そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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真黒 燈(マクロ アカシ)

2:最悪な第一印象と人生の分岐路

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 自宅の表参道から乗り換えの渋谷まで東京メトロ銀座線でひと駅。このワンクッションが非常にめんどくさいので、健康のためと言い聞かせ歩くようにしている。駅と電車内で人混みの中もみくちゃになりたくないし、何よりジロジロ見られるのが嫌だからだ。

「お前はイケメンでいいなぁ。女に困らないだろ?」

 大して仲の良くない男子から皮肉たっぷりにそう尋ねられたことがある。
 もちろんその場では否定も肯定もしなかったが、ならお前もこの顔になってみるか? と怒鳴りたくなる衝動にかられた。
 考えてもみろ。老若男女にジロジロ見られる上、ヒソヒソされるんだぞ? しかもそれがトイレの個室と自宅以外どこからともなく。
 一応俺も人間だから、メスを入れるような痛みを経験したくないが、できることならば注目されたくなかった。どうしたらこの苦痛から解放されるのだろう。やはり年齢を重ねるしかないのだろうか。
 そんな思いを巡らせているうち学校に到着する。今日も仮面を付けることにしよう。



……


「ねぇねぇ、真黒くんはぁ、どんな女子が好きだったりするぅ?」
「えー、ちょっとぉ。カレンったらそれ聞いちゃうのぉ?」
「いいのいいの! はっきりさせておきたいしぃ。サラも気になるじゃん?」
「それなー」

 ひと通り授業が終わり帰る準備をしているとカレン、サラという名前の女子ふたりが絡んできた。いわゆるスクールカースト上位とその腰巾着のギャルで嫌いな人種である。ひと言ふた言やり取りしていると、このような話題が出てきたので笑顔を強め取り繕う。

「俺まだ人を好きになったことがないんだ。だから好きな人がタイプ……とか」
「えー!?  じゃあ私たちにもチャンスがあるってことで良い?」
「うん、そうなるかもね」

 その瞬間周辺の女子が勝手に盛り上がる。動物園の猿でもこんなに騒がしくないぞ。

「はいはい! 私すっごく気分良いから真黒くんにクレープごちそうしちゃおっと!」

 カレンが手を挙げ『すっごく』の部分を思い切り強調し宣言する。動作がいちいち癇に障るし香水の匂いもキツくてむせそうだ。

「なんでクレープ?」

 俺としたことが思ったことを口から零れてしまった。……セーフだと思いたい。

「またまたぁ。前に好きだって言ってたじゃーん」

 全く覚えていない。恐らく誤魔化すために言ったのだろう。でも気を悪くさせないよう細心の注意を払わなければ。

「あぁ、そうだったかも。ゴメンゴメン」
「ズルい! 私も行きたい!」

 少しぬけている高校生を演じ手応えを感じたとき、私も私もと十人くらいの女子がカエルのように合唱する。男子はほとんど部活か帰宅したようだ。嫉妬と呆れ顔というオプション付きで。

「じゃあ、今回は最初に声をかけてくれたふたりとだ。君たちとはまた次の機会にしよう。ゴメンね」

 渋々了承した面々と舞い上がっているふたりを見て平和だなぁと他人ごとのように傍観する。『集団で歩くと周りに迷惑だから、自分が悪者になってでも私たちのことを考えてくれる優しい人』とでも思っているのだろうか。いやいや、ただ面倒なだけだし。

「そういうことだから行こう行こう!」
「トッピングもちろんするっしょ?   おすすめはねぇ……」

 勝利組が俺の背中を押しながら廊下へと歩き出す。いきなりのことにつんのめりながら同行するが勝手に触らないでほしい。
 残念そうにする他の女子たちに戸惑う演技を見せ手を振り落ち着かせる。よくもまぁ、飽きないねぇ。上履きから下足に履き替え校舎を出る。ともかく今日はこのふたりに合わせることにしよう。



……


 結局言われるがままにおすすめを注文すると生クリーム、イチゴ、チョコレート、バニラアイスがトッピングされたものを渡された。生クリームとチョコレート独特の脂っこさが腹に溜まり気持ち悪くなる。
 そんな不機嫌な俺を余所に女子ふたりは際どく甘そうなものにシェイクまで頼んでいた。だから太るんだよ。飯を食え飯を。

「食べた食べた~」
「うん、ちょっと並んだけどやっぱりあそこが一番だね!」

 女子にはついていけない。それでダイエットだのなんだのと言い出すから笑える。だが奢ってもらった手前無理をする。

「さすが女の子。俺はひとつでお腹いっぱいだよ」
「そんなこと言ってペロリ完食してたじゃん」
「よっぽど美味しかったんだね!」

 半分でギリギリだったところを無理して食ったんだよ。まぁ、ふたりが満足なら構わないから早く解放してほしい。
 ベラベラと聞いてもいないことを話してくるが適当に流しつつ足を進める。
 途中国道を渡る際に歩道橋を使わなければならない。屋根がなく、俺の身長より少し高いフェンスが設置されたもの。雪の降った入試の日、何度も転びそうになった厄介な場所だ。
 階段を登り終わりコンクリートの橋の上を歩く。すると中間地点に、俺と同年代くらいの女がフェンスを掴み空を見上げていた。
 ロングTシャツにジーンズ、スニーカーというコンビニや近所のスーパーまで行くような地味な格好。手荷物はなぜか足元に。ショートヘアで化粧っ気のない顔は……中の上というところか?
 異様な雰囲気に俺たち三人はピタリと立ち止まる。

「何、あの女の人」
「飛び降りたりして」
「ちょっと、言い過ぎ。声でかい」

 ふたりが寄り添い口々に言い合う。
 女は俺たちに全く気付いていないようだった。まるでこの世に自分一人きりだとでもいうように。そして何かを決心する素振りを見せるとフェンスを強く掴み登り始めた。

「マジ!?」
「早く止めた方がいいって!」

 混乱しているがどうでもいい。人間生きていれば一度や二度死にたくなるときくらいあるだろうが、人を巻き込まないでほしい。ただ単にそれだけ。
 駅のホームで電車に轢かれたり、樹海で首を吊ったり。掃除や片付けをするのは他人だし、電車が止まろうものなら莫大な費用がかかる。また発見した方は一生もののトラウマを植え付けられるに違いない。
 発作的な自殺は考える余裕もないからそんなことをするんだろうけれど迷惑な話だ。目を女に向けると柵に手を当てて身を乗り出している。
 女子たちは抱き合ってギャーギャーうるさい。俺の名前を呼んだり、身体を叩いたりしているが無視する。そんなに言うならふたりで助けろよ。
 こっちは『思いがけないことに足が動きませんでした』とでも言ってやり過ごすとする。こういうときに優等生というのは便利である。
 女は日干しの布団ような状態になりながらも、また身を起こし足をフェンスに掛けた。
 どうせ退屈な人生だし女子ふたりには悪いがその勇気をしかと受け止めこの目に焼き付けよう。見知らぬ女を見守ろうとより強く焦点を合わせる。



---私は素直な子が大好きよ。


 頭の中で声がする。あいつだ。


---さすがだなぁ。よくやった。


 うるさい。黙れ。あんたらのせいで俺は……



「……チッ。くそっ!」

 ひとつ舌打ちをしたあと女の元へ駆け出した。転ぶ直前身構えるように自然と動いていた。

「真黒くん!」

 カレンとサラも次いで走る。
 女の側に駆け寄ると脚を抱きかかえる。太ももが顔に着くが喜ぶ余裕などない。

「手を離して下さい!」

 無我夢中の叫びが効いたのか、女は少し驚いた表情をしたあと、拍子抜けするほどすんなりとコンクリートに足を着けた。
 俺たち四人はその場に座り込む。女子たちは泣きながら良かった怖かったと言っている。お前らは何もしてねぇくせに。
 数分して野次馬が集まり出し、スマホで撮影する奴も現れた。『修羅場?』とか言ってんじゃねぇよ、聞こえてんだよ。
 息を切らしながら横目で女を見ると目が合った。なんだよ、どいつもこいつもジロジロ見やがって……テレビで毎日のように出演しているイケメン集団の一員だと思ってんのか? 俺は恐る恐るうすら笑顔を浮かべながら尋ねる。

「あの……何か?」
「こっち来て」

 女がそう言った次の瞬間、俺を無理矢理立たせ腕を掴んだまま早足で駅方向に歩き出した。
 女子たちは目を丸くし、口をパクパクさせていたが俺は慌てて言葉を付け足す。

「詳しいことは明日話すからそのまま帰って! また学校で!」

 伝わったかどうかなんてわからない。ただ言わないとあとが怖そうだから。女は人の気も知らないでズンズンと歩く。



 それがこの女---日比谷ひびやゆりとの出会いだった。
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