あなたが読むかぎり

川原源明

文字の大きさ
33 / 46
第2章 ウブカタバコ ―言葉にしてはいけない箱―

第33話 語らせる者

しおりを挟む
「ねえ、朝倉さん。“あの箱”って、あなたが投稿したんだよね?」

 その声には、確信の色があった。問いというより“断定”に近い。

 ひなたは一瞬、言葉を返せず立ち尽くした。

「……なに、それ」

 反射的に否定する。だが、内心は焦りでいっぱいだった。

 この子──どこかで見た覚えがある。

 同じ学校、たしか……一年のときに同じ委員会だった子。名前は……春日?

「昨日の深夜、見たんだよ。あなたのアカウント、“あれ”をリツイートしてた」

「違う、それは……っ」

 言いかけて、息を飲んだ。

 ──していないはずだ。

 “ウブカタバコ”に関する投稿は、理久と約束していた。語らない。記録しない。

 自分の端末にも、そんな記録はなかった。

 けれど、相手のスマホには、スクリーンショットが残されていた。

“@Hinata_AK 23:41 『もうすぐ、誰かが開けるんだって』”

 そこに貼られた画像は、あの箱。

 闇の中に浮かぶように、節くれだった木目が映っている。

「……これ、加工したんじゃないの?」

「私にそんな技術ないよ。それに、これだけじゃない。他にも何人かが言ってる。あなたのアカウントから、“語り”が始まったって」

 “語らせる”──

 その瞬間、ひなたは気づいた。

 これはただの呪物じゃない。“語る”主体を増やすために、他人の言葉を使う構造がある。

「ねえ……お願い。あれのこと、他の人に言った? “知ってる”って、誰かに話した?」

 春日は首を横に振った。

「話してない。けど、思い出すんだ。毎晩夢の中で、“語らされてる”の。内容は覚えてないのに、“語ってしまった”という感触だけが残る」

 それは明らかに“感染”だった。

 言葉ではない。記憶の奥に、声の残響だけが刻まれるように。

 ひなたの背筋に、冷たい汗が伝う。

 誰かに語る──その行為が、もうひなたの制御を離れ始めている。

 彼女自身が語らずとも、“語らされた”という事実が世界に広がっている。

「これ、誰にも話しちゃいけないんだ。誰かが語ったら、また“物語”が始まっちゃうから……」

「でももう始まってるんじゃない? わたし、昨日からずっと誰かの声が聞こえる。“あの箱の話、知ってる?”って。しかもその声、たぶん──あなたの声だよ」

 その言葉で、ひなたの心臓が凍る。

 “誰かに語らせる”

 “自分の声で、他人に語らせる”

 それは、ひなた自身が“新たな語り手”に“されつつある”ことを意味していた。

──語られる者から、語らせる者へ。

 物語は、語られることで始まる。

 だが、誰かを語らせることで拡張するなら──

 その呪いは、ひなたの意志では止められない段階に入っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才ダウト! 〜天然な俺と、天然じゃない弟クンの、受験二人三脚〜

沼津平成@25周年カップ参加中
ミステリー
俺と弟。それぞれ違う高校受験を控えた2人が、勉強の傍ら編み出したのが「推理ゲーム」相手がそれぞれ超ムズ問題を作成して、とき合うゲーム。それはただの遊びだったはずが、母親・父親・そしてネコまでも介入してきて——!? こんなの”青春推理"じゃない? ダウト! 笑いとサスペンスが混じり合う、インドアな青春物語っ!!  全20回くらいで完結予定!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

奇異なる事象万お委せあれ:奇異探偵社

崎田毅駿
ミステリー
高校生の礼南は、巫女姿で探偵をするという珍しいバイトに精を出している。社長の大室がこの度引き受けてきた依頼は、なんと礼南の同級生で幼馴染みでもある御厨からのものだった。何でも、御厨がバイトをしているカラオケボックスの一室で、四人の男女が首を絞められ、うち三名が死亡、一名だけどうにか命を取り留めたという。その部屋を担当していた御厨に容疑が向きかねない状況だったため、近場の探偵社に依頼を出したところ、たまたま礼南のバイト先だったようだ。幼馴染みの前で、首尾よく解決となるか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...