虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─

あさとゆう

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第1章 黒標対象と死神審問官

第4話 夜の来訪者

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 翌日の昼休み。
 屋上のフェンス際で、藍良はぐったりとうなだれていた。

「……消えたい」

 その隣で、咲が紙パックのリンゴジュースをちゅうっと吸う。

「大丈夫?まだ引きずってる?」
「もう最悪。昨日の借り物競争以来、クラス中の女子に詰め寄られるし、『付き合ってるんでしょ?』『どういう関係?』って変な噂まで立てられて」
「いやー白月くん、もはやモテ王子だもんね~。でもしょうがないって。あんな形で告られちゃったら、そりゃあ噂も立つでしょ」

 藍良は顔を伏せたまま、呟く。

「そんなんじゃないから」
「でもさ、あのときの千景くん。カード見た瞬間、真っ先に藍良のとこ来たじゃん?しかもちょっと照れてたし。……もしかして一目惚れ、とかしちゃったんじゃないの!?」

 キャッキャッと楽しそうにはしゃぐ咲。

 そんな彼女を、藍良は無表情でジトーっと見つめた。藍良の心情を察したのか、咲は小さく咳払いをして押し黙る。そしてふと、フェンス向こうに目をやった。

「あっ。噂をすれば」

 藍良もつられて顔を上げる。

 そこには、校庭の隅で数人の女子たちに囲まれる千景の姿があった。その様子はどことなく困惑しているように見える。

「すご……。完全に囲まれてるじゃん」

 藍良は無言でそれを見つめたあと、小さく首を傾げた。

 すると次の瞬間、千景が顔を上げた。バッチリ目が合う、藍良と千景。

 千景は柔らかく微笑むとそっと会釈をした。

 だが、藍良はすぐに目を逸らし、そのまま背を向ける。そして、彼から隠れるように小さくしゃがみ込んだのだった。


 ☽  ☽  ☽


 夜十八時。

 藍良が寺の玄関を開けると、出汁のいい香りが漂っていた。途端に顔を明るくし、藍良は小走りで台所へと向かう。

 そこにいたのは父・慈玄。エプロン姿で、器に料理を持っているところだった。

「お、ちょうどいいところに帰ってきたな」
「なになに!めっちゃおいしそう!」
「最近は藍良に任せっぱなしだったから。今日は父さんが頑張った」
「すごいじゃん、品数も多いし!」
「前におかずが少ないって文句言ったの、父さんはちゃんと覚えてるぞ。今日は絶対言わせない」

 そう言ってふふんと笑う慈玄。藍良はそんな慈玄を見て、声を出して笑った。

 それから十分後、食卓には湯気の立つ味噌汁に焼き魚、出汁巻き卵にお漬物──素朴だが、丁寧な料理がずらりと並ぶ。

「それじゃあ、せーの」
「いただきます」

 藍良はまず、味噌汁をひとくち。

 昆布出汁のやさしい味が、じんわりと舌に広がる。

「……ん~おいしい!」

 藍良のひと言に、慈玄はにっこりと笑う。

 それから藍良は箸を止めることなく、パクパクと料理を口に入れた。

 すると、程なくして慈玄は箸を置き、少し気まずそうに口を開く。

「あのな、藍良」
「ん?」
「……ちょっと話があってな」

 藍良は一瞬動きを止め、眉を寄せて身構える。

「……もしかしてお風呂の換気扇のこと?」
「え?」
「変な音がするんだよね、カタカタカタ…ってさ。昨日お風呂入ったとき気になって。言おうと思ってたのに、忘れてた」

 きゅうりの漬物を箸でつまみ、ぽいっと口に入れる藍良。ポリポリと噛んでいると、向かいの慈玄が目を丸くする。

「……ん?」

 藍良はモグモグしたまま、首を傾げた。

「違うの?」

 慈玄は一瞬口を開きかけ、そして目を伏せる。

「……いや。もうちょっと、大事な話、かな」

 その言い方に、藍良は思わず箸を止めた。

 沈黙。

 ふと視線をやった先に、母の遺影が目に入る。

 ……まさか。

 藍良は顔を上げ、目を見開いた。

「……再婚!?」

 この言葉に、慈玄はぶっと吹き出した。

「あほ!父さんは母さんに操を立ててる!」
「あはは、ごめんごめん」

 藍良はパタパタと手を振って誤魔化す。慈玄も笑いながら、ふうっと息を吐く。しかし、すぐに真面目な顔つきに戻り、藍良に向き直った。

「実は、遠縁の親戚の知り合いが、最近事故で亡くなってな。その息子が、今度進学を機に住み込みの受け入れ先を探してるそうなんだ。で、うちに預けられないかって……頼まれて」

 しどろもどろになりながら、慈玄は続ける。

「受験シーズンが終わるまでの期間限定だけど、その子を、うちで預かろうと思ってる。部屋は余ってるし、まあ下宿みたいなもんだな」
「えっ」

 藍良は目を瞬かせる。

「……急だね。ってか、受験ってことは私と同い年?」

 慈玄は申し訳なさそうに、こくりと頷いた。

「……嫌か?藍良は」

 藍良は黙り込み、小さく息を吐いた。

 慈玄は昔からそうなのだ。困っている人を見ると放っておけない性格で、何かと世話を焼きたがる。藍良もそれはよくわかっていた。

 町内会の役員を押し付けられたときだって、本当はやりたくなかったくせに、「頼まれたから仕方ない」と渋々引き受けていた。

 押しが弱いのか、人が良すぎるのか。

 大金を貸すような無謀さはないが、娘の藍良としては、お人好し過ぎる慈玄が心配でもあった。

 さらに厄介なことに、慈玄は大抵こういう話を全部決まってから藍良に言う。つまり、藍良がなにを言ったところでもう手遅れなのだ。

 藍良は、慈玄を少し睨みこう言った。

「……嫌に決まってんじゃん。でももう『受け入れる』って言っちゃったんでしょ?」

 気まずそうに慈玄は頷く。

「じゃあ、受け入れるしかないじゃん」

「ちゃんとルールは守らせるから」

 そう言って、慈玄はあぐらをかいた膝に両手をつき、ぺこりと頭を下げた。藍良は、ふぅっとため息をついて箸をお膳に置いた。カチャッという音に、慈玄は少しビクッとする。

「あのさ、いつも思ってたんだけど、なんでもかんでも、そうやって二つ返事で引き受けるのやめなよ。困ってる人見ると断れないその性格も、全部決まってから私に言うのも、次からはやめてよね。次からはちゃんと事前に相談して、絶対」
「……ごめんなさい」

 素直に頭を下げる慈玄。

 その姿に少しだけ肩の力が抜けて、藍良は味噌汁が入った椀に手を伸ばす。ぶすっとした顔で味噌汁に口をつけながら、藍良はぽつりと尋ねる。

「で?その人の名前は?」
「え?」
「その息子の名前。預かるっていう人の」
「ああ……確か、千景だったかな。白月千景」

 ──カランッ

 藍良の手から、箸が音を立てて落ちた。だが、慈玄はそんな藍良の様子に気付かない様子だ。

「近々、お前の学校に転校してくるって聞いたよ。きっと、学校でも会うことになると思う。友達もいないし、心細いだろうから仲良くしてやってな」

 ──いや、もうとっくに来てますけど。

 そう突っ込む気持ちをグッと堪え、藍良は感情の赴くままに言葉を続けた。

「やだ」
「え?」
「無理。絶対無理。……前言撤回させて。断って、今すぐに!」
「ちょ、どうした?突然」
「ほんと無理、マジで無理。今ならまだ間に合うから──」

 そのとき。

 ──ピンポーン。

 唐突に、インターホンが鳴った。

「……誰だろう?ちょっと見てくる」

 パタパタと立ち上がり、玄関へ向かう慈玄。一方の藍良はその場に凍りついた。

「やばい……やばいやばいやばい……最悪!!」

 テーブルに突っ伏しながら、母の遺影をちらりと見て、藍良は顔を歪める。

「どうしよう……お母さん」

 そのとき、ガラッと襖が開いた。

「いや~ビックリしたよ」
「誰だったの?宅急便?」
「いや……ほんと、噂をすれば影ってやつだな」

 慈玄の後ろから、すっと影が現れる。

 そこには、大きなリュックを背負った白月千景が、静かに立っていた。

 彼は藍良と目が合うなり、いつもの微笑みを浮かべ、ぺこりと会釈をする。藍良はその眩し過ぎる笑顔に、めまいがしそうになった。
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