虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

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最終章 運命の死神審問会

第82話 笑う亡霊

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 兼翔の言葉のあと、花倉はさめざめと泣き始めた。

「わ、わたしは……嘘なんて……」

 その様子を見た蘭丸は、兼翔に鋭い視線を向ける。

「待ちなさい。そもそも彼女が嘘をいたという証拠なんて……」

 その言葉をさえぎるように、兼翔が口を開いた。

「ひとつ目は、さっきの証言だ。自分を殺した化身が水無瀬の身体に入り、名を“真白”と名乗った……そう言ったな?花倉とやら」
「は、はい……」
「それが、いったい何なのです?」

 蘭丸の問いに、兼翔は呆れながら息を吐く。

「阿保か、貴様は」

 その一言に、蘭丸は思わず首を傾げた。兼翔が言う。

「この花倉の証言が本当なら、水無瀬の行動は決定的におかしい。花倉の話では、化身は自分を刺し殺したあと、水無瀬の身体に入った。そんな状況で、水無瀬が呑気に『真白?へえ……あなた、真白っていうんだね』……などとしおらしく言うと思うのか」

 蘭丸は、藍良をじっと見つめると「言われてみれば……」と言わんばかりにため息を吐いた。兼翔はなりふり構わず続ける。

「人間からしてみたら、人を殺せる悪霊が突然入ってきたようなものだ。この水無瀬なら確実にわめくか、出ていけとブチ切れる。お前が言う水無瀬の反応は冷静過ぎて全く話にならん」
「そうじゃ、そうじゃ!藍良がそんなおしとやかに、殺人を犯した化身を受け入れるはずがないわい!」

 兼翔の言葉に同調するように、マフラー化したタマオが目をぎらつかせて叫んだ。藍良は苦笑しつつも兼翔を見上げ、何度も小さく頷いた。

 一方、花倉は視線を泳がせ、わずかに息を詰める。彼女の嘘は、確実に音を立てて崩れ始めていた。

「で、でも!化身が脅していたのかもしれません!『わたしのことを話したらお前も殺す』とか……」

 その瞬間、兼翔はにやりと笑った。

「それこそ、あり得ん話だ。水無瀬の傍には、俺も含め、死神審問官が二人もいた。いろいろあって、この水無瀬は俺たちの力もある程度理解している。仮に人殺しの化身が移ってきたとして、俺たちを頼らないはずがない」

 兼翔の言葉に、花倉はついに口をつぐんだ。

「さらにもうひとつ。貴様は先ほど、刺された時に尻餅をついたといったな。貴様が倒れていたところ、俺も後日見に行った。あそこは草木の手入れがされておらず、しゃがみ込んでしまえば一気に視界は塞がれる。そんな状況で、どうやって水無瀬の姿を確認できたというのだ」

 花倉は顔を伏せ、肩を小さく震わせた。的を射抜く兼翔の指摘に、藍良は思わず心の中で拍手を送る。花倉の逃げ道はもう残っていない。
 すると、兼翔は声を潜め、探るように問いかけた。

「ここからは質問だ。何が目的だ?なぜ、そんなあからさまな嘘をつく?貴様の行動は、まったくもって意味がわからん。お前が殺された日、いったい何があったのか、本当のことを話せ」

 次の瞬間、場が水を打ったように静まり返った。幻道もまた、鋭い視線を花倉へと向ける。一方の花倉は、顔を俯いたまま微動だにしなかった。沈黙が数秒続いたあと、蘭丸が一歩前へ出る。

「少し、休憩しましょうか。花倉さん、こちらへ」
「待て。俺の質問への返答がまだだ」

 兼翔はそのまま幻道を見据える。

「幻道様。これは重要な質問です。彼女は回答する義務がある」

 幻道はわずかに考え、ゆっくりと頷いた。

「そうね。花倉さん、もし嘘をついていたなら、理由を話してちょうだい。今の話が彼の思い違いなら、それもあなたの口から教えて」

 そのときだった。
 ぴたり、と彼女の肩の震えが止まった。

 花倉はゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐ藍良を見据える。その視線は先ほどまでの戸惑いや焦りは全く感じられない。どこか余裕のようなものが滲んでいた。

「はい。この死神審問官の言う通りです。わたしは──嘘を吐きました」

 迷いのない自供に、藍良とタマオ、そして兼翔は思わず目を見開く。

「わたしの化身は、わたしを殺したあと消滅したんです。元々、外に出たがる化身とわたしは、争いが絶えなかった。あの日も、出してくれとしつこく迫るから咎めたら……身体を乗っ取ってわたしを刺した。それだけのことです」

 淡々とした口調のまま、花倉は続ける。

「化身は、宿主のわたしを殺せば自由になれると思っていたみたいです。……結局、消滅しちゃうなんて、馬鹿みたいでしょう?本当だったら、化身を宿すわたしはこの場で裁かれるべき存在なんでしょうけど、消えてしまった以上、もうどうしようもないですね」

 くすくすと、場にそぐわない笑い声が漏れた。その豹変ぶりに、兼翔は一瞬言葉を失うが、すぐに彼女へと向き直る。

「では、お前の化身が水無瀬に乗り移った話は、嘘なんだな」
「はい」

 花倉は即答した。藍良は一瞬、胸を撫で下ろす。だが、花倉は不気味な笑みを消さないままだ。

「なぜ、そんな嘘を?」

 兼翔の問いに、花倉は横目で藍良を見やり、楽しそうに唇を歪めた。

「決まってるじゃないですか。そうでもしないとこの子を、この場に引きずり出すことはできなかった」
「どういう意味だ?」
「さっきのわたしの証言、半分は嘘です。でも半分は、本当なんですよ。この子の中には、確かに化身がいる。それも、とてつもなく危険な……ね」

 その視線に射抜かれ、藍良は思わず息を呑んだ。

「名前は──“真白”」

 花倉は、わざとらしく言葉を区切った。

「体育館裏で、話しているのを確かに聞きました。わたしも化身を宿していたから、すぐにピンと来たんです。不用心にも、死神界のことをペラペラと喋っていましたよ。まるで二人で、何かを良くないことを相談しているみたいにね」

 花倉は幻道や蘭丸、兼翔、そして振り返り、その場にいる死神審問官たちをぐるりと見渡し、わざとらしく声を張り上げる。

「放っておいていいんですか?目の前に、こんなにも危険な化身がいるというのに」

 場の空気がざわりと揺れた瞬間、兼翔が藍良を見る。その視線は、どこか問いかけるようだった。藍良は反射的に首を振る。

 藍良は、雄弁に語る花倉を見つめながら、胸の奥で確信していた。彼女から向けられた感情。それは、疑いようのない憎悪だ。花倉は藍良を憎んでいる。だからこそ、死してなおここまで手の込んだ罠を張り、藍良を追い詰めようとしているのだ。

 その憎悪をはっきりと感じ取った瞬間、ひとつの光景が脳裏に蘇った。それは、体育館裏で、花倉と顔を合わせたあのとき。彼女は、藍良と真白の会話の何かに、過剰なほど反応していた。心当たりは、たったひとつ。

 ──黒標対象“ユエ”。

 花倉はユエを知っている。いや、かなり近い存在だったのだろう。それなら、彼女が藍良を憎むのも理解できる。ユエをとことん追い詰めた、真白を恨むのも。だが、真白がユエとの戦いに介入したことは、藍良しか知らないはず。彼女はどうやって、それを突き止めたというのか。

 そのとき、場を切り替えるように、蘭丸が声を上げた。

「花倉さん、お話は理解しました。では続いて、水無瀬さんの審問を行います」

 蘭丸はそう言うと、花倉に審護席に戻るよう促した。そして、藍良に向かって証言台を指し示すと、こちらへ来るように促す。そのとき、蘭丸の視線が藍良の首元へ落ちた。

「ああ、失礼。神聖な場ですので、その“マフラー”は外していただけますか」

 藍良は、きょとんと目を瞬かせた。その瞬間、タマオの瞳が鋭く光り、蘭丸を睨みつける。だが、兼翔は容赦なくタマオをくるりと引き剥がし、そのまま自分の首へと巻き付けるとタマオに向かって囁いた。

「水無瀬が審護席に戻るまで、お前は俺のマフラーだ」

 不満げに唸りながらも、タマオはしゅんと首を垂れ、藍良を見上げる。藍良は小さく笑って、その頭をそっと撫でた。そして、証言台へと視線を向ける。

 嫌に高鳴る鼓動。花倉はすでに背を向け、ゆっくりと審護席へ歩き出していた。入れ替わるように、藍良は息を詰め、慎重に一歩を踏み出す。そのときだった。

 花倉が、突然きびすを返し、藍良を睨みつけた。

 彼女は瞬時に懐へと手を差し込む。そこから引き抜かれたのは、鈍く光る鋭利なナイフだった。

 殺気と剥き出しの憎悪が、一直線に藍良へと向けられる。花倉はそのまま藍良に駆け寄ると、彼女の胸を狙ってナイフを振り下ろした。

「よけろ!!水無瀬!!」

 兼翔が手を伸ばし、叫ぶ。
 だが、藍良は驚きのあまり反応できず、ただ目を見開くことしかできない。
 刃が迫る。逃げ場はない──そう思って目を閉じた、次の瞬間。

 ──バチッ。

 鋭い音がしたあとに、「カラン」という甲高い音が響いた。そして空間が一気に静まり返る。数秒後、目を閉じていた藍良は震えながらそっと目を開いた。そこには床に転がったナイフ。そして花倉は藍良から数歩距離を取り、自らの右手を左手で握っていた。先ほどまでナイフを持っていた彼女の右手は、赤くれあがっている。何者かに攻撃されたのだ。

 ──誰かが、助けてくれた。

 藍良はそう直感し、兼翔と蘭丸と交互に見る。だが、二人ともただ目を丸くするばかり。呆然と藍良を見つめていた。

 いったい、自分が目を閉じている間に何があったのか。状況を掴めないまま、藍良は花倉を見据えた。すると、彼女は藍良を見下しながらほくそ笑んだ。小さく漏れ始めた笑い声が、徐々に大きくなっていく。

 その笑い声を聞きながら、藍良は背中に冷や汗が伝うのを感じた。今、自分を助けたのは兼翔でも、タマオでも、蘭丸でもない。まさか、まさか……。

 ──真白……?

 そう気付いたとき、彼女の笑いはすでに場を支配していた。花倉は勝ち誇ったように、こう言い放つ。

「見たでしょう?この女の中には化身がいる。この場で、裁かれるべき化身がね!」

 花倉は勢いよく右手を伸ばし、兼翔を指さした。

「さっき、あなた言ったわよね?彼女に化身が宿っているというのなら、決定的な証拠を見せろって。たった今、化身が見せた“闇”が証拠よ」

 特別最高審問を見守っていた審問官たちの間に、動揺が走る。ざわめきが次第に大きくなる中、藍良には花倉の笑い声だけが、いつまでも頭の中に響いていた。
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