥に、明確な何かがあった。

「終わらせた。“語りの連鎖”を。構造としては、閉じたはずだ」

「じゃあ、どうして通知が……?」

 理久は少しだけ笑った。いつものように皮肉っぽくもなく、どこか遠いものを見るような、空虚な笑みだった。

「構造を完結させるには、“誰かが最後の語り手”にならなきゃいけない。俺はそれを引き受けた。つまり、俺が──“語られるべき人”になった」

「待って、それってどういう意味……?」

 彼は口を閉ざしたまま、ノートを開き、一枚のページを指さす。

 そこには、これまでの構文分析がびっしりと書かれていた。

 そして最下段に、赤い文字で一文。

    『語りの終焉には、“読者不在”の構造が必要』

「つまり──俺が語ったその瞬間、俺は“語りの内側”に取り込まれたってことだ。誰もその文を“読むことなく”、ただ俺の中で語られ、そこで終わる。その役目を果たすのは、たぶん一度きりだ」

 ひなたは立ち尽くしていた。
 何を言えばいいのか、何を問いただすべきなのかもわからない。

「……じゃあ、もうこの話、誰にも伝えられないってこと?」

「伝えていい。伝えてもいいけど、“語りの構造”に触れさえしなければいい。呪いが跳ねるのは、物語が“続く”からだ。終わった話は、ただの昔話だ。意味の輪が閉じた以上、もう呪いは感染しない」

 言いながら、理久は手のひらを開いた。

 その中心に、細い紙片が一枚、貼りついていた。まるで皮膚に浮かび上がった記号のように、黒いインクがにじんでいる。

「……それ、なに?」

「痕跡さ。“語られた者”としての、印。……たぶん、これが残ってる限り、俺はこの話を再び語ることはできない」

 彼はそれを隠すように、手をぎゅっと握った。

「だから、もうこの話は終わりだ。お前も、二度と“その箱”の名前を口にするな。知識としても、記録としても、もう捨てろ。これは、俺の中で終わった話なんだ」

 ひなたは、息を呑むように頷いた。

 それ以上、言葉は必要なかった。

 彼の覚悟と、自分がこれ以上関わってはいけない領域を、はっきりと感じ取っていた。

 ──だから、何も言わなかった。

 この話を、誰にも語らなかった。

 けれど。

 それから一週間後。
 ひなたのSNSアカウントに、DMが届く。

 差出人不明、添付画像一枚。

 そこには、薄暗い木箱が映っていた。

 そしてキャプションが一行。

    「ねえ、この箱、知ってる?」
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