4 / 33
4
しおりを挟む「誰かと婚約したまま告白なんて、失礼にも程があるだろう」
「なんでそこだけ真っ当な感覚持ってるのよ」
「俺は、彼にそんな失礼な真似はしたくないんだ」
「男と駆け落ちするために婚約破棄される私に対する失礼を考えなさいよ。繰り返すけど、先月に婚約したばっかりなのよ。べつにあんたへの愛情は微塵もなかったけど」
「なら、なにも問題ないじゃないか!」
ヤンダークは笑顔で両腕を広げる。ひょっとすると、こういうのをサイコパスと呼ぶのだろうか。本人に悪意がなさすぎて、逆に怖くなってくる。
すると、彼は突然、机のしたから大きな手提げバッグを引っぱり出したかと思うと、それをニアンナに押しつけた。
「そんなわけで、はいコレ」
「……なに、これ」
「君の旅路用の荷物。これを持って、実家に帰ってくれ」
少しも悪びれる様子なく、ヤンダークは述べた。
「……私を城から追い出そうってわけ?」
「当然だ。婚約破棄した相手と共に暮らし続けるなんて、愛しい彼に申し訳がないからね」
「だから、私に対する申し訳なさを考えなさいって」
「はっはっは」
ニアンナは、ちらりと部屋の扉を見やる。
助けを欲しての動作だったが、目敏くもそれを察したヤンダークが、鼻で笑った。
「悪いが、呼んでもガレディは来ないよ」
「……なんですって」
対象の名を先にくちにされ、ニアンナは相手を睨む。
ヤンダークは得意げに肩をすくめた。
「ふふ、彼に助けを求めようとしたんだろう? ガレディは、君がもっとも信頼している家臣だからね。……でも、俺と彼はあまり相性がよくない。というか、ぶっちゃけて言うと仲が悪い。だから、彼には新たな緊急任務を与えて、この国から出てもらった。帰ってくるのは……そうだなぁ。最低でも二日は掛かるんじゃないかな」
言って、ヤンダークはぐいとニアンナに迫る。
「でも、それだけあれば充分だ」
彼はニアンナの背中を強引に押しながら、部屋の出口に向かった。
「さぁさぁ、一刻も早く実家に帰ってくれ。俺と彼の幸せのために!」
「ふざけないでよ! なんで私が!」
「先に言っておくけど、城の誰かに助けを求めようとなんてしたら、君の噂をあることないことバラまくからね。外堀を埋めるのは俺の得意とする戦術だし、それを抜きにしても、城に来たばかりのニアンナと産まれたときから城にいる俺……どちらが家臣達の信頼を得られるかは、考えるまでもないだろう」
「くっ……」
悔しい話ではあるが、それを指摘されてしまうと、ニアンナには反論することが難しい。
そうこうしているうちにニアンナは城の裏口にまで連れ出され、そこから外に追い出されてしまった。
空は、もう夕刻のオレンジに染まっている。
ここで大声を出して助けを求めることも可能ではあったが、しかし、ヤンダークはずる賢さだけは本物なので、そんな真似をしても事実無根な噂を広げられるのは目に見えていた。
そうなれば、悪役にされるのは間違いなくニアンナである。
2
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる