上 下
9 / 25
怪盗のはじまり

決意

しおりを挟む
――数時間前

 彼女が僕の部屋を去ってから幾ばくの時が流れたのだろう。僕の感覚は、いつもよりも研ぎ澄まされていて、時間がかなり長いように感じられている。
 僕が彼女を追いかけるべきだったのはわかっている。
 だが、それはなぜかできない……いやするべきではないと感じていた。すぐに追いかけても、どうせまた喧嘩になるだろう。
 自分の彼女が怪盗だったということが、あまりにも衝撃すぎて忘れていたが、自分の恋人が怪盗になるなんて言い出したら怒り出すのも無理はない。――もちろん、その恋人が怪盗でなければの話だが。

「でも、僕も悪い」

 そう呟くと、僕は勢いよくベットに倒れこんだ。本日二度目のふて寝だ。
 ずっと酷使していた足が痛む。そりゃそうだ……玄関前で一時間近く何をするでもなく立っていたのだから、少しぐらい痛むのも当然だ。
 いやそんなわけがない。僕の足が貧弱すぎるだけだ。
 こんな僕が怪盗になれるはずがない。基礎体力がなさすぎる。

「そもそも、決意が足りないのは僕なんだよな……」

 自分が今まで愛した魔法を簡単に奪うことなどできるはずもない。
 彼女に決意がどうとか言ってしまったのだって、自分の決意のなさ、決断力のなさの表れだろう。彼女が決意もなく魔法を奪い続けているはずがない。それは一番近くで、彼女を見続けた僕がよく知っていることだ。残念ながら、僕よりもはるかに意思が固い。一度決めたことは曲げない石頭を持っている。
 しかし、だからこそ、彼女に突き付けた言葉が僕の脳裏を這いずり回る。黒歴史というのはこうやって生まれるのかもしれない。
 冷静になった今だからこそわかる。僕は彼女にとって足手まといでしかないということがだ。

「だけど、逃げてばかりもいられないよな」

 今の不安定な状況で、彼女をほっぽり出すことはあまりよろしくないだろう。
 場合によっては彼女はどのような手段をとるかわからない。
 僕の言葉を聞いて、今までのようなくだらない魔法ではなく、強い魔法――それもものすごい管理のもとで守られている魔法などに手を出してしまうかもしれない。
 今までのどの怪盗も、そういった強い魔法書の原本を狙い捕まってきた。これからもそれは変わらないだろう。そんな魔法所がある場所には必ず悪霊がいるからだ。
 悪霊は、自身が作り出した魔法書の近くにいる場合だけ、魔法書に危機が迫ったことを知ることができる。つまり、悪霊は強力な魔法書の近くにいて、それを守る警報の役割を担っているのだ。悪霊がそうする理由は一つ、魔法書の使用者から魔力をもらえるからだ。だから、魔法所の原本を燃やされることを嫌う。
 強力な魔法書であればあるほど、もらえる魔力は多く、使用回数も多いというわけだ。
 だからこそ、怪盗は弱い魔法書から回収している。悪霊がついている可能性がひくいからだ。

「まずいです」

 どこからともなく、現れた一人の女性に驚きを隠せない僕はベットから飛びのいた。
 ドアが開く音はおろか、足音すら聞こえなかった。だが、彼女……ジャンヌはそこにいた。

「どこから!?」
「説明している暇はありません」

 何をあわてているのか、ジャンヌは取るものも取りあえずといった様子で僕に何かを伝えようとしている。僕の話など聞いている暇すらないのだろう。

「何か起こったの?」

 僕の問いに彼女は大きく息を吸い込んだ。
 きっとその間もあまり長くはなかったのだろうが、今の僕にとっては永遠のように感じられた。それは彼女が言おうとしていることが、アルに関係することだと安易に予想できたからだ。

「――彼女が図書館の魔法を狙おうとしているようです」
しおりを挟む

処理中です...