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76.探りたいの!
しおりを挟む「気になるって、あそこにいるおっさんのことか?」
「そう。多分あの人がこの店の店主ね」
「何で分かるんだ?」
「さっきコッソリと胸元のプレートを見たのよ。名前の上にオーナーって書いてあったわ」
イリアの指さした方向にいたのは一人のカフェの店員だった。
大柄で髭面で如何にも怒らせたら怖そうって感じの風貌の男だ。
イリアはその男性店員から何か怪しい匂いがするとのことだが……
「なるほど。でもなぜそこまで目をかける?」
「何となくだけど……匂わない?」
「匂うって、あの人が?」
「うん」
「なんでだ? 確かに顔は怖そうだけど……」
「それよ。あの人の顔は怖い。すっごく怖いわ」
うんうんと頷くながら『怖い』を連呼するイリア。
別に否定するつもりはないけど……
「流石に失礼だろ。顔が怖いだけで怪しいって決めつけたらさ」
もしかしたらすっごく優しい人かもしれないし。
人は見かけによらないって言葉があるように、すごいギャップを持っている人の可能性もあるんだから。
「確かに見かけで判断するのは良くないことよ。でも、気になるじゃない」
「まぁ、今の状況が状況だしな。調査にするに当たっては疑いたくなくても、そういう目で見ないといけないこともあるのは間違いないが……」
「ん? 調査? 一体何のこと言っているの?」
……え?
意見の食い違い発生。
どうやらイリアと俺が考えていることに大幅な差異があったようで……
「調査のことで怪しいって言ってたんじゃないのか?」
「違うわよ。わたしはなんであんな強面店主がここまでの人気店を築き上げてきたのかということに疑問を感じてたの!」
「は、はぁぁ!?」
イリアがあの店主を怪しむ内容は俺の予想の斜め上をいくものだった。
単純にイリアはこの店がなぜ人気なのかを探りたいだけだったらしい。
「なんでそこまで人気の秘密を探りたいんだよ……」
「だ、だってあんな怖そうな人が店主のカフェが人気っておかしくない? 普通は怖くて誰も人入らないわよ」
「ひ、酷い言われようだな……」
ここまで来るとあの店主さんが気の毒になってきてしまう。
「それに、わたし老後は故郷に戻ってカフェを開きたいなって思ってるの」
「カフェ……? カフェを経営したいのか?」
「そう。こう……周りがお花畑になっていてその真ん中にポツンと洒落乙なお店を構えて、余生をのんびりと過ごす……ロマンがあると思わない?」
「ある……のか?」
正直、そこんところはよく分からない。
でもイリアにそんな夢があったとはな。
意外だった。
「あ、意外な夢だなって今思ったでしょ?」
「い、いや……! そんなことは……」
「隠さなくても目を見れば分かるわよ。そんなに意外だったかしら?」
「ま、まぁな……」
何がともあれ、理由は分かったよ。
「ま、そういうことよ。だからわたしは知りたいのよ。このお店の人気の秘密ってのを」
「別にカフェを開くだけなら、そこまで人気にこだわる必要ないんじゃないか? 資金さえ集めれば――」
「バカね。人気ないよりある方がいいに決まってるでしょ! ていうか、ある程度知名度がなきゃお店開いてもすぐ潰れちゃうじゃない!」
「確かに……」
「理由は分かった? だからこそ探る必要があるのよ。二人でね……」
「ん、おいちょっと待て。今二人って言ったか?」
最後の一言を聞き逃さなかった俺はイリアに問う。
と、何を当たり前なと言わんばかりの表情で、
「言ったけど……? 何か問題でも?」
「いやいやいや! なんで俺まで付き合わないといけないんだよ。そんなに知りたければ直接聞いてくればいいじゃないか!」
「そんなことできたら苦労はしないわよ! もしいきなり殴られでもしたらどうするのよ!」
「いや、それだけは絶対にないから安心しろ」
アホ臭い話。
だがイリアの顔は至って真剣だった。
「お願いします、ランス。いや、ランス様! どうしても気になるのです。わたくしめに力をお貸し願えないでしょうか?」
とうとう土下座までし出したぞ、この娘は。
しかも便所室の前で。
「……はぁ、分かった。分かったからもう顔をあげてくれ」
「ほ、ホント!? 手伝ってくれるの!?」
「ああ。ただし、営業妨害だけは絶対にするつもりないからな。もしお前が疑われても擁護しかねるからそのつもりで」
「OK! じゃ、早速作戦会議と行きましょ! あ、その前にコーヒー一杯飲も!」
ルンルン気分で席に戻っていくイリア。
「はぁ……なんか面倒なことに巻き込まれてしまったな」
今日何度目か分からないため息が出ると、俺も後に続いてトボトボと席に戻るのだった。
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