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最終章 運命の死神審問会
第79話 前夜の誓い
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靄の中で、藍良は立っていた。今日はいつにも増して視界が悪い。手を伸ばしても、指先がぼんやりとしか見えないほどに。ひんやりとした空気が肌を撫で、呼吸をするたびに胸の奥がキリキリと痛む。藍良は周囲を見渡し、声を上げた。
「真白!どこ!?」
返事は、すぐにはなかった。しんと静まる空間。数秒後、靄が僅かに揺れた次の瞬間、藍良の目の前に等身大の影が滲むように現れた。
──真白だ。
化身である彼女は、藍良と同じ顔をしている。けれど、今目の前にいる彼女の表情は、いつもとは異なっていた。
目を伏せ、唇を噛みしめるように立つ姿に、いつもの芯の強さは感じられない。そんな彼女の違和感に気付くことなく、藍良はいつも通り彼女に笑みを向けた。
「真白!」
名を呼び、駆け寄ると、反射的にその手を握る。
「あのね、明日、特別最高審問っていうのが行われるの。それにわたし出なきゃいけないみたいで」
「うん……知ってる」
「だから、作戦考えよ!花倉先生も何言い出すかわかんないし。何を聞かれてもいいように、返答をシミュレーションしておこうと思って!」
「藍……」
名を呼ばれても、藍良は気付かず、言葉を続ける。
「どんなこと聞かれるかな?もし、わたしが言葉に詰まって、真白が答えられそうなときがあったら、遠慮なく教えて!そのままわたし、言うからさ」
「藍良」
呼び止める声に、藍良はようやく言葉を止めた。真白は一瞬押し黙ったあと、躊躇うように呟いた。
「もう……いいよ」
「……何が?」
真白は静かに息を吸うと、じっと藍良を見据えた。真っ直ぐな眼差しからは、彼女の意思の強さが感じられた。だが、その声色は、どこか諦めの色が滲んでいる。
──もう、逃げ場はない。
そう言っているように。
「これ以上、わたしを庇わなくていい。わたしは化身。正体を明かして、黒標対象になる」
その言葉が落ちた瞬間、藍良の胸はずしりと重くなった。いったい何を言っているのか、理解が追い付かない。藍良はしばらく黙ったあと、確かめるように真白に問いかける。
「……何言ってんの?」
真白は視線を逸らすと、ぽつり、ぽつりと本音をこぼした。
「ずっとずっと、悩んでいた。でも言い出せなかった。藍良とまた、こうして話せたことが嬉しかったから。でも、これ以上藍良に迷惑はかけられない。わたしさえいなくなれば、すべてが終わる。黒標対象になるのは、わたしひとりでいい。藍良は普通の生活に戻るんだ」
真白の声は震えていた。ここ数日、真白は疑われ続けてきた。兼翔に、千景に、死神審問会に。闇属性の化身である真白の存在が知られれば、即座に黒標対象になる。それを知っていたから、彼女は姿を現して言い訳をすることもできず、ずっと黙って耐えてきたのだ。
そんな真白は、自分が知らぬ間に悩み、思いつめ、傷付いてきたのだ。藍良はそのことに、今更ながらに気付いた。
「花倉が黒標対象だと知らされたとき、千景と兼翔、幻道が話していただろう。花倉が化身なら本人を封じる。そして、中に化身がいるなら、化身だけを封じるって」
「……それが?」
「つまり、千景たちは藍良を傷付けずに、化身であるわたしだけを封じることができるんだよ」
そう言うと、真白は小さく笑った。それはどこか、ほっとしたような穏やかな笑みだった。
「そんな仕組みになっていたなんて知らなかった。自分が封じられたら、藍良にも危害が及ぶと思っていた。でも違った。それがわかって……正直、救われた。わたしが消えれば、藍良は助かる。明日、わたしは審問会に姿を現す。そして、皆の前で自分が化身だと話す」
真白は藍良を見つめたまま、一筋の涙をこぼした。そしてそのまま、深く頭を下げる。
「藍良、ごめん」
藍良は繋いだままの手を、強く握りしめた、
怒りと悲しみ。そして、彼女の気持ちに気付くことができなかった自分への苛立ちが、一気に押しよせる。
それでも、藍良の心は決まっていた。初めて彼女と会ったときから、言葉にする必要もないほど、ずっと揺るがない思いが胸の奥にあった。
藍良は一歩、真白に近づく。俯いたままの彼女の顔を、そっと持ち上げる。彼女の震えるまつ毛の隙間には、透明の涙が瞳の中いっぱいに浮かんでいた。藍良は、その頬を思いきり叩いた。真白と同じく、目にいっぱいの涙を浮かべながら。
「馬鹿なこと言わないで!本当はわかってるでしょ!?これは罠だってこと!あんたの存在に気付いた花倉先生が、わたしとあんたを嵌めようとして、あんな嘘をついた!それなのに、自分から“化身”だって名乗るなんて!」
そうなのだ。そもそも、前提が間違っているのだ。真白が自分を「黒標対象」と考え、「封じられるのが当然」と考えることが、間違いなのだ。真白はいつだって、自分を後回しにする。口を開けば、藍良のことばかり気にして。
それが藍良には、堪らなく苦しかった。真白にもっと自分を大切にして欲しい。藍良ではなく、自分自身を守るためにどうしたらいいのか、考えて欲しいのだ。
藍良は涙を零しながら、叫ぶ。
「真白は誰も傷つけてない!危険な黒標対象なんかじゃない!わたしをユエから守ってくれた人!そんな人がどうして、封じられなきゃいけないの?どう考えてもおかしいでしょ?」
藍良は真白の肩を掴み、彼女を揺さぶる。
「わたしのことばっかり気にしてないで。自分のことを、もっと考えて。わたしは真白に、もっと自分を大切にして欲しいの。幸せに、自分らしく生きる方法をさ、どうにかして一緒に探したいの」
藍良の視界が滲む。真白は首を振りながら目を伏せ、唇を噛みしめた。藍良は、その身体をそっと抱き寄せる。
最初は、静かだった。けれどやがて、真白の肩は小さく震え、嗚咽が零れ始める。
「怖いんだ。私のせいで、また藍良が傷付く」
──“また”
そのひと言が、重く響いた。片寄藍良──前世の藍良のときから、真白はずっと、この想いを抱え続けていたのだ。藍良は抱きしめる腕に、ぎゅっと力を込める。
「傷付かない」
ハッキリと、そう言い切った。
「いなくなる方が、ずっと嫌」
藍良は真白の背中をさすりながら、祈るように泣き続けた。どうか、この気持ちが伝わりますようにと。それからしばらく、二人に言葉はなかった。ただ、ひたすら泣き続けた。声が掠れ、涙が枯れるまで。
どれくらい経っただろう。やがて嗚咽が途切れ、二人は同時に、そっと顔を上げた。目が合って、一瞬の沈黙。そして、どちらからともなく、顔を歪ませて吹きだした。
「……酷い顔」
「真白こそ」
小さく笑い合う二人。重く、張り詰めていた空気が、ほんの少し緩む。藍良は照れたように視線を逸らすと、静かに言葉を紡いだ。
「わたしさ、嬉しかったの。心の中に真白がいるって知れたこと。話せるようになったことも。気も合うし、一緒にいて楽しいんだもん。だからさ、死神界の連中には腹立ってるの」
真白はきょとんとした顔で藍良を見上げる。
「化身だってだけでうるさいこと言ってさ。真白は最近、自分がそうだって知ったばかりなのに。真白も千景も、わたしからしてみたら、化身うんぬん関係なく、ずっと一緒にいたい、大切な存在なの」
藍良は改めて真白の手をぎゅっと握り、彼女を見つめる。
「だから、守らせて。お願い」
真白は困ったように一瞬視線を彷徨わせた。だが、少しして、観念したように小さく頷く。それはどこか照れたような、少しはにかんだ笑みだった。
「ありがとう、藍良」
その瞬間、藍良は緊張がほどけ、ふにゃりと腰を抜かす。すると真白が慌ててしゃがみ込み、藍良の身体を支えた。
「大丈夫?あのさ、藍良。それでも、危なくなったらすぐに……」
言い終わる前に、藍良は右手の掌で真白の口を「ぺちん」と塞ぐ。
「また始まった。もうダメ!これ以上は言わせない!」
真白は目を見開いたあと、藍良の掌をそっと握り返し、笑った。その瞳には、まだ微かに涙が滲んでいる。真白は気持ちを切り替えるように、空を見上げた。藍良はそんな彼女の肩を自然に抱き寄せた。
──親友のようで、姉妹のようで、遠いようで、近い存在。
かけがえのない、大切な人。絶対に守ると、固く心に誓いながら。
「真白!どこ!?」
返事は、すぐにはなかった。しんと静まる空間。数秒後、靄が僅かに揺れた次の瞬間、藍良の目の前に等身大の影が滲むように現れた。
──真白だ。
化身である彼女は、藍良と同じ顔をしている。けれど、今目の前にいる彼女の表情は、いつもとは異なっていた。
目を伏せ、唇を噛みしめるように立つ姿に、いつもの芯の強さは感じられない。そんな彼女の違和感に気付くことなく、藍良はいつも通り彼女に笑みを向けた。
「真白!」
名を呼び、駆け寄ると、反射的にその手を握る。
「あのね、明日、特別最高審問っていうのが行われるの。それにわたし出なきゃいけないみたいで」
「うん……知ってる」
「だから、作戦考えよ!花倉先生も何言い出すかわかんないし。何を聞かれてもいいように、返答をシミュレーションしておこうと思って!」
「藍……」
名を呼ばれても、藍良は気付かず、言葉を続ける。
「どんなこと聞かれるかな?もし、わたしが言葉に詰まって、真白が答えられそうなときがあったら、遠慮なく教えて!そのままわたし、言うからさ」
「藍良」
呼び止める声に、藍良はようやく言葉を止めた。真白は一瞬押し黙ったあと、躊躇うように呟いた。
「もう……いいよ」
「……何が?」
真白は静かに息を吸うと、じっと藍良を見据えた。真っ直ぐな眼差しからは、彼女の意思の強さが感じられた。だが、その声色は、どこか諦めの色が滲んでいる。
──もう、逃げ場はない。
そう言っているように。
「これ以上、わたしを庇わなくていい。わたしは化身。正体を明かして、黒標対象になる」
その言葉が落ちた瞬間、藍良の胸はずしりと重くなった。いったい何を言っているのか、理解が追い付かない。藍良はしばらく黙ったあと、確かめるように真白に問いかける。
「……何言ってんの?」
真白は視線を逸らすと、ぽつり、ぽつりと本音をこぼした。
「ずっとずっと、悩んでいた。でも言い出せなかった。藍良とまた、こうして話せたことが嬉しかったから。でも、これ以上藍良に迷惑はかけられない。わたしさえいなくなれば、すべてが終わる。黒標対象になるのは、わたしひとりでいい。藍良は普通の生活に戻るんだ」
真白の声は震えていた。ここ数日、真白は疑われ続けてきた。兼翔に、千景に、死神審問会に。闇属性の化身である真白の存在が知られれば、即座に黒標対象になる。それを知っていたから、彼女は姿を現して言い訳をすることもできず、ずっと黙って耐えてきたのだ。
そんな真白は、自分が知らぬ間に悩み、思いつめ、傷付いてきたのだ。藍良はそのことに、今更ながらに気付いた。
「花倉が黒標対象だと知らされたとき、千景と兼翔、幻道が話していただろう。花倉が化身なら本人を封じる。そして、中に化身がいるなら、化身だけを封じるって」
「……それが?」
「つまり、千景たちは藍良を傷付けずに、化身であるわたしだけを封じることができるんだよ」
そう言うと、真白は小さく笑った。それはどこか、ほっとしたような穏やかな笑みだった。
「そんな仕組みになっていたなんて知らなかった。自分が封じられたら、藍良にも危害が及ぶと思っていた。でも違った。それがわかって……正直、救われた。わたしが消えれば、藍良は助かる。明日、わたしは審問会に姿を現す。そして、皆の前で自分が化身だと話す」
真白は藍良を見つめたまま、一筋の涙をこぼした。そしてそのまま、深く頭を下げる。
「藍良、ごめん」
藍良は繋いだままの手を、強く握りしめた、
怒りと悲しみ。そして、彼女の気持ちに気付くことができなかった自分への苛立ちが、一気に押しよせる。
それでも、藍良の心は決まっていた。初めて彼女と会ったときから、言葉にする必要もないほど、ずっと揺るがない思いが胸の奥にあった。
藍良は一歩、真白に近づく。俯いたままの彼女の顔を、そっと持ち上げる。彼女の震えるまつ毛の隙間には、透明の涙が瞳の中いっぱいに浮かんでいた。藍良は、その頬を思いきり叩いた。真白と同じく、目にいっぱいの涙を浮かべながら。
「馬鹿なこと言わないで!本当はわかってるでしょ!?これは罠だってこと!あんたの存在に気付いた花倉先生が、わたしとあんたを嵌めようとして、あんな嘘をついた!それなのに、自分から“化身”だって名乗るなんて!」
そうなのだ。そもそも、前提が間違っているのだ。真白が自分を「黒標対象」と考え、「封じられるのが当然」と考えることが、間違いなのだ。真白はいつだって、自分を後回しにする。口を開けば、藍良のことばかり気にして。
それが藍良には、堪らなく苦しかった。真白にもっと自分を大切にして欲しい。藍良ではなく、自分自身を守るためにどうしたらいいのか、考えて欲しいのだ。
藍良は涙を零しながら、叫ぶ。
「真白は誰も傷つけてない!危険な黒標対象なんかじゃない!わたしをユエから守ってくれた人!そんな人がどうして、封じられなきゃいけないの?どう考えてもおかしいでしょ?」
藍良は真白の肩を掴み、彼女を揺さぶる。
「わたしのことばっかり気にしてないで。自分のことを、もっと考えて。わたしは真白に、もっと自分を大切にして欲しいの。幸せに、自分らしく生きる方法をさ、どうにかして一緒に探したいの」
藍良の視界が滲む。真白は首を振りながら目を伏せ、唇を噛みしめた。藍良は、その身体をそっと抱き寄せる。
最初は、静かだった。けれどやがて、真白の肩は小さく震え、嗚咽が零れ始める。
「怖いんだ。私のせいで、また藍良が傷付く」
──“また”
そのひと言が、重く響いた。片寄藍良──前世の藍良のときから、真白はずっと、この想いを抱え続けていたのだ。藍良は抱きしめる腕に、ぎゅっと力を込める。
「傷付かない」
ハッキリと、そう言い切った。
「いなくなる方が、ずっと嫌」
藍良は真白の背中をさすりながら、祈るように泣き続けた。どうか、この気持ちが伝わりますようにと。それからしばらく、二人に言葉はなかった。ただ、ひたすら泣き続けた。声が掠れ、涙が枯れるまで。
どれくらい経っただろう。やがて嗚咽が途切れ、二人は同時に、そっと顔を上げた。目が合って、一瞬の沈黙。そして、どちらからともなく、顔を歪ませて吹きだした。
「……酷い顔」
「真白こそ」
小さく笑い合う二人。重く、張り詰めていた空気が、ほんの少し緩む。藍良は照れたように視線を逸らすと、静かに言葉を紡いだ。
「わたしさ、嬉しかったの。心の中に真白がいるって知れたこと。話せるようになったことも。気も合うし、一緒にいて楽しいんだもん。だからさ、死神界の連中には腹立ってるの」
真白はきょとんとした顔で藍良を見上げる。
「化身だってだけでうるさいこと言ってさ。真白は最近、自分がそうだって知ったばかりなのに。真白も千景も、わたしからしてみたら、化身うんぬん関係なく、ずっと一緒にいたい、大切な存在なの」
藍良は改めて真白の手をぎゅっと握り、彼女を見つめる。
「だから、守らせて。お願い」
真白は困ったように一瞬視線を彷徨わせた。だが、少しして、観念したように小さく頷く。それはどこか照れたような、少しはにかんだ笑みだった。
「ありがとう、藍良」
その瞬間、藍良は緊張がほどけ、ふにゃりと腰を抜かす。すると真白が慌ててしゃがみ込み、藍良の身体を支えた。
「大丈夫?あのさ、藍良。それでも、危なくなったらすぐに……」
言い終わる前に、藍良は右手の掌で真白の口を「ぺちん」と塞ぐ。
「また始まった。もうダメ!これ以上は言わせない!」
真白は目を見開いたあと、藍良の掌をそっと握り返し、笑った。その瞳には、まだ微かに涙が滲んでいる。真白は気持ちを切り替えるように、空を見上げた。藍良はそんな彼女の肩を自然に抱き寄せた。
──親友のようで、姉妹のようで、遠いようで、近い存在。
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