32 / 46
第2章 ウブカタバコ ―言葉にしてはいけない箱―
第32話 “知ってる”という呪い
しおりを挟む
スマホの画面に浮かび上がった木箱の写真は、見覚えのある形だった。
黒ずんだ木肌。鋲のような金具。節のような、目のような──
ひなたは、画面を手のひらでそっと覆った。
それだけで、心臓の鼓動が速くなる。
「ねえ、この箱、知ってる?」
たったそれだけの文字列。送り主は不明。
アイコンも名前も、DMの履歴さえ存在しない。まるで、そこに何もなかったかのように表示されている。
削除しようとして、手を止めた。
スクリーンの隅に、“開封済み”の文字が浮かんでいた。
「……見た時点で、アウト……」
ひなたはスマホを伏せ、深く息をついた。
“語らなければ終わる”はずの物語が、誰かの“知っている”という意識を通して、またひらかれてしまった。
すぐに理久に連絡しようとしたが、指が止まる。
あれから、彼は一度もこの話題に触れていない。いや、“触れられない”のだ。
──彼の中で、物語は終わっている。
なら、自分がこの“再開”を引き受けるしかない。
決意を固めたひなたは、翌朝、図書館へ向かった。
目指すのは、以前理久が調べていた「呪術的伝承構造」についての記述がある専門書。
人文社会系の資料室はひどく静かで、異様に湿った紙の匂いが漂っていた。
『言語霊性と構造災禍』──
理久が読んでいた分厚い本の該当章を開くと、そこにはこう書かれていた。
“語られることで成立する概念体系は、記憶に宿る構造を伴って反復される。
それは単なる伝承ではなく、語られたことを知ること自体が再演となる。”
(p.134)
──語ったわけじゃない。
でも、思い出した。知っていた。
それだけで“再演”になる。
ページをめくる手が震える。
> “一度でも“知った”存在は、発話によらずとも再出現の器となる。特に、名称を媒介にしない構造的呪物は、記号よりも記憶を優先する。”
つまり──
語らなかったのに、なぜ戻ってきたのか。
その理由が、今このページの中にある。
「記憶が、呪いの媒体になった……」
ひなたは呟き、そしてすぐに口を押さえた。
声に出した。それだけで、輪が回る。
館内の静寂に、ひなたの呼吸音が異様に大きく感じられる。
そのとき。
ふいに、カウンターの奥から書架の影に人の気配を感じた。
そちらを振り向くと、女子生徒が一人、じっとこちらを見ていた。
制服姿。どこか見覚えのある顔。
その生徒は、ゆっくりと近づき──そしてひなたに問うた。
「ねえ、朝倉さん。“あの箱”って、あなたが投稿したんだよね?」
黒ずんだ木肌。鋲のような金具。節のような、目のような──
ひなたは、画面を手のひらでそっと覆った。
それだけで、心臓の鼓動が速くなる。
「ねえ、この箱、知ってる?」
たったそれだけの文字列。送り主は不明。
アイコンも名前も、DMの履歴さえ存在しない。まるで、そこに何もなかったかのように表示されている。
削除しようとして、手を止めた。
スクリーンの隅に、“開封済み”の文字が浮かんでいた。
「……見た時点で、アウト……」
ひなたはスマホを伏せ、深く息をついた。
“語らなければ終わる”はずの物語が、誰かの“知っている”という意識を通して、またひらかれてしまった。
すぐに理久に連絡しようとしたが、指が止まる。
あれから、彼は一度もこの話題に触れていない。いや、“触れられない”のだ。
──彼の中で、物語は終わっている。
なら、自分がこの“再開”を引き受けるしかない。
決意を固めたひなたは、翌朝、図書館へ向かった。
目指すのは、以前理久が調べていた「呪術的伝承構造」についての記述がある専門書。
人文社会系の資料室はひどく静かで、異様に湿った紙の匂いが漂っていた。
『言語霊性と構造災禍』──
理久が読んでいた分厚い本の該当章を開くと、そこにはこう書かれていた。
“語られることで成立する概念体系は、記憶に宿る構造を伴って反復される。
それは単なる伝承ではなく、語られたことを知ること自体が再演となる。”
(p.134)
──語ったわけじゃない。
でも、思い出した。知っていた。
それだけで“再演”になる。
ページをめくる手が震える。
> “一度でも“知った”存在は、発話によらずとも再出現の器となる。特に、名称を媒介にしない構造的呪物は、記号よりも記憶を優先する。”
つまり──
語らなかったのに、なぜ戻ってきたのか。
その理由が、今このページの中にある。
「記憶が、呪いの媒体になった……」
ひなたは呟き、そしてすぐに口を押さえた。
声に出した。それだけで、輪が回る。
館内の静寂に、ひなたの呼吸音が異様に大きく感じられる。
そのとき。
ふいに、カウンターの奥から書架の影に人の気配を感じた。
そちらを振り向くと、女子生徒が一人、じっとこちらを見ていた。
制服姿。どこか見覚えのある顔。
その生徒は、ゆっくりと近づき──そしてひなたに問うた。
「ねえ、朝倉さん。“あの箱”って、あなたが投稿したんだよね?」
0
あなたにおすすめの小説
天才ダウト! 〜天然な俺と、天然じゃない弟クンの、受験二人三脚〜
沼津平成@25周年カップ参加中
ミステリー
俺と弟。それぞれ違う高校受験を控えた2人が、勉強の傍ら編み出したのが「推理ゲーム」相手がそれぞれ超ムズ問題を作成して、とき合うゲーム。それはただの遊びだったはずが、母親・父親・そしてネコまでも介入してきて——!? こんなの”青春推理"じゃない? ダウト! 笑いとサスペンスが混じり合う、インドアな青春物語っ!!
全20回くらいで完結予定!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
奇異なる事象万お委せあれ:奇異探偵社
崎田毅駿
ミステリー
高校生の礼南は、巫女姿で探偵をするという珍しいバイトに精を出している。社長の大室がこの度引き受けてきた依頼は、なんと礼南の同級生で幼馴染みでもある御厨からのものだった。何でも、御厨がバイトをしているカラオケボックスの一室で、四人の男女が首を絞められ、うち三名が死亡、一名だけどうにか命を取り留めたという。その部屋を担当していた御厨に容疑が向きかねない状況だったため、近場の探偵社に依頼を出したところ、たまたま礼南のバイト先だったようだ。幼馴染みの前で、首尾よく解決となるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる