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消息
しおりを挟むレイモンドと顔見知りの初老の男性、ウミトは、直ぐに知り合い達ををかき集め、レイモンドをラクダの荷台へ乗せてくれた。
ウミトが良く知るという宿に案内してくれると言うので、そのままライラ達も
後へ続く。
着いた宿は、白や茶色の煉瓦が張られた立派な大きな建物で、下が食堂になっており、上は寝泊まりが出来るらしい。
ウミトが集めた屈強な男達は、無事、レイモンドを宿の一室へ運び込んだ。
『医者はもうすぐ着くはずですよ』
宿のオーナーは留守だったが、オーナー夫人は快くライラ達を迎え入れてくれた。
うちにもレイモンドさんと同じ位の息子がおりましてね、とオーナー夫人はライラ達に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
それもこれも、ウミトの人望のお陰だろう。
『兄ちゃんと姉ちゃんも診て貰った方がいい。顔色が良くねぇ。熱病は酷くなると取り返しがつかなくなるから』
ウミトはレイモンドを寝かした部屋で、ライラとテレサ、アクイラ卿を見てそう言った。
『お呼びしたお医者様は腕が良いから、信用出来ます、安心して下さい』
オーナー夫人も、ウミトに同意するように頷く。
信頼出来る人に出会えたのは、かなりの幸運だ…とライラも少し安堵する。
この幸運が是非続いて欲しいものだが…
『…じゃあ、俺はちょっと…あのぅー…娘を呼んでくるっ』
ウミトは企みを隠しきれないような顔で、部屋を出て行こうとした。
『この様に親切にしていただき、心より感謝申し上げます。…厚かましくも、私から幾つかお願いしたき事がございまして…』
ウミトの行く手を妨げるように、アクイラ卿は入口に立った。
背の高いアクイラ卿に扉の前に立たれれば、ウミトはそれを退かすことは出来ないだろう。
『私の名はアクイラ=バルドリック。父の…家長の名はフェリクスと申します』
アクイラ卿がそう告げると、ウミトとオーナー夫人は目を見開いてお互いを見遣る。ウミトは口をあんぐりと開けて、アクイラ卿を上から下まで見た。
やはりアクイラ家は、トロメイでもこの辺りでも、かなり有名な貴族らしい。
ライラはウミトとオーナー夫人の顔を見て、アクイラ卿を母猫に例えているのがとんだ不敬だと改めて認識した。
だが、あの不機嫌な割にアメとムチの塩梅が絶妙で、妙に世話好きなアクイラ卿は、母猫そのものにライラには見えてしまうのだ。
『ご存知の通り、私はこの地にも縁深い一族です。そして、今私たちは正体も分からぬ輩に追われています。
至急アクイラの者と皇室に報せをせねばなりません。我々の為に足止めをしてくれている者達にも応援を呼ばねばならない。それに、この辺りの守りも固めなければ…』
アクイラの様子に、すぐにウミトとオーナー夫人は事情を理解した。
『すぐに使いを出しましょう…ただ、その…身元を証明出来る物が何か、無ければ…』
オーナー夫人は言葉を濁す。
疑っている訳ではありませんよ、ただ…とオーナー夫人は続ける。
逃げる途中、ライラ達の荷物は必要最低限の物に絞っていた。
闇雲にライラ達は外には出れない。
代わりに行って貰う者には、ライラ達の身元を証明する物を持って行かなければ、決して信用はしてもらえないだろう。
オーナー夫人も、困ったように眉を下げる。
『…これを』
ライラは、さっと首元からお守りを外した。
例の、使えるお守りを…
持てる人が限られると言う、このえらく豪華になってしまった、トロメイの女神の印を。
ネックレスをライラが2人の前に差し出すと、ウミトとオーナー夫人は驚きを隠さず感嘆の声を上げた。
『なんて素晴らしいお品でしょう!役所に急いでこれをお持ちします!アクイラ様の一族にも、すぐに報せを出しましょう』
そう言うと、直ぐにオーナー夫人はネックレスを大切そうに革袋に入れ、貸切の札を至る所に下げて宿を出る。
ウミトの指示で、ウミトの顔見知りも2人ほど付いて行く。
『応援が来るまで、ここは俺等が張ってるからよ、兄ちゃん…アクイラ様もっ、姉ちゃん達もよく休みなよ』
ウミトはじゃあ俺娘呼んでくるからとそそくさと宿を出て行った。
その後ろ姿に、アクイラ卿は深く頭を下げる。
勿論、テレサとライラはそれ以上に深く深く、頭を下げた。
事を急を要する。だが、為すすべなく、時間だけが過ぎていった。
もう2日経った。
ライラは一睡も出来ていない。
レオとの思い出を振り返り、もし、とか、こうしていたら、とかそんな考えばかりが浮かんで大きくなるばかりだった。
例え、この先共に歩めないとしても…言葉にして伝えても良かったのでは無いか…
伝えるだけならバチは当たらない…
だが、それはそれで苦しむと、ライラにも分かっている。
生き延びるために、エルメレに来たのに…自分が生き残る位なら、レオのために死にたかった。
自分を犠牲にしてでも、相手を想うその気持ちを、何と呼ぶのか…知らない訳でも無いのに…
どうかレオのその足がまだ地に立ち、こちらへ向かっていると、ただ信じ続けた
『っライラ様!』
3日の、まだ陽も昇っていない朝方に、テレサがライラの部屋のドアを叩く。
遠慮無く、ライラの名を呼びながら。
ライラは椅子から勢い良く立ち上がった。
ドアを開けると、テレサは随分焦りながらこちらへ、とライラに言う。
良い知らせなのか、悪い知らせなのか、それすら聞く時間も惜しい。
守りが厳重になった宿屋のドアを開け、外に飛び出す。
朝焼けの景色の中に、黒や白の美しい毛並みを讃える馬に乗った、30人ほどの黒い装いをした一団が居た。
ゆっくりと馬を進め、こちらに向かっている。
そして、その黒い集団から、所々真っ赤な血に染まった白いエルメレの服を着た男が、馬と人の間に見え隠れする。
『ーっ!』
駆け寄ろうとするライラを、テレサが手を広げて制した。
『ライラ様、こちらで待ちましょう。よく鍛えられた馬達ですが、興奮状態であれば前から向かってくる者を威嚇します。大丈夫です、皆さん手前で降りられるでしょう』
早く、その姿を確かめたい
ライラは、あれがその人であると確証が欲しかった
皆宿屋の前に近づくと、帝国の軍から派遣された者や、アクイラの一族らしき人々と何か話をし、続々と馬を降りる。
怪我をしているような素振りを見せる者も居て、すぐに脇を抱えられて宿屋に入って行った。
白いエルメレの服を着た人物は、既にフードも無い。黒い髪に、所々薄いベージュの色が混じっている。
あの美しい瞳が、ライラを捉えた。
ライラは、レオが生きていたと確信した。
見間違えるはずが無い、あの灰色と金色が混じった、世にも美しい瞳を。
一瞬レオは笑みを浮かべた様に見えた。
そして、その大きな体は、急に力を無くし、地面へ吸い付く様に倒れ込む。
『…ーレオ様っ!』
ライラの悲鳴に似た声が、辺りに鋭く響き渡る。
祈りは通じたはずだ
神だか女神は、あなたの祈りが届きましたよ、と今微笑んでいるのだろうか
ライラが駆け寄る前に、レオの周りに一斉に人が集まる。
立派な体躯の男達を押し退ける事が、ライラに出来る筈も無い。
手を伸ばしても、レオには一向に届かなかった
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