虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

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第2章 藍の眼と月詠の探偵

第26話 最悪の再会は火花とともに

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 昼休み。屋上には藍良と千景、そして転校生のたちばな兼翔けんしょうの姿があった。本来なら咲もいるのだが、財布を売店に置き忘れて、今は取りに戻っている。

 藍良は、隣にいる千景の様子が気になって仕方なかった。普段は丁寧な物言いで虫も殺さないような顔をした、隙あらばいつも自分を口説こうとクサイ台詞を並べ立てるあの千景が、今は不気味なほど押し黙っているのだ。

 原因は間違いなく、この兼翔だ。

 彼を見据える千景の眼差しは、藍良に向けるものとはまるで別物。
「話すのも面倒」「っていうか嫌い」──視線からそんな強い拒絶を感じる。

 ──まさに、「目は口ほどに物を言う」とはこのこと……。

 藍良がそう感じたとき、千景がついに口を開いた。

「……まさか君だったなんてね」

 重く落ちた声に、兼翔は「フン」っと鼻で笑った。

「好きで来たわけじゃない。女に現を抜かして黒標対象を取り逃した、アホな審問官の尻拭いだ」

 挑発的な兼翔の言葉。千景はふっと目を細めて余裕の笑みを浮かべる。

「報告が遅れただけで、僕たちはユエにかなり迫ってるんだよ。そう最高審問官に伝えてくれないかな。君がいなくても、ユエは捕まえる。だから心置きなく、死神界に帰ってくれ」

 柔らかな言い回しではあるが、声色は鋭く、冷たい棘のように感じられる。藍良は二人を交互に見ながら、見えない火花が散っているように思えてならなかった。

「変わってないな、お前」
「なにが?」
「そのままの意味だよ。重大な任務を任されているにもかかわらず、いつも自分の気分が最優先。お前の“気分”のせいで、周りはいつも振り回されるんだろうな。もしかしたら、今度は振り回すどころじゃ済まないんじゃないか。お前のせいで、大事な存在がもっと傷付く、なんてこともあるかもしれないな」

 言い終わるなり、兼翔は再び鼻で笑う。それを見て藍良は思わず苦笑いをした。

 ──こいつ、鼻で笑うのクセだな……。

「久しぶりに会ったと思ったら、随分情けない顔になったな。今までの任務がうまくいったのも、カグヤ神を封じられたのも、ただ運が良かっただけ。好きな女と会えて腑抜けになっている今のお前の体たらく、まったくもって見るに堪えんな」

 兼翔はそう言い捨てると、視線を藍良に向け、これまた鼻で笑った。

「お前が惚れ込んだ女がどんなものかと思えば、こんな貧相で色気の欠片もない女だったとは…………ごふっ」

 言い終わるや否や、兼翔は歪めて両手で腹を押さえた。突然のことに藍良は息を呑む。視線を千景へ移すと、彼は無表情のまま掌を淡く光らせていた。
 どうやら、“月詠”の力で彼の腹を攻撃したらしい。

「あっれれ~?もしかして腹痛?無理は禁物だよ。さ、早く休まないと」

 千景はそう言うと、指をパチンと鳴らした。すると、空間に人ひとりが通れそうな黒い渦が現れる。どうやら、死神界と繋がっているらしい。

「お帰りはこちらです」

 黒い渦を手で指し示しながら、千景は不気味なほどにっこりと微笑んだ。だが、次の瞬間、兼翔の瞳がギラリと光る。

「この……気分屋腹黒審問官がァ……!!」

 すると、兼翔の右手に朱色の光が走る。神気だ。よく見ると、彼の手首には、千景の首筋にある“月印”と同じ印が刻まれている。彼もまた、審問官として“月詠”を使えるようだ。

 途端に暴風が吹き荒れ、屋上の木の葉が渦を巻いて舞い上がる。そのうちのひとひらが藍良の頬にぺちんと当たり、彼女は思わず顔をしかめた。兼翔は剥き出しの怒りを顔に浮かべ、千景は冷たい光を瞳に宿しながら、見下ろすように兼翔を睨み返す。

 ──なんだかよくわかんないけど、この二人、めちゃくちゃ相性悪そう……。

 すると、千景が静かに右手を掲げた。淡い光を掌に宿し、月詠を唱えるべくわずかに口を開く。

 と、そのとき。

 藍良は一歩前に出て、二人の頭をポカッと叩いた。

「あんたたち!いい加減にせんかい!」

 乾いた音に、風がピタリと止んだ。二人は慌てて神気を引っ込めると、ポカンとした表情で藍良を見つめる。

 藍良はビシッと千景に人差し指を突きつける。

「千景!あんたユエを捕まえるために来たんでしょ?そんでもって、この人はそれを手伝いに来た。それを追い返してどうすんの!?この学園では、もう何人も人が死んでるんだよ?」

 藍良の一喝に、千景は押し黙る。

「どうせ『自分が嫌だから』ってだけで追い返そうとしてるんでしょ?」

 千景の目が大きく見開かれる。まるで「どうしてわかったの?」とでも言いたげに。藍良は呆れ顔でふうっと深く息を吐いた。

「こんな状況で、自分の感情優先してどうすんの!?これ以上ごねるなら、あんたもその渦から死神界に帰って。ユエはわたしとタマオが探すから」

 千景は戸惑いを隠せず、ショボンと顔を伏せた。その様子を見て、兼翔が「馬鹿め」と吐き捨て、待ってましたと言わんばかりにまたまた大げさに鼻で笑った。
 藍良はすかさずくるっと向き直ると、今度は兼翔に人差し指を突きつける。

「ちょいとあんた」
「あ?」
「鼻で笑うのやめてくんない?」

 藍良の言葉が唐突に感じられたのか、兼翔は一瞬きょとんとし、目を泳がせる。

「そんなことしてないって顔だね」

 兼翔はギクリと肩をすくめた。

「あんたは四回も千景を鼻で笑った。千景も悪いとこあるけど、あんたの態度も良くない。千景と協力して黒標対象を捕まえるつもりなら、そのクセやめて。わかった?」

 兼翔は目を見開き、言葉を失う。数秒の沈黙のあと、視線を交わした千景と兼翔が同時にぷっと吹き出した。二人の反応が予想外で、思わず藍良は目を細める。
 そのとき、屋上の扉が開き、咲が駆け足で戻ってきた。

「藍良ああぁ~!」
「咲!お財布ちゃんとあった!?」
「うん!売店のおばちゃんが見つけて預かってくれてた。良かったあ。この財布、彼氏が誕生日にくれたやつだから、冷や汗かいちゃった」

 胸を撫で下ろす咲。すると、咲はパッと笑顔になり、手にした袋を差し出した。

「これ、新発売のチョコ!売店で見つけてつい買っちゃった。みんなで食べよ。兼翔くんも、ようこそ!うちのクラスへ」

 無邪気な声に、張りつめていた空気が一気に和らぐ。藍良は咲を見て、柔らかく笑った。咲の笑顔が、出会ったときから藍良はずっと大好きなのだ。藍良がチョコを受け取ると、千景もつられるように手を伸ばした。兼翔は一瞬躊躇ためらったが、結局小さな咳払いをしてチョコを取る。

 ふと藍良が周囲を見渡すと、さっきまで不穏に渦巻いていた死神界へと続く「黒い渦」は跡形もなく消えていた。咲が差し出した小さな甘さが、不協和音を溶かしてしまったかのように。
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