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しおりを挟むなるほど――と、ニアンナは頷いた。
「そのひとに惚れたんだね。まぁ、ヤンダークらしいと言えばヤンダークらしいけど。カフェ兼バーを経営する女主人に一目惚れ……とか」
「いや、一目惚れは正しいけど、女主人ではないよ」
「は? だって、そのひとマスターなんでしょ」
「うん」
「だったら――」
「男なんだ、そのひと」
この答えに思わず沈黙を返してしまったニアンナを、誰も責めないでほしい。だって、誰が考えるだろうか。
婚約者の惚れた相手が、女ならまだしも、男だった――なんて。
ニアンナは指先で自身の眉間を押さえた。そうして、聞き間違いである可能性や、幻聴であった可能性を考慮したあと、改めて顔を上げてヤンダークに訊き返す。
「……ごめん、なんて?」
「む、もう一度聞きたいのか? ならば繰り返そう。カフェ兼バーを経営している魅力的な男性に、心を奪われてしまった――と!」
「先月に婚約したばっかりの女が、ここにいるのに?」
「まぁ、好みの問題だよね」
「前歯折るぞ」
「あっはっは」
軽く笑ってから、彼はうっとりとした眼差しになった。次いで、聞いてもないのに勝手に語り始める。
「年齢は、そうだな……遠目に見ただけだから断定は出来ないけど、アラフォーってところかな。細身で、癖のある黒髪が可愛くて、ちょっとおっとりしてそうなところが最高に魅力的なんだ」
「仮にも婚約者からそういう話を聞かされる私の身にもなってほしいんだけど」
「大丈夫、破棄するから」
「クズの権化みたいな男……。って、ちょっと待って。遠目に見ただけって……」
うん、とヤンダークは首肯した。
「会話くらいしてるんでしょ? 店に行って、そこで出会ったとか、そういうことなんじゃないの? だったら――」
「え、会話なんてしてないよ」
「なにって?」
「だから、会話はまだしてない」
室内に、再び沈黙が満ちる。
ニアンナは、いよいよ頭が痛くなってきた。価値観や考え方の異なる人間と意思の疎通を図ることは、非常に困難なのである。
「……つまり、会話もまだしてない男が原因で、私は婚約を破棄されるってこと?」
「つらいかもしれないけど、この悲しい現実をどうか受け入れてほしい」
「奥歯も折るぞ」
ふっ――と、ヤンダークがなにかをさとったように微笑した。
それを無視して、ニアンナは続ける。
「だいたい……婚約破棄にしろ、なんにしろ。そんなの国王が……あんたのお父様が許すわけないじゃない。私はこの城に来たばっかりだし、そもそもこの結婚は、私の国とこの国の関係を良好に維持するために決まったようなもんだし……。おまけに、その一目惚れの相手は男で、お店のマスターなんでしょ?」
「俺だって、なにも考えなしってわけじゃないさ」
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