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しおりを挟むローランドが、なんとも複雑そうな眼差しで彩香を見る。
「……なんか、おじさんが悪いみたいな流れになってるけど、そもそも呼び出したのは君だからね」
「それに関しては謝ります。すみませんでした」
彩香としては真面目に謝罪をしたつもりだったが、ローランドはまだなにかを言いたげな目で彩香を見つめた。
しかし、すぐに諦めたふうに視線を逸らして、長いため息を吐く。
「……今の状態の君から魔力をもらう唯一の方法……それはねぇ……」
「はい」
「……エッチすることなんだ」
直後、室内に不自然なまでの静寂が満ちた。
彩香とローランドは、無言で見つめ合う。
そうして、彩香は眉間を押さえてから、彼に述べた。
「……すみません、ちょっと耳の調子が悪いみたいです」
「現実逃避はよくないよ」
聴覚の不調でひどい聞き違いをしたと思ったのだが、どうやらそうではないらしかった。
では、非現実的な現状が引き起こす幻聴だろうか。そう考え、彩香は改めて相手に問う。
「……えっと、なんて言いました?」
「エッチ」
ローランドは短く答えた。
数秒の間を置いて、再び彩香は訊く。
「……つまり?」
「おじさんに抱かれてください」
もう何度目になるかわからない沈黙を、ふたりは共有した。静かな空間で、時計の秒針だけがチクタクと働いている。
彩香は淡々と告げた。
「……性的な冗談は、女の子に嫌われますよ」
「それは嫌だなぁ。でも、さすがに初対面の女の子にこんな冗談言うほど、おじさんも変態じゃないよ」
彩香は思案する。もう、なにが現実でなにが現実ではないのか、よくわからなかった。ひょっとすると、自分は仕事による過労のせいで妙な夢を見ているのではなかろうか。
そうは考えるものの、夢から脱出する手段はいっこうに浮かんではこない。醒めない夢など、現実と同意である。
「……本気で言ってるんですか?」
「本気っていうか、君が魔術の素人である以上、本当にこれしか方法がないんだよ」
「私が男だったら、どうするつもりだったんです?」
問うと、ローランドはさらりと答えた。
「その場合は、殺して魔力を奪って帰ってたね。生命力と魔力は同一だから。もちろん、相手にもよるけど。無駄な殺生は避けたいところだけど……帰れないのは、おじさんも困るし」
なにを当たり前のことを――とでも言いたげな顔付きである。ひったくり行為を嫌がったり、簡単に「殺す」と言ってのけたり、どうにも価値観の基準が把握しづらい。
「……恨むなら、事故で悪魔を呼んじゃった自分を恨め……って、ことですか」
「そんな、まるで俺が疫病神みたいな言い方」
ローランドは笑った。悪魔も疫病神も似たようなものだと思うのだが、違うのだろうか。気になるものの、しかし彩香は訊けない。
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