そとづら悪魔とビビりな天使〜本音を隠す者たち〜

エツハシフラク

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真黒 燈(マクロ アカシ)

3:強がりと爆発

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 ここ数日碌なことがないな……
 名前も知らない女子に告白され、姉に怒鳴られ、宅配便の受け取りを忘れそうになるわ、ギャル2人に絡まれるわ。
 挙げ句の果てには、自殺騒動を起こした女に腕を引っ張られ歩かされている。
 俺が何をしたっていうんだ? もしかして逆ナンパとか……だからといってここまでするだろうか。
 いい加減痺れを切らし、話かけようと口を開いた。

「あの……」

 すると女はピタリと足を止め、俺の腕を掴んでいた手を離した。訳がわからない。

「はい、待っているからどうぞ」
「え?」

 疑問に思い、目的地を見ると公衆トイレだった。いつのまにか駅近くの公園に来ていたようだ。男女別と車椅子が入れるオーソドックスなもの。
 困惑。その二文字が頭に浮かぶ。

「えっと……ちょっとよく……」
「だから気持ち悪くて吐きそうなんでしょ?  待っててやるから吐いてこいって言ってんの!」

 女がイライラした様子で言う。
 さっきまでの騒ぎですっかり忘れていた。あの独特な食材の重みから再び吐き気が込み上げ咄嗟に口を押さえる。

「うっ……」
「今なら誰もいないから! 早く!」

 女が車椅子用のトイレの扉を開ける。緊急事態だし疑問は後回しにしよう。
 俺はトイレの中に入り鍵をかけ、最後の力を振り絞り鞄を床に置き便器へ顔を近づけた。
 クレープの消化し損ねたものが吐き出される。生クリームやチョコレートの甘い匂いと胃酸の酸っぱい匂いが混ざり合い鼻につく。
 五分ほどそうしていただろうか。レバーを引き、見るも無残な物体を全て流してひと息ついた。
 幸い、ワイシャツとネクタイに吐瀉物はこびりついていない。もう二度とクレープを食べないと誓った。
 備え付けの洗面台で口をすすぐと、不快感がなくなり清涼感で満たされる。タオルを忘れたため顔を洗えないが、贅沢を言っていられないので我慢することにしよう。
 床に放り出された鞄を肩に背負い、トイレを出て周りを見渡すと言っていた通り女が待っていた。

「落ち着いた?」
「え? あぁ……まぁ」

 心配そうな顔をして問う女に俺は曖昧に答える。

「そう。じゃあこれ飲んでこれ使って」

 と、ミネラルウォーターとウェットティッシュが入ったレジ袋を渡してきた。そういえば戻して喉はカラカラだし、顔も汗だらけで気持ち悪かった。
 喉から手が出るほど欲しかったが見栄が邪魔をする。

「わざわざ買ってきてくれたんですか?  悪いですよ」
「いいから!   立ったままじゃアレだしあそこに座ろう」

 女は近くにあるベンチを指さした。流されているような気もするが、疲れているのは確かなので座ることにする。
 すると女も俺と30cmくらいの間隔を空けて座った。

「あの、すみません。ありがとうございます」

 ウェットテッシュの封を切り、一枚取り出した。

「ここ人があまり来なくておすすめなんだよね」

 顔を拭きながら斜め聞きする。今日一番の気持ち良さで、汗まみれのウェットティッシュをレジ袋に捨てる。
 ミネラルウォーターのキャップを開け口に含むと予想以上に乾いていたようで結局半分一気に飲んでしまった。
 キャップを閉め女を見る。

「どうして、僕が気持ち悪いとわかったんですか?」
「だって、歩道橋であなたの顔を見たらすぐにわかったよ」

 聞きたいことは山ほどあったものの、真っ先に浮かんだ疑問を尋ねると女は自信満々に微笑みながら返答した。

「どういうことですか?」
「まずあなたの口の端に少し生クリームが付いていたの」

 ハッと我に返り無意識に口を拭う。その仕草を見た女は吹き出した。

「大丈夫よ、今は付いていないから。で、今回私が仕出かしたことを見たあなたと二人の女の子の顔色を比べて、断トツにあなたの方が悪かった。その二つから考えるに、女の子に付き合わされた男の子が無理矢理クレープを食べて気持ち悪くなっていたのかなぁって」
「どうしてクレープだってわかるんですか?」

 水分補給をしてだんだんと思考がクリアになっていく感覚だ。脳内に次々と湧き出てくる質問を女に投げかける。

「そりゃあ、あの歩道橋の近くにある生クリームがある店といえば先月できたばかりのクレープ屋くらいしかないでしょ。不思議なことにコンビニはないからね」
「あなたは一体……」
「私?私はただのフリーターだけど?」

 ……なんだよ、その自信。ニヤニヤして気持ち悪い。

「あの……なんで自殺しようとしたんですか? 話を聞くぐらいならできますよ」
「あー、あれね。あれは……なんとなく?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。なんとなく?  何か悩みがあったから、飛び降りようとしたんじゃないんですか?」
「だから、なんとなく生きるのが嫌になってなんとなく死のうと思ったの!」

 聞き間違えかと思いもう一度尋ねたが逆ギレするかのように反論する。
 沈黙が流れ俺の何かが切れる音がした。ゆっくり立ち上がり正面の女を見下ろす。

「はぁ!?   俺やクラスメイトの女子はもちろん通行人にまで迷惑かけたんだぞ! 借金とかリストラとか真っ当な理由があるならまだわかるがなんとなくだぁ!?   ふざけんなよ!!」

 火山のように噴火したこの感情は止められない。

「……ぷっ。あっはっはっはっはははは!!」

 俺の心情と裏腹に女は一瞬驚いた表情をした思いきや大笑いを始めた。腹に手を当てて身がよじれるくらいにゲラゲラと。
 こいつ本当になんなんだよ……

「はーあ、おっかしー。こんなに笑ったのはいつぶりかなぁ」

 女は目に浮かんだ涙を指で拭いながらひと息で話す。

「あなた、面白過ぎるわ」
「は?」

 何を言っているんだ?女の思いも寄らない発言に本音が漏れる。

「だって、『僕』が『俺』になってるしタメ口になってるし、無理してるのバレバレなんだもん!」
「無理? 無理なんかしていない」
「私がフェンスに登っているときにあなたは『手を離して下さい!』って言ったでしょ? 普通だったら『死ぬなー』とか『やめろー』とか言うと思うんだけど。もしかしてどうやったら助けられるかわかっていたんじゃないの?」
「たまたまだ」

 女は俺の先ほどの行動をバカにしたように笑顔で説明する。一度見捨てようとしたことわかってんのか?

「それにあなたってアイドルばりにイケメンよね。そういう人って多かれ少なかれキャラクター演じそうだし、現にクラスメイトの女の子の話にもイヤイヤ合わせてたから立派な証拠だよ」
「じゃあ、俺たちが話しかける前から気づいてたってことか?助けなかったら死んでたんだぞ?」
「うん。だから結果オーライ! それでいいの!」

 ……言葉が出ない。こいつには何を言っても通じないようだ。

「ねぇねぇ、私あなたにすごく興味あるから電話番号とアドレス交換しようよ」
「嫌だね! 誰があんたなんかと」
「あっそう」

 そう言うと女は立ち上がり道路の方へ歩き出した。構ってなんかいられないと鞄を持ち帰る準備をする。

「『この近辺で最高のイケメンにフラれました! だから死にます!』って言って死んでやるから覚悟しなさい」

 公園の門を抜け、道路ギリギリのところに立った。本気か?今は夕方で一番人通りの多い時間帯だ。
 女は息を思い切り吸い込んだ。俺は一目散に止めに入りどうにかこうにか宣言する直前で抑えることができた。
 女の口を覆い、好奇な目で見てくる奴らになんでもないと営業スマイルで誤魔化す。手を外してやると再び公園の中のベンチに座らせる。

「仕方ねぇな……俺の評判を落としたくねぇから教えてやるけど、次に同じことやったらタダじゃおかねぇぞ」
「それって悪役の捨て台詞じゃない?」
「うるせぇよ。LINEでいいか?」

 すると女はポケットからふたつ折りの携帯電話を取り出した。

「ガラケーかよ!」
「私LINEやったことないんだよね。携帯なんてメールと電話ができれば充分だし」

 俺らの世代からみればガラケーは絶滅危惧種だ。正直携帯ショップのディスプレイ以外で実物を始めて見た。

「で? アドレスは?」

 俺はスマホを取り出し、動画サイトのアカウントに使っているパソコンのメールアドレスと電話番号を口頭で伝える。

「ありがとう! 今から番号と一緒にメール送るね!」

 もうすっかり辺りは暗くなってきている。いくら春とはいえ夜は冷える。早く解放してくんねぇかな……

「最後に名前! 本当に今さらだけど『あなた』と『あんた』じゃ嫌だからさ」

 名前ねぇ……

「歩道橋でチラッと聞いたんだけど、えっと……ミクロくんだっけ?」
「マクロ! 俺はそんなに小さくねぇ!」

 女は少しも悪びれる素ぶりを見せずに笑っている。

「あはは! ゴメンてば! マクロはどんな漢字なの?」
「色の真っ黒でマクロ。そのままだよ」
「ふーん、腹黒だし字の如くって感じ」
「気にしてるんだからやめろ!」

 いちいち言い方が癇に障る。本当に連絡先を教えて大丈夫なのかと不安になる。

「下の名前は?」
「スルーすんな! 炎の火編に右側が登るであかしだよ!」
「めずらしいねー」

 女はガラケーをしばらく操作してると、少し眉間にシワを寄せ俺に尋ねてきた。

「……ん? ねぇ、『あかし』で変換しても漢字出て来ないけど」
「『ともる』なら出てくるぞ」
「あ、ホントだ!」

 世話の焼ける。バカなんだかよくわからん。女はガラケーをジーンズのポケットに納め満面の笑顔で自らの右手を俺に差し出す。

「私は日比谷ゆり。日比谷線の日比谷に、ゆりはそのままひらがなです! よろしくね」
「ふーん」

 差し出した手を一向に握ろうとしない俺に表情を曇らせた女だったが、それは一瞬のことで再びガラケーを取り出した。百面相のようで見ているだけで疲れてくる。

「ねぇねぇ!」
「なんだよ」
「『マクロ アカシ』って並び変えると悪魔になるね! あなたが悪魔なら私は天使だったりして」

 先ほどの連絡先の画面を俺に見せつつ、無駄に気持ち悪い笑みで聞いてくる。

「じゃあ、俺はお前のこと『ビビり』って呼ぶぞ」
「なんでビビりなのよ!」
「なんとなくの理由で死のうとしたんだからビビり以外に何がある?」
「ぐっ……」

 図星のようだ。これくらいの仕返し軽いもんだろ?

「そんじゃ、今後ともよろしく。ビビりさん」
「うるさい!  この悪魔!」

 季節は五月。肌寒い風が吹く。街灯に照らされた葉桜の枝を揺らす様子がなぜか印象に残る日だった。
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