虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

文字の大きさ
23 / 90
第2章 藍の眼と月詠の探偵

第22話 映らぬ者は、すぐ傍に

しおりを挟む
「重要なこと?」

 藍良は思わず声を漏らした。

「うん、実は気になったことが二つあるんだ。一つは、ユエがこの学園に固執する理由なんだけど……」
「それはわしも疑問に思っておった」

 タマオが重々しく口を挟む。

「ユエはしきりに『この学園は邪気が強い』と言っておる。だからここの人間を狙っているのだと。確かに強いが……もっと強いところはあるはずじゃ」
「もっと強いところ?」
「荒れた学校とか、極端に言えば刑務所とかじゃ。人間の邪気を集めるだけなら、そっちの方が手っ取り早いじゃろう。にも関わらず、ユエはわざわざここに来た。まるでこの学園そのものに用があるように思えてならんのじゃ」

 すると、千景が深く息を吐いた。

「きっと、僕のせいだ」
「どういうこと?」
「さっきの録音を聞いてわかったでしょ?ユエが僕を心底憎んでること」
「ああ……驚いたわい。あのカグヤ神を封じたのが、千景──お主だったとは」

 藍良は不安げにキョロキョロと千景とタマオを交互に見る。

「えっと、どういうこと?」
「カグヤ神はな、危うい死神でありながら、一部の死神から熱狂的に崇拝されていたんじゃ。録音を聞く限り、ユエもそうだったんじゃろう。それを封じたのが、ある審問官。それが千景じゃ。死神審問会は、その審問官の名を極秘扱いにしていたはずじゃ。その審問官が、崇拝者から報復されないようにな」
「そうだったんだ……」

 低く告げるタマオの声色がいつになく真剣で、藍良の胸はざわついた。すると、千景は静かに頷き、吐息をこぼす。

「でも……ユエはそれが僕だと突き止めた。でも、名前を知ったところで、死神界でその審問官を捜しだすのは至難の業。だからこの学園に来たんだ。僕を誘い出すために」

 千景は、藍良の方へ向き返る。

「この学園には藍良がいるから」

 藍良の胸がどきんと跳ねる。
 千景の視線は不安げでありながらも、秘めきらぬ想いがこもっていて、真っ直ぐ藍良に突き刺さった。

「藍良は僕の想い人で、僕の弱点──。それを知ったユエは、この学園に潜んで邪気を帯びた人間を次々と殺し始めた。そうすれば、僕が必ず現れるはずだと踏んで」

 すると、千景はわずかに目を伏せた。そして、苦悩と後悔が入り混じったような表情を浮かべる。

「ごめん、藍良。ずっと黙ってたことがある」

 千景が再び息を吸い込むと、覚悟を決めたようにこう告げた。

「僕、転校してくる前から藍良のことを知ってた。ずっと好きだった。君がこの学園にいることも、全部わかってたんだ」

 ──やっぱり。

 そんな気はしてた。というか、藍良にはそんな気しかしなかった。極めつけは、さっき見たあの夢だ。千景は藍良が思うより遥か昔から、どういうわけか自分のことを知っていたのだ。

 次の瞬間、千景ががくりと肩を落とす。

「ち、千景!?」

 かすれた声で千景は続ける。

「転校なんてしなくても、学校を……ユエの正体を探る方法はいくらでもあったのに……ここに潜んでるってわかって居ても立っても居られなくなった。藍良に何かあったらって思ったら……」

 うなだれたままの千景。その肩は小さく震えている。その姿を見ていられなくなった藍良は、そっと彼に手を伸ばす。だが、千景のネガティブターンは終わらない。

「転校したばかりのときは、こんなに藍良に近づくつもりじゃなかったんだ。でも顔を見たらどうしても話がしたくなって公私混同しちゃった。舞い上がって告白したり、うまいこと理由つけて居候したり……そのせいで藍良が僕の想い人だってユエに知られた。僕のせいで藍良が危険な目に……」

 両手で頭を抱えてうずくまる千景。その姿に藍良は思わずタマオと目を合わせ──。

「もおお~千景!落ち込まないの」

 そう言いながら、藍良はわざとちょっぴり乱暴に、千景の頭をくしゃっと撫でた。

「今更気にしたって仕方ないじゃん!遅かれ早かれバレてたって!あんた、すぐ顔に出るんだから」

 顔を上げた千景の瞳には、うっすら涙が光っていた。その顔が妙に可愛くて、思わず笑ってしまう。藍良は半べそをかいた彼の頭を今度は優しく撫でた。

「あのさ、千景は私のこと……」

 ──本当は、いつから知ってたの?

 ここまで言葉が出かけたところで、藍良は口をつぐんだ。なぜかはわからない。だが、これ以上は聞いてはいけないような、そんな気がしたのだ。

 藍良は咳払いをひとつすると、迷いを隠すように千景を笑顔で見つめた。

「泣かないの、千景。一緒にユエを捕まえよう。ね?」

 千景は照れたように微笑み、こくりと頷いた。
 わずかに揺らぐ空気。だが、その数秒後──。

 ──ガクッ。

 今度は藍良が思いきり首を垂れた。

「あ、藍良!?」
「ど、どうしたんじゃ!突然!?」
「いや……偉そうなこと言ったけどさ……」

 慌てる千景とタマオをよそに、藍良はちらりと割れた虚映ノ鏡へと視線を向ける。

「ユエの正体を掴むために必要な虚映ノ鏡、わたしのせいで割れちゃったんだった……」

 申し訳なさに胸が詰まり、藍良は顔を伏せる。すると、さっきのお返しとばかりに、千景の手がそっと藍良の頭に触れた。

「落ち込まないの、藍良」

 ハッとして顔を上げると、千景の表情は先ほどとは異なり、とても晴れやかだった。優しい眼差しはそのまま藍良へと注がれる。

「藍良はちゃんと、この録音の中にユエの手がかりを残してくれたんだ。それが気になったことの二つ目。今回ユエが藍良をさらった、本当の理由だよ」

 そう言うと、千景はスマホを操作し、ある個所の再生ボタンを押した。次の瞬間、冷え切った声が室内に響く。

『何度も鞄からこれを出そうとしてたよね?バレバレだったよ。まずは、親友で試してた。そのうち、僕に突きつけるつもりだったんでしょ?そうはさせない』

 冷徹な声。藍良の背筋に冷たいものが走る。
 そうだ。このあと、ユエは虚映ノ鏡を無情に踏み砕いた。その情景が鮮明に蘇り、藍良は怒りが込み上げる。だが一方で、千景の表情は不思議なほど穏やかだった。

「このユエの言葉、どう思った?」
「どうって……やっぱムカつく」
「同感じゃ」

 藍良はキッと千景を見据え、尋ねた。

「つまり、ユエがわたしをさらった目的はこの鏡を壊すため?」
「きっとね」
「抜かりない奴じゃの。虚映ノ鏡のことも知っておったとは」

 そうぼやくタマオ。だが、千景はゆっくりと首を振った。

「いや、ユエは知らないはずなんだ」
「え?」
「虚映ノ鏡の存在は、死神界では僕と審問官たちを束ねる最高審問官しか知らない。それなのに、ユエは虚映ノ鏡の特徴をなぜか知っていた。『神気を宿す者を映さない』という極めて稀な鏡をね」

 藍良とタマオは顔を見合わせ、息を呑む。
 だが、千景は淡々と言葉を続けた。

「ユエが何より恐れたのは、それだった。早く鏡を壊さなければ、正体がバレてしまう。でも、鏡は藍良が肌身離さず持っていた。体育の授業中も貴重品入れに隠してね。だから藍良がひとりになった瞬間を狙って行動に移した。藍良をさらって饒舌じょうぜつに“自分語り”をしたのも、化けている人間と違う性格を印象づけるため。藍良がその人物を疑うことがないように」
「じゃ、じゃあ……ユエはわたしが知ってる人間に化けてる……ってこと!?」

 藍良の問いに、千景は静かに頷いた。
 そのとき、タマオがひゅるりと藍良の体に巻きつきながら口を挟む。

「じゃが千景よ。話は戻るが、なぜユエは虚映ノ鏡のことを知っておったんじゃ?」
「そうそう、おかしいじゃん!千景とその……上司のお偉いさんしか知らないはずなのに……って……あ、あああ……あああああ!!」

 藍良の胸に雷のような衝撃が走った。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。千景は楽しげに口元を緩める。

「ユエはんじゃなくて、んだ。藍良が咲ちゃんに鏡を貸したとき、偶然そこに居合わせて自分が映らないのを見た。咲ちゃんは映っているのに、自分は映らない……そこで気付いたんだ。あの鏡が『神気を宿す者を映さない』特殊な鏡だってことを」
「ちょっと待って!わたし、咲に鏡を貸したあと、女子更衣室でこっそり女子たちに鏡をかざしたの!女子はみんな、間違いなくちゃんと映ってた!ってことは……!」

 藍良の目は大きく開かれ、声は震えていた。
 まさかユエは、自分たちが思っていたよりもずっと、ずっと近くに──。

「大分絞れてきたね」

 千景は確信を得たように、にっこりと微笑んだ。

「ユエが化けているのは、藍良が知る人物で、あのとき鏡に入り込めた人物……」

 ユエへと繋がる、確かな手がかり。
 千景は瞳を細め、迷いのない声で告げた。

「ユエはクラスの──男子生徒の中にいる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...